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高3
和泉の初体験(7)
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和泉は少し間を置き、思い出したくもないといった様子で俯く。
「教わり終えて間もない頃、年上の女に半ば無理やり連れ出された。その頃の俺は既に中学生には見えなかったみたいで、だけど中身は無気力で無知でガキで……きっと、簡単に好き勝手できたんだと思う。
でも、やっぱり何も感じなくて。むしろ、つまんねーな……って思ったよ。これなら、まだ冬夜に教わってる方がマシだなって」
うんざりした様子でそう吐き出すと、和泉は感情を消した顔で亜姫を見た。
「だから、前にも言っただろ? お前に会うまで、触れることは俺にとって汚いものだったって。
冬夜が里佳子を大事に抱いてるあれすらも理解できなかったんだよ、本当に。
あの二人が好き合ってることはわかってたけど、あんな風に触れたいとか繋がりたいと思う気持ちがちっともわからなかった」
彼は、過去の記憶だけでなく自身の存在すら否定したがっている。亜姫にはそう見えた。
手を離したら消えてしまいそうで、いっそう強く腕を掴む。
嫌だと思いながら聞いていたのに。
いつの間にか当時の彼らに想いを馳せ、その時間の中に『少しでも幸せや喜びがありますように』と願う自分がいる。
それは、なんとも言えない不思議な感覚だった。
「……その、教わってる期間だけでも、里佳子さんを好きになったりとか……その、シたくなっちゃったり、とか……」
「ないよ。そもそも俺は女にも行為にも忌避感があったんだ。なのにあんな状況に放り込まれてさ……何もかも有り得ないじゃん、歪みすぎだろ。
その上無理矢理やらされて、冬夜が合格を出すと同時に俺は放り出されるんだよ?
俺を邪険になんて、絶対しないのに。あの時だけは締め出されてしばらく放置。あんな毎日でどうにかなるわけがない。
なにより、なんでこんなこと続けなきゃいけないのかって……あの時は、それしかなかった。
だけど、結果的にその知識に助けられた。あれがなかったら、都合のいいただの道具に成り果ててたと思う。
もしかしたら、とっくに絶望して……今、生きてなかったかもしれない」
和泉は、絞り出すように吐き出した。
「冬夜達は何度も言ってた。こんな教え方は間違ってる、って。
でも俺の身を護るにはこれしかない、だから覚えろ。常に優位に立ち続けて、決して主導権を握らせるな。一度でも奪われたら終わりだと思え……って。
これ以上ないってぐらい真剣に、何度も何度も諭されたよ。その気持ちだけは痛いほど伝わってきた。
……それきり、里佳子とそんなことはしてない。
俺がしたいとも思わないし……あっちはあっちで、俺のことを傷つけたと……そう思ってるんだと思う」
そう言った和泉からは、自身のだけでなく彼らの苦しみも背負っているように見えた。
亜姫はかける言葉が見つからない。けれど、せめてその頃の和泉に寄り添いたくて力の限り抱きしめた。
和泉は何も言わなかったが、亜姫の方へゆっくりと寄りかかってくる。そして、その体に手を回しながら肩口に顔を埋めた。
そこでゆっくり息を吐くと、それまで纏っていた空気をほんの少し和らげた。
「里佳子は昔から冬夜しか見てない。
冬夜もめちゃくちゃ里佳子を大事にしてる。
とっくに結婚してるはずなのに、俺を守る為にあのままなんだ。
……俺のせいで、二人の時間はずっと止まってる」
和泉はゆっくり顔を上げると、亜姫の瞳の中を覗き込むようにじっと見つめた。
「冬夜達のすごさや苦しみ。それが、お前と出会って少しだけわかるようになった。
……してもらった分、ちゃんと返したい。
『返す』ってのは……俺が腐らず、人としてちゃんと生きること──なんだと思う。
俺の初めてはこんなんだったけど……俺の気持ちとしては、初体験はお前を抱いた時だよ。
今ならわかる。冬夜がわざと見せつけてたのは、嫉妬じゃない。愛しい存在に触れる姿を見せたかったんだ。
普通じゃないし、言葉も足りない不器用なやり方だけど……俺は、冬夜と里佳子から教わることは全て信じられる。あと、お前のことも」
和泉は愛おしそうに亜姫を見ると再び肩口へ顔を埋め、消えそうな声で尋ねた。
「あまりに有り得ない話で、幻滅、した?……嫌に、なった、とか……」
亜姫は取れそうな勢いで首を振り、全てを包みこもうと和泉へ抱きつく。
「何も知らず、酷いことを言ってごめんなさい。
幻滅なんかしない。嫌になんかならない。
みんな……頑張ったんだよ。みんな凄いよ。
和泉に触れられるといつでも幸せなのは、冬夜さん達がそうやって教えてくれたからなんだね」
どんなに言葉を尽くしても、気持ちの全てを伝えきれる気がしない。
亜姫は、埋め込まれた和泉の顔を両手で挟みこむと額を擦り合わせる。そして至近距離から視線を合わせて囁いた。
「和泉の初体験、私に上書きさせて。
私も、和泉に幸せと心地良さだけ捧げたい」
和泉は一瞬呆けた後、泣き出しそうに顔を歪めた。そして、それを隠すように再び亜姫の肩へ顔を埋めた。
