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高3
和泉の家(3)
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「ごめんね、急に決まったから布団を干せてないんだけど」
「いえ、全然大丈夫です」
「カイもごめんね、見境なくて。いくらなんでも浮かれすぎだわ、あれは」
至極申し訳無さそうに言う里佳子は、母親のようだ。
「カイもごめん」なんて、まるで自分のモノみたいな言い方をされたと……少し前なら嫉妬していたかもしれない。だが、今の亜姫は素直に受け入れられた。
里佳子と二人、布団を並べて寝そべる。
横になると、なんとなく顔を見合わせフフッと笑い合った。
「ね、亜姫ちゃん。この家が温かいって言ってくれたんだって? この家を見て、カイが冬夜に大事にされてると思ったって」
里佳子が和泉から聞いた事を亜姫に尋ねる。
「はい。……この家の雰囲気、すごく好きなんです。なんでかよくわからないけど、ホッとしちゃうというか……とても居心地が良くて」
亜姫がそう言うと、里佳子は嬉しそうに笑った。
「殺風景な家でしょう? 本当に何も無いの。せめて離れて暮らす親の写真ぐらい、あってもいいと思わない?」
里佳子が客間の中をぐるりと見渡しながら言う。
もちろん、この部屋にも余計な物は何ひとつ置かれていない。小綺麗なだけの、殺風景な空間だ。
「……親の写真を置かないのは、それを見たカイが寂しくならないように。
兄弟の写真も飾らないのは、親の写真が無いと気づかないように。
余計な物を置かないのは、カイが掃除や片付けをしやすいように。
目を離したりそばを離れた隙にカイが怪我をしないよう、飾り物や割れ物は置かない。
写真も撮らない。
……そこに親が写っていなかったら、カイが悲しむかもしれないから」
何もない天井を眺めながら里佳子は静かに語り、それから亜姫を見て楽しそうに笑う。
「でもね、実は山程アルバムがあるのよ。
いつかカイが見たいと言い出した時、嫌になるほど見せてあげられるように。
冬夜は、カイが産まれた頃からずっと写真を撮り続けてきたの。
でも、カイのそばにいる時はあの子の事だけを考えたいからって……私や他の人に写真を撮らせて、自分は全力でカイの相手をして。
あの子に負けず冬夜も仏頂面だし、すごく不器用だから……カイには全然伝わってないんだけどね」
里佳子はまた優しく微笑む。
「全部、冬夜の部屋に隠してある。
小さい頃の写真、今度見せてあげるわ。見事に無表情だけど、そりゃもう可愛いんだから」
里佳子の言葉に、亜姫は笑いながら頷いた。
「ここはね……隅から隅まで、これでもかってぐらい愛が詰め込まれた家なの。
それを感じ取ってもらえた事がすごく嬉しい。あんなんだけど、冬夜も喜んでるのよ?」
亜姫は分かっていると伝えるように、また笑みを浮かべて頷いた。
聞けば聞くほど不器用な愛の深さに胸を打たれ、グッと込み上げて来るものがある。
今にも零れ落ちそうな涙を堪えるのが精一杯で、言葉を返すことなんて出来なかった。
彼らの愛に、返せる言葉も見つからない。
そんな亜姫を、里佳子は優しく見つめる。
「ねぇ……カイがどうして冬夜を呼び捨てにするのか、亜姫ちゃんは知ってる?」
亜姫は首を振る。それは、亜姫も不思議に思っていた事だった。普通は「兄」が付く何らかの敬称で呼ぶのではないだろうか、これだけ歳が離れていれば尚更。
「まぁ……一番の理由は、幼かったカイに『とーや』って呼ばれてキュンとしちゃったからなんだけど」
里佳子は慈愛に満ちた眼差しで、静かに告げた。
