オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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 月曜日。
 学校についてすぐ、私は教室の空気がよどんでいることに気づく。
 目に入った由梨ちゃんの空気が、灰色に染まっていたから。
 ううん、由梨ちゃんだけじゃない。
 他にも何人か、女の子の周りの空気が灰色になっている。
 私が見える感情の色は、私に向けられているものだけ……そう思ってたんだけど。
 まさか、こんな何人もの女の子が、私に嫌な思いをしてるってこと?
 なんとか気づかないフリをして、自分の席につく。
「美緒ちゃん、おはよう」
 隣の席の美緒ちゃんは、紫色の空気をまとっていた。
 よかった……とりあえず、由梨ちゃんたちとは違う色。
 なんの色かはわからないけど……。
「おはよう、さくらちゃん」
「なにかあった?」
「その……」
 美緒ちゃんが答えるより早く、由梨ちゃんが私の方に来た。
「ねぇ、さくらちゃん。こないだの土曜日、どこ行ってたの?」
「え……」
 土曜日……大神くんと出かけた日だ。
「大神くんと2人でいるところを見たって子がいるんだけど」
 待ち合わせしたのは家の最寄り駅。
 中学校からも近い。
 偶然、同じ中学校の子が見ていてもおかしくないし、見間違いじゃないかって言うのも変だよね?
 本当のことだし。
 それに、悪いことはしてない。
「ちょっと、用事があって……」
「大神くんと一緒に出歩く用事?」
「ていうか、私の用事に付き合ってもらってたの」
「さくらちゃんの用事に、大神くんを付き合わせたってこと?」
 由梨ちゃんの周りの空気が、どんどん濃くなっていく。
 でも、一緒に遊んだなんて言っても、たぶんこうなってた。
 心の中ではどう思ってたかわからないけど、いつも笑顔だった由梨ちゃんの顔が、今日はわかりやすく不機嫌だ。
 もう空気の色を見るまでもない。
「つきまとって迷惑かけるの、やめたら?」
「迷惑なんて、かけてないよ」
「さくらちゃんの用事に付き合わせたんでしょ? それが迷惑だって言ってるの」
 そんなこと……ないよね?
 不安になって、私は思わず大神くんの席を振り返った。
 すでに登校していた大神くんが、こっちを見る。
 もしかしたら、オオカミの耳で私たちの会話を聞いていたかもしれない。
「そもそも用事なんてウソだったんじゃない?」
 由梨ちゃんの近くにいた綾ちゃんが、私を疑う。
「ウソじゃないよ」
「頭に耳が生えてるなんて言ってた子の言葉、誰も信じるわけないでしょ」
「大神くんだって、信じてないけど同情して付き合ってくれただけよ」
 綾ちゃんと由梨ちゃんはそう言うけれど、耳は本当に生えてるし、用事だって本当にあった。
 実際、カラスくんにも会ったし。
 ウソじゃない。
 由梨ちゃんや綾ちゃんにはわからないかもしれないけど、大神くんは、わかってくれている。
 同情なんかじゃない。
「ホントに用事が……」
「その用事、わざわざ大神くんに付き合ってもらわなきゃいけない用事だったの?」
「それは……」
 絶対、付き合ってもらわなきゃいけなかったわけじゃないけど……。
 大神くんだって嫌がってなかった……と思う。
「大神くん、言いづらいかもしんないけど、ちゃんとはっきり言った方がいいよ。この子、鈍感で自分じゃ気づけないみたいだから」
 由梨ちゃんが、大きな声で大神くんに話しかける。
「大丈夫」
 大神くんは、少し離れた場所から、席についたまま、そうとだけ答えた。
 大丈夫……その言葉にホッとする。
 でもすぐに由梨ちゃんが、不安になるようなことを口走った。
「なにホッとしてんの。鈍感すぎ」
 小さい声……たぶん、私とか美緒ちゃんとか、近くにいる人にしか聞こえていない声。
 もしかしたら、大神くんには聞こえているかもしれないけど、由梨ちゃんは、聞こえないつもりで言ったんだと思う。
 大神くんに話すときとは全然違う声色。
 どんどん濃くなる灰色の空気。
 また、私が気づいてないだけ?
 迷惑……だったかな。
 不安になって、大神くんに目を向ける。
 紫色と……藍色?
 紫って、藍色ってなに?
 迷惑の色?
 なにも言えなくて、前に向き直る。
「行こう、綾ちゃん」
 由梨ちゃんと綾ちゃんが、自分たちの席へと向かうのがわかった。
 やっぱり、大神くんと仲良くするべきじゃなかったんだ。
 私は鈍感だから、たとえ空気の色が見えたところで、気づけない。
 でも由梨ちゃんは、ちゃんと人の気持ちに気づいてる。
 そういうことなのかもしれない。
 大丈夫……おとなしくしていれば、なにも怖いことはない。

 そうしてやり過ごそうと思っていたのに、そんなうまくはいかなかった。
 佐々木先生が、帰りのホームルームを終えようとした時のこと。
「先生、ちょっといいですか」
 由梨ちゃんだ。
「どうしたの? 立花さん」
「提案なんですけど、女子のクラス代表、かえませんか?」
「え……」
 クラス代表をかえるってどういうこと?