亜姫はその体を優しく包み込みながら、ゆっくり布団へ倒していった。
「教わり終えて間もない頃、年上の女に半ば無理やり連れ出された。その頃の俺は既に中学生には見えなかったみたいで、だけど中身は無気力で無知でガキで……きっと、簡単に好き勝手できたんだと思う。
でも、やっぱり何も感じなくて。むしろ、つまんねーな……って思ったよ。これなら、まだ冬夜に教わってる方がマシだなって」
うんざりした様子でそう吐き出すと、和泉は感情を消した顔で亜姫を見た。
「だから、前にも言っただろ? お前に会うまで、触れることは俺にとって汚いものだったって。
冬夜が里佳子を大事に抱いてるあれすらも理解できなかったんだよ、本当に。
あの二人が好き合ってることはわかってたけど、あんな風に触れたいとか繋がりたいと思う気持ちがちっともわからなかった」
彼は、過去の記憶だけでなく自身の存在すら否定したがっている。亜姫にはそう見えた。
手を離したら消えてしまいそうで、いっそう強く腕を掴む。
嫌だと思いながら聞いていたのに。
いつの間にか当時の彼らに想いを馳せ、その時間の中に『少しでも幸せや喜びがありますように』と願う自分がいる。
それは、なんとも言えない不思議な感覚だった。
「……その、教わってる期間だけでも、里佳子さんを好きになったりとか……その、シたくなっちゃったり、とか……」
「ないよ。そもそも俺は女にも行為にも忌避感があったんだ。なのにあんな状況に放り込まれてさ……何もかも有り得ないじゃん、歪みすぎだろ。
その上無理矢理やらされて、冬夜が合格を出すと同時に俺は放り出されるんだよ?
俺を邪険になんて、絶対しないのに。あの時だけは締め出されてしばらく放置。あんな毎日でどうにかなるわけがない。
なにより、なんでこんなこと続けなきゃいけないのかって……あの時は、それしかなかった。
だけど、結果的にその知識に助けられた。あれがなかったら、都合のいいただの道具に成り果ててたと思う。
もしかしたら、とっくに絶望して……今、生きてなかったかもしれない」
和泉は、絞り出すように吐き出した。
「冬夜達は何度も言ってた。こんな教え方は間違ってる、って。
でも俺の身を護るにはこれしかない、だから覚えろ。常に優位に立ち続けて、決して主導権を握らせるな。一度でも奪われたら終わりだと思え……って。
これ以上ないってぐらい真剣に、何度も何度も諭されたよ。その気持ちだけは痛いほど伝わってきた。
……それきり、里佳子とそんなことはしてない。
俺がしたいとも思わないし……あっちはあっちで、俺のことを傷つけたと……そう思ってるんだと思う」
そう言った和泉からは、自身のだけでなく彼らの苦しみも背負っているように見えた。
亜姫はかける言葉が見つからない。けれど、せめてその頃の和泉に寄り添いたくて力の限り抱きしめた。
和泉は何も言わなかったが、亜姫の方へゆっくりと寄りかかってくる。そして、その体に手を回しながら肩口に顔を埋めた。
そこでゆっくり息を吐くと、それまで纏っていた空気をほんの少し和らげた。
「里佳子は昔から冬夜しか見てない。
冬夜もめちゃくちゃ里佳子を大事にしてる。
とっくに結婚してるはずなのに、俺を守る為にあのままなんだ。
……俺のせいで、二人の時間はずっと止まってる」
和泉はゆっくり顔を上げると、亜姫の瞳の中を覗き込むようにじっと見つめた。
「冬夜達のすごさや苦しみ。それが、お前と出会って少しだけわかるようになった。
……してもらった分、ちゃんと返したい。
『返す』ってのは……俺が腐らず、人としてちゃんと生きること──なんだと思う。
俺の初めてはこんなんだったけど……俺の気持ちとしては、初体験はお前を抱いた時だよ。
今ならわかる。冬夜がわざと見せつけてたのは、嫉妬じゃない。愛しい存在に触れる姿を見せたかったんだ。
普通じゃないし、言葉も足りない不器用なやり方だけど……俺は、冬夜と里佳子から教わることは全て信じられる。あと、お前のことも」
和泉は愛おしそうに亜姫を見ると再び肩口へ顔を埋め、消えそうな声で尋ねた。
「あまりに有り得ない話で、幻滅、した?……嫌に、なった、とか……」
亜姫は取れそうな勢いで首を振り、全てを包みこもうと和泉へ抱きつく。
「何も知らず、酷いことを言ってごめんなさい。
幻滅なんかしない。嫌になんかならない。
みんな……頑張ったんだよ。みんな凄いよ。
和泉に触れられるといつでも幸せなのは、冬夜さん達がそうやって教えてくれたからなんだね」
どんなに言葉を尽くしても、気持ちの全てを伝えきれる気がしない。
亜姫は、埋め込まれた和泉の顔を両手で挟みこむと額を擦り合わせる。そして至近距離から視線を合わせて囁いた。
「和泉の初体験、私に上書きさせて。
私も、和泉に幸せと心地良さだけ捧げたい」
和泉は一瞬呆けた後、泣き出しそうに顔を歪めた。そして、それを隠すように再び亜姫の肩へ顔を埋めた。
亜姫はその体を優しく包み込みながら、ゆっくり布団へ倒していった。
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