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事件録1-4

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「確かに証拠を持ってこいといったけどな、踏み込みすぎなんだよ、お前は。」
「その踏み込みすぎのおかげで、自死じゃない可能性が出てきたんですよ、とにかく学校へ急がないと。」
「その電話をかけてきたのは、保坂で間違い無いんだな?」
「何回聞くんですか、間違い無いですって!」

 保坂からの電話は、学校付近からかけられていることがわかり、二人は覆面パトカーで学校に向かっていた。
 現場に向かう間、平端は塚本にこれまでに掴んだ情報、被害者の霊が放つ思念との矛盾など、話せることを全て話した。話終わる頃には、学校に到着していた。車から降りた塚本は、深いため息をつく。

「ここまできて、何もないとなったら責任問題だからな、覚悟しとけよ。」
「何もないってことはありえません。ほら、行きましょう!」

 平端が駆け出すと、塚本は後を追うように学校内に駆け込む。
 保坂から受けた電話以降、同じ電話番号に何度も掛け直したが、不通になってしまった。学校とは言え、校舎は広い。この中でどこにいるかを特定しなければならなかった。
 職員室へ向かうと、担任は不在であると告げられた。どこにいるかと聞いても、進路相談室にいなければ、どこかの教室で学生の質問に答えているか、部活にでているか…と判別のつかない情報しか返って来なかった。
 職員室を出た二人は、保坂を捜索することを最優先に学内を捜索することにした。

「ひとまず、俺は下から当たってみるから、お前は上から行け。何かあればすぐ連絡入れろよ。」
「了解です!」

 そう言うのと同時に、平端は学校の最上階へ駆け上がって行った。塚本は、道中で話を聞いたところでも半信半疑であったが、ここ一番の平端の動きには一定の信頼を置いていた。塚本も、昇降口から教室まで、保坂と担任のうちどちらかがいないかと捜索にかかった。
 平端は、最上階の教室からくまなく見て回ったが、どちらの姿も見当たらない。平端に焦りが募る。

(助けて、って言ったのは確か。誰かに追われてる?誰に??何のために??)

 最上階最後の教室も見終わり、階段を下ろうとした時。平端の携帯に着信が入った。塚本だ。

「塚本さん!?」
「平端、ビンゴだ。二人は屋上にいる!」
「え、屋上!?鍵かかってて入れませんでしたよ!」
「鍵借りてすぐ行くから、屋上のところで待ってろ!」

 塚本の指示を最後に電話は切れ、平端はすぐに屋上に向かった。屋上につながる階段には、生徒が入らないように、と金属製の鎖がかけられているが、またいでいこうとすれば行ける、簡易的なものだった。問題は、屋上に出るドアだ。平端は真っ先に屋上を調べたが、鍵がかかっていることから、誰もいないものと思っていた。しかし、裏庭に出た塚本は、屋上に人影を見つけ、それが担任と保坂であることが確認できた。
 鍵を入手した塚本は、屋上の前で待機する平端に小声で話しかける。

「平端!」
「塚本さん、早く!鍵!!」
「いや、一旦待て。二人の会話は聞こえるか?」
「会話…」

 二人は耳を澄ませて何の話をしているか、聞こうとするが、言い争っているような声色が聞こえるだけで、話の内容は判然としない。

「塚本さん、私は保坂さんから電話を受けて、助けてって聞いてます。そこを皮切りに行きましょう。ここまで来ててもし、保坂さんの身に何かあったら、それこそ責任問題ですよ。」
「…刺激するようなことは、すんなよ。」

 緊迫感が高まった塚本の様子を見て、平端も覚悟を決めた様子で頷いた。

「先生、保坂さん。」

 ドアを開けた瞬間に、二人は屋上に突入した。保坂は屋上のフェンスに背を向けて立っており、二人の突入に驚きつつも、同時に助けを求めるような目で二人に訴えかける。一方の担任は、苦渋の表情を浮かべ、その場で立ったまま動かない。

「先生、状況を説明してもらえますか。」
「…状況も何も、ここで保坂と話してただけで…」
「保坂さんは助けて、と私に電話をしてきました。それを受けて学校に駆けつけたんです。」
「ああ、その電話なら、僕もそばにいて聞いてましてね。話を聞いてくれて、楽になったので助けてくれてありがとうと…」
「ち、違います!」

 保坂は怯えた表情で、しかし強い意志を持って担任の言葉を否定した。

「せ、先生が、刑事さんたちに何を話したのかって、聞いてきて…、それで、話したことを言っても他にも何か知ってるんじゃないかって…」
「なぜそこまで、保坂さんを疑うんです、先生。屋上に鍵までかけて。」