「ちゃんと仕事はしてくれてるし、結城さんで問題ないと思うんだけど」
 佐々木先生が、私を見ながらそう答えてくれる。
「代表を決めるとき、立候補がいなくてくじ引きになりましたよね? たしか、相田さんが選ばれたのを、結城さんがしかたなくかわってあげてたはずです」
「し、しかたなくなんて……」
 ただ、普通にかわっただけ。
 別にいいって思ったから。
 私の反論なんてどうでもいいのか、由梨ちゃんは言葉を続ける。
「あのときは立候補できなかったんですけど、私、いまはやりたいって思ってるんです。しかたなくやるより、立候補から選んだ方がいいと思います」
「そうねぇ。ダメってわけじゃないんだけど、結城さんは、どう? いまの仕事、誰かに任せたい?」
 仕事内容もだいぶ慣れてきたし、並ぶときは美緒ちゃんの近く。
 大神くんとも接点が持てた。
 できればこのまま続けたいけど……。
 いくらクラス代表だからって、これ以上大神くんに近づいたら、きっとまた空気の色が悪くなる。
 由梨ちゃんは、まるで私を気づかっているみたいな言い方してるけど、本当は、とにかく私を大神くんから遠ざけたいんだ。
 わざわざそんなことしなくていいのに。
 そう思ったけど。
 もし、大神くんに迷惑がかかってるんだとしたら――
 私はやめるべきなのかもしれない。
 みんなの前で、なにか言うのはもともと得意じゃないし。
 立候補じゃないから、先生も協力してくれていただけ。
 やる気がある由梨ちゃんの方が……。
「わ、私……」
 やめますって、すぐには答えられなかった。
 先生も、私が迷っていることはわかってくれたみたい。
「さすがにいきなりすぎるし、明日の学級会で考えましょう。それまでに結城さんは、立候補するか、辞退するか、考えておいてくれる?」
 佐々木先生に言われてうなずく。
「……わかりました」
「立花さんが立候補してくれるのよね? 他にも、したいって人がいるんなら、次の学級会までに心を決めておいてください。男子の方もね」
 佐々木先生は、今度こそ本当にホームルームを終わらせると、教室をあとにした。
 先生は男子の方もって言ったけど、いまさら立候補なんて普通しないと思う。
 大神くんのままでいいって言う人ばかりだろうし、きっと男子はそのままだろう。

 私は怖くて、由梨ちゃんの方も大神くんの方も見れなかった。
 空気の色を見たくない。
 灰色の空気。
 紫色の空気。
 見なくて済めばいいのに。
 これくらい見えても平気だって思ってたけど、感情が見えるって、こんなに怖いんだ。
「さくらちゃん」
 隣から、美緒ちゃんに声をかけられてハッとする。
 気づくと、教室はもう私と美緒ちゃんだけになっていた。
「あたし、さくらちゃんがあたしのかわりにクラス代表になってくれて嬉しかったけど、悪いなって思うこともあったから、誰かが立候補でかわってくれるなら……」
「うん……」
「クラス代表になったせいで目をつけらたところもあったと思うし、落ち着くならそれでいいと思う」
「……そう……だよね。しかたなくかわってたわけじゃないけど……」
 美緒ちゃんは、最初からわかってた。
 大神くんが人気で、私が由梨ちゃんや他の女子に目をつけられかねないって。
 だから最初から心配してくれていたんだ。
「私、気づかない方がよかったのかな」
 それだけで、美緒ちゃんには伝わったみたい。
 私が、なにに気づいたか。
「……その方がさくらちゃんらしい気もするけど、ちょっと心配かな」
「そっか……」
「あたしね、クラス代表がかわれば、たぶん落ち着くって思ってるんだけど……」
「美緒ちゃん……?」
 美緒ちゃんが、なぜか泣きそうな顔で私を見ていた。
「こんなのあたしが言うことじゃないけど……」
「なに……?」
「悔しい……」
 そう言いながら、美緒ちゃんは私の腕をぎゅっと掴んだ。
「さくらちゃんは、優しいからかわってくれただけだし、ちゃんと仕事をしようとして、大神くんに話しかけてただけなのに……! 野外学習で……由梨ちゃん、さくらちゃんに酷いこと……!」
「え、知ってるの?」
「大部屋から2人がいなくなった後、由梨ちゃんだけ帰ってきて……綾ちゃんと話してるの聞いてたから、なんとなく……。すぐにさくらちゃんも帰ってきて、大丈夫だったんだって思ったんだけど。さくらちゃん、あれで気づいちゃったんだよね?」
 美緒ちゃんの言う通り。
 あの日に気づいた。
 カラスくんに言われて、気づかされた。
「いままで鈍感だった私が悪いんだよ。由梨ちゃんを、不快にさせちゃったから」
「ごめんね……なにも出来なくて」
「ううん。美緒ちゃんは悪くない。こうして、話を聞いてくれるだけで十分」
「あたしは平然としてられるさくらちゃんのこと、かっこいいって思ってるから。もし立候補したいなら、ちゃんと応援するね!」
 由梨ちゃんに譲れば、丸く収まる。
 全部、落ち着くけど、私はなにも悪いことしていない。
「クラス代表……やりたかったわけじゃないけど、美緒ちゃんの言う通り、由梨ちゃんに譲るのは、やっぱりちょっと悔しいかも」
 いくら鈍感な私でもわかった。
 美緒ちゃんは、私のこと迷惑だなんて思ってない。
 ときどき美緒ちゃんの周りにあった紫色の空気は、きっと私を心配してくれている色。
 大神くんも、そう。
 だから大丈夫。
「私、立候補する」
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