オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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12 善は急げ

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「善は急げだね。カラスくんにいまから会いに行く?」
 シロさんにそう言われても、急いだ方がいいのか、私にはよくわからなかった。
 でも、引きのばしたところで、やるべきことはきっと変わらない。
「今度は1人で行った方がいいかな。また誰かに見られちゃうかもしれないし」
「ん? さくらちゃん、どういうこと?」
 銀子さんが私に尋ねる。
「あ……その、大神くん、クラスの女子にすごく人気だから、普段、誰とも仲良くしてないのに、私と2人でいると……」
「嫌味でも言われんの?」
 レイくんが、言いにくいことをあっさりと言ってのけた。
「嫌味っていうか……あ、でも、空気の色が見えなくなって、また鈍感になっちゃえば、気にならないかも」
「さくらちゃん……」
「私は大丈夫だけど……大神くん、あんまり目立ちたくないよね? やっぱり1人で行くよ」
 今度こそ、迷惑かかっちゃう。
「待って。良ちゃんは、それ……気づいてた?」
 銀子さんが大神くんに尋ねる。
「……なんとなく」
「守ってあげた?」
「それは……ちゃんとできてない」
「なにそれ。良ちゃんがオオカミ男だってわかった後も、普通に接してくれた大事な友達でしょ?」
 いつもは優しい銀子さんが、強い口調で大神くんに詰め寄る。
 優しいからこそ……だ。
「落ち着いて、銀子さん」
 シロさんが、銀子さんの肩をポンと叩く。
「なんとなく事情は把握したよ。最後に2人で山登りでも……なんて思ったけど、そうはいかないみたいだね。さくらさんと良くんは、ここに残るといい」
「え……」
「2人がこういう関係でいられるのも最後かもしれないから。ここなら見られる心配ないでしょ」
「でも……善は急げって……」
「ボクが一肌脱ごう。ここにカラスくんを連れてくる」
 シロさんはそう言うと、くるりとターンしてみせる。
 シロさんが消えたかと思うと、かわりに真っ白なキツネが現れた。
「わぁ、かわいい……!」
「良くんは大切な仲間だからね。そんな良くんが連れて来たさくらさんも……」
 キツネから、シロさんの声がする。
 シロさん……?
「大丈夫? シロさん。カラスちゃん、説得できそう?」
「ああ、ボクはウソがうまいからね」
 そう言い残して、キツネ姿のシロさんは、走り去っていった。

「さぁて、良ちゃん。さっきの続き、詳しく教えてくれる?」
 銀子さんがまた大神くんに詰め寄る。
 どうやら、逃がす気はないみたい。
「わ、私なら大丈夫……」
「さくらちゃんもさくらちゃんだよ? そういうことならアタシに相談してくれないと!」
「でも……」
「2人とも、全部教えてくれるよね?」
 銀子さんの顔は笑ったままだけど、周りの空気がじんわり赤色に染まった。
 たぶん、空気の色が見えなかったとしても、これはさすがに気づけたと思う。
 ちゃんと言いなさいっていう圧力。
 大神くんは隣でため息を漏らしていた。
「ごめん、こうなるとねーさん、引かなくて」
「ちょっとー、聞こえてるよ?」
「僕も、全部わかってるわけじゃ……」
「それじゃあ2人で、わかってること、いちから話そうね?」

 銀子さんに聞き出されるまま、これまでのこと、いまの状況を、大神くんと私で説明した。
 野外学習で大神くんの耳を指摘しちゃったこと。
 そのせいで、オオカミ少女だなんて呼ばれてること。
 クラス代表が、明日かわるかもしれないこと。
「なるほど……明日、由梨ちゃんと直接対決ね!」
 すべてを把握した様子で、銀子さんが私に言う。
「クラス代表、決め直すだけだけど……」
「さくらちゃんは、立候補しようって思ってるんでしょ?」
「うん……一応、するつもり。でも、私は選んでもらえないかも。由梨ちゃんみたいに思ってる人、たぶんたくさんいるし。友達の美緒ちゃんは応援してくれるはずだけど、そのせいで美緒ちゃんまで目をつけられたら困るし……」
「良ちゃん。これはさくらちゃんが人間だろうと人外だろうと関係ないよ。自分を守ることも大事だけど、原因は良ちゃんにだってある」
「わかってるよ。こんな状況よくないって」
「良ちゃんなら、守れる。ううん、良ちゃんにしかできないかも」
「うん……」
 大神くんが、真剣な表情でうなずく。
 大丈夫だって言いそうになったけど、もし本当に大神くんが守ってくれるなら。
 ついそんな期待をしてしまう。
 実際は難しいのかもしれないけど、大神くんのその気持ちだけで、もう救われた気がした。

 話がひと段落して、少し落ち着いたときだった。
 ドアが開いてベルが鳴る。
「もしかして、シロさん?」
 まだ1時間も経ってないけど。
「シロさん、ただのキツネじゃなくて、化け狐だから」
「銀子さん、聞こえてるよ」
 そう言いながら入って来たのは、人の姿に戻ったシロさん。
 あいかわらず、かわいい耳は残っていた。
 そしてシロさんの後ろには、カラスくん!
「どうしたの銀ちゃん。いきなりオレに会いたいだなんてさー」
 カラスくんが、軽いノリで銀子さんに話しかける。
「そんなこと言ってないけど?」
「なにそれ、照れてんの? 恥ずかしい?」
「うん……賢いはずなのに、あっさり騙されちゃうカラスちゃんは、見てて恥ずかしい」
 銀子さんに言われて、やっと気づいたみたい。
 カラスくんがシロさんに掴みかかる。
「おい、シロ。これはどういうことだ?」
「カラスくんがボクに騙されたってことだけど。あいかわらずボクのウソは見抜けないみたいだね。それとも、銀子さんに関することだから盲目に――」
「わぁああ、黙れ! 騙してまで、急ぎでなんでこんな場所に……!」
 カラスくんを連れて来た理由は私。
「カラスくん!」
 立ち上がって声をかける。
「うわ……結城ちゃんにオオカミ少年じゃん」
「なにを奪われたか、わかりました! カラスくんが奪ったのは、空気の色が見えなくなるフィルター……ですよね?」
 力強く告げると、カラスくんはフッと笑って手を叩いた。
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