「兄でもあり、親でもあり、友でもあり。
カイの一番近しい場所にいる、どんな存在でもありたい。
……それが、冬夜の願いだったから」
次いで、里佳子は哀しそうに笑う。
「あの人は、不器用すぎて。
自分が貰えなかった全てをカイに与えようとしてるんだけど……本当は、両親からの愛はずっと貰い続けてるの。冬夜が気づいてないだけ。
私が無理やり連れて行ったと思ってる新生児室もね、冬夜の性格をよくわかってるママさんが私に手引きした結果なのよ。
彼らの両親は子育てを放棄しているわけじゃない。冬夜の事も、カイの事も。
冬夜の気持ちを最優先に考えて、変わり始めた冬夜にカイを託したの。
普段はそばにいないけれど、幼馴染のおうちとも頻繁にやりとりしてるし、二人の状況は常に把握してる。
……私もね、昔から密かに連絡取り合う仲なのよ。
冬夜は、親に気にかけてもらえてた事には気づいたけれど、こんな風に見守られてるなんて思ってもいない。まぁ、ママさん達も不器用だからしょうがないのかもしれないけど……。
私が逐一報告してるから全部筒抜けなのに、冬夜ったらいつまで経っても気づかないんだもの。笑っちゃうわよね。私とママさん達が繋がってるなんて考えもしてないわよ、きっと」
だから内緒よ、と里佳子はいたずらっ子のように笑う。
「私はそんな冬夜が愛しくてしょうがない。もちろん、カイのことも。
あの二人の全てが……もう、愛しくて愛しくてしょうがないの」
そう言った里佳子からは、愛が滾々と溢れ出す様が見えるようだった。
亜姫は溢れ出す気持ちで胸がいっぱいになり、濡れた目元を必死で擦る。
里佳子はそんな亜姫の頭を優しく撫でた。
「冬夜と親の間にあった溝も……今、カイが少しずつ埋めてくれてる。
……これも亜姫ちゃんのお陰ね。冬夜の事も救ってくれて、ありがとう」
亜姫はやはり言葉を返すことは出来ず、ただ首を振るだけだった。
「いえ、全然大丈夫です」
「カイもごめんね、見境なくて。いくらなんでも浮かれすぎだわ、あれは」
至極申し訳無さそうに言う里佳子は、母親のようだ。
「カイもごめん」なんて、まるで自分のモノみたいな言い方をされたと……少し前なら嫉妬していたかもしれない。だが、今の亜姫は素直に受け入れられた。
里佳子と二人、布団を並べて寝そべる。
横になると、なんとなく顔を見合わせフフッと笑い合った。
「ね、亜姫ちゃん。この家が温かいって言ってくれたんだって? この家を見て、カイが冬夜に大事にされてると思ったって」
里佳子が和泉から聞いた事を亜姫に尋ねる。
「はい。……この家の雰囲気、すごく好きなんです。なんでかよくわからないけど、ホッとしちゃうというか……とても居心地が良くて」
亜姫がそう言うと、里佳子は嬉しそうに笑った。
「殺風景な家でしょう? 本当に何も無いの。せめて離れて暮らす親の写真ぐらい、あってもいいと思わない?」
里佳子が客間の中をぐるりと見渡しながら言う。
もちろん、この部屋にも余計な物は何ひとつ置かれていない。小綺麗なだけの、殺風景な空間だ。
「……親の写真を置かないのは、それを見たカイが寂しくならないように。
兄弟の写真も飾らないのは、親の写真が無いと気づかないように。
余計な物を置かないのは、カイが掃除や片付けをしやすいように。
目を離したりそばを離れた隙にカイが怪我をしないよう、飾り物や割れ物は置かない。
写真も撮らない。
……そこに親が写っていなかったら、カイが悲しむかもしれないから」
何もない天井を眺めながら里佳子は静かに語り、それから亜姫を見て楽しそうに笑う。
「でもね、実は山程アルバムがあるのよ。
