オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗

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4 気づいてないフリ

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 男の子が巻いてくれた布のおかげか、普通に歩けるくらいには、ケガの痛みもひいていた。
 渡り廊下を通って、自分たちの部屋へと戻ってみる。
「由梨ちゃん……?」
 そこには、綾ちゃんと楽しそうに話をする由梨ちゃんがいた。
「どういう……こと?」
「あ、さくらちゃん。無事だったのね。落とし物、一緒に探してくれてありがとう」
「……戻ってたんだ?」
「懐中電灯の電池、切れちゃったみたいだったから、しかたなく先に戻ってたの。別の部屋から借りようと思って」
 私に、なにも言わずに?
 おかしくない?
「ごめんね? でも、無事でよかった」
 由梨ちゃんは、笑いながら手を合わせて、私に謝った。
 そんな由梨ちゃんの周りの空気が、わずかに色づく。
 薄い……灰みたいな色。
 なにこれ。
 煙?
 私の目、おかしくなっちゃったのかな。
「さくらちゃん?」
「あ、うん……大丈夫」
 私は、気づいてないフリをした。
 由梨ちゃんに、嫌がらせされたこと。
 由梨ちゃんの気が済んでくれたら、これ以上、なにかされることもないだろうし。
 少し前までは、気づかないようにしてたけど、いまは違う。
 気づいたうえで、気づいてないフリをする。
 やっぱり、あの男の子が言ったように、私、鈍感だったんだ。
 ちゃんと警戒しておけば、こんな目に合うことも、もうないはず……!
「いいよ」
 もうこれで、気が済んだでしょ。
 なんで、そんな平然としてるのって、聞きたいけど、聞かないことにする。
 あれは嘘でしたって、直接本人から聞いても嫌な気分になるだけだし。
 聞かなくても、もうなんとなくわかってる。
「あ、そろそろお風呂行く時間よね? 綾ちゃん、行こう?」
 そもそも私が聞く間もなく、まるではぐらかすようにして、由梨ちゃんと綾ちゃんは部屋を出て行く。
 2人が出て行った後、私はつい、部屋の隅に置かれた懐中電灯を手に取った。
 もし、壊れてたり電池がなかったら、なにかあったときに使えない。
 それじゃあ困るし……なんて、言い訳を考えながら、電源を入れてみる。
 懐中電灯は、問題なくついた。
 由梨ちゃんが先生や施設の人に頼んで、電池をかえた後なのかもしれないけど。
 それよりあの空気の色はなに?
 由梨ちゃんの周りだけ、ほんのり色がついているように見えた。
 どういうこと?
「さくらちゃん……」
 声をかけてくれたのは、美緒ちゃんだった。
「大丈夫? その……由梨ちゃんたち……」
 すごく心配そうな瞳で、私を見てくれる。
 由梨ちゃん、私がいないところでなにか言ってたのかな。
 心配そうに私を見る美緒ちゃんの周りの空気は、ほんのり紫色になっていた。
 透明に近いんだけど、ほんの少しだけ。
 由梨ちゃんの周りは、灰色だったけど……。
 ふと、男の子が言ってた言葉を思いだす。
『彼女、そういう色をしていたからね。嫌悪の色』
 まさか由梨ちゃんがまとっている空気の色……灰色が、嫌悪の色?
「ねぇ、美緒ちゃん。このあたり……紫色、だよね? なんだろう、これ」
「どういうこと?」
「空気の色、見えない?」
「見えない……よ?」
 そういえば『キミはもう少し、いろんなものを見たらいい』って、男の子に言われて、その後、ものすごく眩しくて、あれはなんだったんだろうって思ってたけど。
 もしかして、なにか変なもの見えるようになっちゃった……?
「さくらちゃん、目の調子、悪いの?」
「う、ううん。目は……大丈夫。たぶん……だけど」
「ひどいようなら、先生に言おう。もし見えなくなっちゃったりしたら大変!」
「もし悪くなったら、考えるね」
 いまのところ、見えなくなるっていうより、見えるようになってるみたいなんだけど。
 由梨ちゃんの空気の色が『嫌悪の色』だとしたら、美緒ちゃんの周りの空気は、心配してる色かな。
「心配してくれて、ありがとう。大丈夫だよ。ケガのことも、由梨ちゃんのことも……」
 私が由梨ちゃんたちに目をつけられてる理由は、クラス代表になったからだ。
 クラス代表になったきっかけは、美緒ちゃん。
 でも、美緒ちゃんが責任を感じる必要ないし、心配かけられない。
「ちょっと落とし物探してただけ。見つからなかったんだけど。不思議な男の子が助けてくれたんだ」
「不思議な男の子……?」
「自分のこと、山の神とか言っててね。すごく変わった子」
 いやがらせを受けてるんだって、最初にあの子に言われたときは、なんでそんなこと気づかせるんだろうって思ったけど。
 気づいた方がよかったことなのかもしれないし、実際、部屋に戻ってきて、由梨ちゃんの態度を見て、あの子は間違っていない気がした。
 誰にも気づかれず、自分すら気づかないふりをして、由梨ちゃんに振り回されるのはごめんだし、誰かが気づいてくれて、少しホッとしてるのかもしれない。
 美緒ちゃんも、気づいてくれてるのかもしれないけど……。
「その子が支えてくれたおかげで、歩いてこれたし……」
 さすがに、その子に抱えられて飛んできた……なんてのは、信じてくれないだろうから伏せておく。
 私でも、信じられないもんね。
「さくらちゃん、もしかしてそのヒザ、ケガしたの?」
「あ、そうなんだけど、その子がこの布、巻いてくれて、おかげでそんなに痛くないから、大丈夫! でも、お風呂はシャワーだけにしておこうかな。あとで先生にばんそうこうもらってくるよ」
「それじゃあついてくね」
「ありがとう、美緒ちゃん」



 翌朝――
 少し早く起きた方がいいのかななんて思ってたけど、とくに由梨ちゃんに起こされることもなかったし、着替えているときに見てしまった。
 由梨ちゃんの手首に、腕時計がついてるってこと。
 さすがに2個も持って来てるわけない。
「由梨ちゃん。その時計……」
 朝食時、さすがに気になって、こそっと聞いてみる。
「ああ、うん。言ってなかったけ。ごめん。見つかったの」
 もちろん聞いてない。
 でもそれ以上、詳しい話はなんとなく聞けなかった。
 由梨ちゃんの周りの空気が、少し灰色に見えたから。
 これはたぶん、嫌悪の色。
 話しかけて欲しくないんだろう。
 せっかく由梨ちゃんの気が済んでるとこかもしれないし、嫌われる材料をこれ以上、与えたくない。
「見つかってよかったね」
 由梨ちゃんに告げて、話を終わらせる。
 本当に時計を落としたのかどうかはわからないけど。
 少なくとも、見つけられなかった後ろめたさを、私が感じる必要はない。
 とりあえず、今日はこの後、バスで移動することになっている。
 向かうのは植物園。
 由梨ちゃんのことは、気にしないようにしよう。
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