オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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5 オオカミ少女

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 バスに乗り込む直前、人数確認をしていたときのこと。
「え……大神くん……?」
 私は自分の目を疑った。
 男子の人数を数えて、先頭に立つ大神くんの頭!
 なんか大きな耳が生えてるように見えるんだけど……!
 寝ぐせ……じゃないよね?
 髪の毛じゃない。
 犬みたいな……オオカミみたいな大きな耳!
 うそ、どうして?
「なに? 人数、合ってなかった?」
「う、ううん。合ってたんだけど……。その、大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」
 ありえないって思ってる。
 だけど、私は思わず、大神くんにそう聞いていた。
 大神くんは驚いたのか、一瞬目を見開いた後、自分の頭を手で撫でる。
 大神くんの右手で、右の耳がふにゃりと折れたように見えた。
「かわいい……」
 ふわふわした大神くんの髪に隠れているだけで、カチューシャでもしてるのかな。
「すごい、本物のオオカミの耳が生えてるみたい!」
 かわいいけど、ここまで大きくて派手なアクセサリーは、さすがに先生に注意されるんじゃ……。
 リボンやヘアピンも、地味なものしかダメって言われてるんだよね。
「結城さん、なに言ってるか、わかんないんだけど……」
 大神くんが、少し焦った様子で私にそう言った。
「なにって……ふわふわした耳、つけてるよね?」
 私の声に反応して、ぴくりと狼の耳が動く。
 あれ、つけてるんじゃなくて……まさか本物?
 そんなはず……。
「ちょっと、さくらちゃん?」
 後ろから、声をかけられる。
 振り返ると、眉をしかめた由梨ちゃんがそこにいた。
「そんな変なこと言って、大神くん困ってるじゃん」
「変なことじゃなくて……その……大神くんの頭の耳が、かわいいってだけで……」
「それが変なことだって言ってるの!」
 いつもと違って、あからさまに怒りを向けられる。
 気づいてないフリなんかできる余地もない。
 由梨ちゃんの周りの空気も、どんどん濁っていく。
 灰色の空気。
 吸っちゃいけないような……そんな色の空気が、由梨ちゃんを取り囲む。
「これまでクラス代表だからしかたないと思ってたけど。さすがにウソまでついて、大神くんの気を引こうとするなんて……」
「わ、私がウソついてるって、思ってるの?」
「当たり前でしょ。なに? 頭の耳って」
 大神くんの前だからか、優しく注意するみたいに話してくれるけれど、私が由梨ちゃんを信じられなくなってるせいか、周りの空気が灰色だからか、怒っているのがちゃんと伝わってきて、すごく怖い。
「大神くん、さくらちゃんの言うことなんて、気にしなくていいよ」
 由梨ちゃんが、今度は私じゃなく大神くんに話しかける。
 まるで慰めるみたいに。
「気にしてないよ」
 少しそっけなく、大神くんはそう答えた。
「さくらちゃん、そんなおかしなウソついてると、誰にも信用されなくなるよ? 知ってる? オオカミ少年の話」
 オオカミ少年……ウソばかりついて、誰にも信じてもらえなくなる話だっけ。
「オオカミ少女ね」
 近くにいた綾ちゃんがつけ足す。
「ウソじゃ……」
 ないのに。
 だいたい昨日、時計を落としたなんてウソをついたのは、由梨ちゃんの方だ。
 ウソだって証拠はないけど……。
 少しくらい、なにか言い返したい。
 けど、由梨ちゃんから溢れてくる灰色の空気が怖くて、思わず口をつぐむ。
 綾ちゃんも、灰色の空気を漂わせて私を見ていた。
 悪い……嫌な空気。
 あの男の子が言ってた嫌悪の色。
 証拠はないけど、なんとなくわかる。
 それに、これは私と由梨ちゃんだけの問題じゃない。
 大神くんまで巻き込んでしまっていることになる。
 私は、もう一度、大神くんの方を見た。
 いつもあまり笑ってないし、いまもなにを考えているのかよくわからないけど、ほんの少しだけ、薄い藍色の空気が大神くんの周りを漂っていた。
 なんだろう、この空気の色。
「それより、結城さん。早く人数確認して、バス乗らないと」
 大神くんに話題を変えられ、私は慌てるようにしてうなずく。
「人数なら、大丈夫」
「それじゃあ、みんな、乗ってください」
 他の子たちが、バスに乗り込んでいく中、私は大神くんのことが気になって仕方がなかった。
 気にしてないって言ってたけど、本当かどうかはわからない。
 やっぱりいまでも見える。
 大神くんの頭に生えてる耳。
 でも、もしかしたら、言っちゃいけないことだったのかもしれない。
 私も、寝ぐせでありえないほど髪が跳ねたりしてるのを、わざわざ指摘されたらたぶんイヤだし。
 寝ぐせには見えないけど、たぶん言うことじゃなかったんだ。

 バスに乗り込んだ後、隣の席の美緒ちゃんが、心配そうに私を見ながら言った。
「さくらちゃん。どうしてあんなこと言ったの?」
「え……」
「大神くんの頭にオオカミみたいな耳が生えてるって」
「それは……本当にかわいいと思って、つい……」
「私にまで、そんなウソつかなくていいよ」
「ウソ……?」
 ウソじゃない。
 もちろん、頭に耳が生えてるなんて、ウソみたいな出来事だけど。
 でも、見えたんだもん。
 オオカミの耳。
 ここから大神くんは見えないけど、さっきはたしかに見えた。
「美緒ちゃんには、見えなかったってこと?」
「う、うん……」
 由梨ちゃんもウソだって言ってた。
 もし『言わない方がいい』って指摘なら、もっと気を使えって注意してたはず……。
 それじゃあ本当に、由梨ちゃんや美緒ちゃんには見えていないってこと?
 私を見る美緒ちゃんの周りには、昨日も見た紫色っぽい空気が漂っていた。
「美緒ちゃん……その、この辺りの空気……変な色、ついてるよね?」
「え、どういうこと?」
 空気の色が見えるなんておかしい。
 私にしか見えないんだ。
「やっぱりさくらちゃん、目がおかしくなったんじゃ……」
「……そう、かもしれない」
 大神くんの耳が見えるのも、きっと私だけなんだ……。

 美緒ちゃんと一緒に植物園を回ってる間は、少しだけ気が紛れた。
 由梨ちゃんとは、どう接していいかわからないけど、もともとよく話す方でもなかったし。
 いつも由梨ちゃんの方から話しかけてきてたんだよね。
『最近、大神くんとよく話してるみたいね』
 ……とか。
 クラス代表だからだよって、返事してたけど……。
 あのときも、由梨ちゃんの周りには灰色の空気が漂っていたのかな。
 由梨ちゃんは、私が大神くんと仲良くなるのが嫌なんだ。
 そう思っているのは、由梨ちゃんだけじゃないのかもしれない。
 たまたま、いま気づいたのが由梨ちゃんだけで、本当はもっとたくさん……!
 でも、クラス代表として話すこともあるし、どうすればいいんだろう。
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