いつかカイが見たいと言い出した時、嫌になるほど見せてあげられるように。
冬夜は、カイが産まれた頃からずっと写真を撮り続けてきたの。
でも、カイのそばにいる時はあの子の事だけを考えたいからって……私や他の人に写真を撮らせて、自分は全力でカイの相手をして。
あの子に負けず冬夜も仏頂面だし、すごく不器用だから……カイには全然伝わってないんだけどね」
里佳子はまた優しく微笑む。
「全部、冬夜の部屋に隠してある。
小さい頃の写真、今度見せてあげるわ。見事に無表情だけど、そりゃもう可愛いんだから」
里佳子の言葉に、亜姫は笑いながら頷いた。
「ここはね……隅から隅まで、これでもかってぐらい愛が詰め込まれた家なの。
それを感じ取ってもらえた事がすごく嬉しい。あんなんだけど、冬夜も喜んでるのよ?」
亜姫は分かっていると伝えるように、また笑みを浮かべて頷いた。
聞けば聞くほど不器用な愛の深さに胸を打たれ、グッと込み上げて来るものがある。
今にも零れ落ちそうな涙を堪えるのが精一杯で、言葉を返すことなんて出来なかった。
彼らの愛に、返せる言葉も見つからない。
そんな亜姫を、里佳子は優しく見つめる。
「ねぇ……カイがどうして冬夜を呼び捨てにするのか、亜姫ちゃんは知ってる?」
亜姫は首を振る。それは、亜姫も不思議に思っていた事だった。普通は「兄」が付く何らかの敬称で呼ぶのではないだろうか、これだけ歳が離れていれば尚更。
「まぁ……一番の理由は、幼かったカイに『とーや』って呼ばれてキュンとしちゃったからなんだけど」
里佳子は慈愛に満ちた眼差しで、静かに告げた。
「兄でもあり、親でもあり、友でもあり。
カイの一番近しい場所にいる、どんな存在でもありたい。
……それが、冬夜の願いだったから」
次いで、里佳子は哀しそうに笑う。
「あの人は、不器用すぎて。
自分が貰えなかった全てをカイに与えようとしてるんだけど……本当は、両親からの愛はずっと貰い続けてるの。冬夜が気づいてないだけ。
私が無理やり連れて行ったと思ってる新生児室もね、冬夜の性格をよくわかってるママさんが私に手引きした結果なのよ。
彼らの両親は子育てを放棄しているわけじゃない。冬夜の事も、カイの事も。
冬夜の気持ちを最優先に考えて、変わり始めた冬夜にカイを託したの。
普段はそばにいないけれど、幼馴染のおうちとも頻繁にやりとりしてるし、二人の状況は常に把握してる。
……私もね、昔から密かに連絡取り合う仲なのよ。
冬夜は、親に気にかけてもらえてた事には気づいたけれど、こんな風に見守られてるなんて思ってもいない。まぁ、ママさん達も不器用だからしょうがないのかもしれないけど……。
私が逐一報告してるから全部筒抜けなのに、冬夜ったらいつまで経っても気づかないんだもの。笑っちゃうわよね。私とママさん達が繋がってるなんて考えもしてないわよ、きっと」
だから内緒よ、と里佳子はいたずらっ子のように笑う。
「私はそんな冬夜が愛しくてしょうがない。もちろん、カイのことも。
あの二人の全てが……もう、愛しくて愛しくてしょうがないの」
そう言った里佳子からは、愛が滾々と溢れ出す様が見えるようだった。
亜姫は溢れ出す気持ちで胸がいっぱいになり、濡れた目元を必死で擦る。
里佳子はそんな亜姫の頭を優しく撫でた。
「冬夜と親の間にあった溝も……今、カイが少しずつ埋めてくれてる。
……これも亜姫ちゃんのお陰ね。冬夜の事も救ってくれて、ありがとう」
亜姫はやはり言葉を返すことは出来ず、ただ首を振るだけだった。
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