 塚本も保坂から異様な怯え方に違和感を感じたのか、担任に問いかける。屋上に鍵までかけて、逃げ道を塞いだ辺りからも何かあると感じ取っていた。
 平端は、二人の間に立つ被害者の霊の思念を感じ、事態を把握した。

(この思念は、先生に向けられたもの。きっと、新川さんは…)

 そう考え、担任に注意を向けたその瞬間、担任は素早い動きで保坂の背後に回り、喉元に刃物を突きつけた。平端と塚本に緊張が走る。

「……くそ、何でだよ。飛び降り自殺って断定したんじゃないのか!コソコソと嗅ぎ回りやがって…」
「状況証拠から、自殺の線で捜査してたことは確かですよ。ただ、遺書もない、成績に問題もなく、友人や家族関係の問題もない子が、自殺してしまった動機を探る必要がありました。」
「動機なんていくらでもあるだろう!そんなもののためになぜこいつに付きまとうんだ!」
「私は、保坂さんから『新川さんが亡くなる前日、用があるから先に帰ってほしい、と言われた』と言う話しか聞いていませんよ。」

 平端は落ち着いた声で担任に話しかける。

「あなたが、一人で突っ走って、過剰反応をしただけです。彼女はそれ以上のことは知らないと言っていました。あなたが思うような、『探られたくないこと』については、おそらく何も知りませんよ。ついでに言えば、私と話したことを口外しないようになどと申し付けてもいません。」
「何も、知らない…?」

 担任が動揺した隙を塚本は見逃さなかった。瞬時に刃物を奪い取り、隙のない体術で担任を地面に組み伏せることに成功した。保坂は担任から少しでも距離を取ろうと、怯えで震えている足を何とか動かして平端の腕に抱き止められた。

「……お前には、色々と聞くことがある。署まで来てもらうぞ。」

 塚本は取り押さえた腕を引き上げ、項垂れる担任と共に屋上を後にした。平端は、保坂を支えながら、保健室へ連れて行き、保護してもらうよう頼みに行った。

 署に連行された担任は、新川愛美を殺害したと容疑を認め、正式に逮捕された。気絶させた新川を屋上から落とし、殺害したと言うことだった。

 平端は、再び学校の屋上を訪れ、被害者の霊の様子を伺った。事件当初と変わらず、屋上から景色を見下ろしていた。

(……もっと、生きたかったよね。)

 平端は心の中で語りかける。すると新川の霊がこちらを向き、平端と目を合わせた。顔を見ると、事件解決までに見せたことのなかった穏やかな表情。そして、彼女の身に起こった記憶のようなものが、平端の中に流れ込んできた。

 生前の新川と加害者の担任とは、生徒と教師という枠を超えた親密な関係にあったようだ。だが、その思いは日を追うごとに新川の一方的なものになっていき、担任は他の生徒とも関係を持つようになる。それを知った新川は、事件当日に担任を呼び出して口論に発展し、激昂した担任は詰め寄る新川を突き飛ばした。打ちどころが悪かったのか、そのまま意識はなくなり、幽体となった頃には、自分は屋上から転落したことになっていた……

(…じゃあ、保坂さんを訪ねた時、あなたが睨みつけていたのは、担任の先生だったのね。あの廊下には、職員室があったから…)

 そう心の中で呟くと、被害者の霊は悲しそうに微笑んだ。そして、平端に対して小さくお辞儀をすると、少しずつその姿を消していった。

 署に戻った平端は、塚本から担任の事情聴取の報告をきいた。霊が最後に伝えた事の顛末とほぼ相違ないことがわかり、やるせなさそうにため息をついた。

「その様子からして、知ってたんだな。」
「詳しいことが知れるのは、いつも事件の後ですけどね。思念を強く持ってる霊は、その思いに引き摺られてて、事件の真相を伝えようって気にはならないんでしょう。」
「そうかい。結局保坂を問い詰めたのも、自分と新川との関係が知られていると思ったかららしい。クラスの中でも特に仲が良かったから、知ってるかもしれんってな。そうじゃなくとも、屋上での一件を見られていたかもとか、やましい気持ちで色々考えた挙句の犯行だったらしい。」
「過剰に反応した結果、自分から尻尾を出したって感じですね。屋上でも言いましたけど。」

 まぁな、と一言呟き、塚本はため息をついた。
 平端は、最後に見せた新川の表情に想いを馳せた。想いを寄せた人に殺された悲しさ、もっと生きたかったという思い、姿を消す前に平端に伝えた言葉。

『ありがとう。』

 次生まれてきたときは、思い切り生を全うできる人生になることを祈り、平端は警察署を後にした。
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