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高3
旅行と誕生日(4)
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食事を終えて片付けを始めると、亜姫はあからさまに緊張した様子を見せた。明らかに和泉を意識していると傍目に見ても分かる。
和泉は静かに立ち上がり、洗い物をする亜姫の隣に立つ。途端、亜姫が固まった。
けれど和泉は何もせず、無言で洗い終えた皿を拭き始める。
その様子を見て密かに安堵するのが視界の端に映ったが、気づかないフリをしながら黙々と手を進める。すると、亜姫の緊張は次第に緩んでいった。
「これで終わり?」
「うん、ありがとう」
「他にやることは?」
「ここを拭くだけ。もう無いよ」
亜姫はすっかりいつもの調子に戻り、台拭きを濯いで干している。
和泉はその横に立ち、腰を優しく抱き寄せた。
「じゃあ、そろそろ……楽しみにしてたデザートを……食べようかな」
わざとらしく、耳元でゆっくり囁くと。
亜姫は音がしたのかと思うぐらいカチコチに固まった。たが次の瞬間、慌てて逃亡を試みる。
それを、和泉はグッと抱き寄せ引き止めた。
「今日は逃げないで」
「……べべ、別に、逃げたりなんか」
「初めてキスした時、ものすごい勢いで逃げただろ?」
「あ、あれはっ!」
焦って振り向いた亜姫に、和泉は優しく口づけた。
「……覚えてる?あの時も、こうやってさ……」
固まる亜姫に甘い視線を絡め、ファーストキスを再現するように唇を重ねていく。
鼻をすり合わせ、ゆっくり向きを変え、同時に亜姫の両手の指を絡め取り、キッチン台にその手と体を押し付ける。
「違……あの時、指なんて………」
「そうだね……ほら、今度は逃げられないようにしっかり捕まえておかないとさ………」
「逃げ、ないよ……」
和泉はそこでくすりと笑う。
「そうだよな、もう逃げないよな。だって……」
唇を焦らすように耳まで移動させ、言い聞かせるように囁く。
「……もっと……いやらしいこと……もう、沢山してるしね」
亜姫は真っ赤に染まった。しかし、今度は逃げようとはしない。刺激が強すぎて活動を停止している、と言ったほうが正しいかもしれない。
「あ、あの……離して、くだひゃい………」
「だーめ。逃がさない」
「やっ、だ、だ、めぇぇ……待って、むむむむ無理ぃっ、ちか、近いぃ……」
腕の中でアタフタとするその姿は、まさに付き合い始めた頃の亜姫だった。
亜姫が限界を超えて本気で怒り出すまで、和泉はそのままからかい続けていた。
◇
風呂を済ませ、寝室へ入ると。
「和泉、改めてお誕生日おめでとう。あのね、プレゼントを用意してきたの」
そう言って、亜姫は小さな紙袋を差し出す。
和泉が中を開けると、撮影で使用したリングとよく似たネックレスが入っていた。
あの時使用したリングは、冬夜が「撮影に協力した褒美代わりに」と和泉にくれた。それは今も指に嵌まっている。
「すごい、対のものみたい。こんなの、よく見つけたな」
「ずっと探してた。本当はね、冬夜さんが作ってるシリーズでお揃いにしたかったの。でもあれは流石に高価すぎたから……類似品になっちゃったけど」
よく見ると素材が全然違うの、と、亜姫は申し訳無さそうだ。
「これで充分。嬉しい。……着けてくれる?」
和泉がねだると、亜姫は嬉しそうに頷く。
少し短めのチェーンは、一度金具を外さなければつけられない。
亜姫は金具を外し、和泉の正面から抱きつくようにして首の後ろへ手を回した。
感情を揺るがす何かが起きない限り、亜姫は自ら距離を縮めてきたり抱きついたりしない。なのに嬉しそうな顔でこんな行動を取るなんて、今、亜姫の心はどれほど無防備になっているのだろうか。
それだけ心を許してくれているのだと、和泉は甘美な幸福感に包まれる。
一秒でも長くこの時間が続くよう願い、からかったりふざけたりするのを控えてじっとしていた。
「出来たよ」
心なしか甘えたような亜姫の声。和泉が顔を上げると、唇が触れそうな距離に亜姫の顔があった。
至近距離で目が合ったのに、亜姫は照れもせず嬉しそうに顔を綻ばせる。
いつもならその唇に吸い付くところだが、この雰囲気を壊してしまうのはもったいない。和泉は距離を保とうと体を離した。
すると亜姫が少し視線を下げ、フフッと軽やかに笑う。
「よく似合う」
視線の先には亜姫がくれたネックレス。見た目はゴツいのに、何故か優しい温もりを感じさせた。
そこに亜姫の愛が見えるようで、和泉はまたなんとも言えない幸福感に包まれる。
不意に思う。
亜姫を見ると溢れ出すこの気持ち……これを『慈しむ』と言うのかもしれない、と。
その気持ちに、触れることは出来るのだろうか。
突如そんな考えに至った。
目の前の亜姫にそっと近づき、壊れ物に触れるように優しく口づける。
あぁ、触れられた………。
象られた気持ちを手に入れた気になり満たされた気分で離れると、亜姫が花を咲かせるようにフフッと笑った。
亜姫も同じ気持ちなのだと伝わってきて、ますます幸福感が溢れ出た。
和泉は静かに立ち上がり、洗い物をする亜姫の隣に立つ。途端、亜姫が固まった。
けれど和泉は何もせず、無言で洗い終えた皿を拭き始める。
その様子を見て密かに安堵するのが視界の端に映ったが、気づかないフリをしながら黙々と手を進める。すると、亜姫の緊張は次第に緩んでいった。
「これで終わり?」
「うん、ありがとう」
「他にやることは?」
「ここを拭くだけ。もう無いよ」
亜姫はすっかりいつもの調子に戻り、台拭きを濯いで干している。
和泉はその横に立ち、腰を優しく抱き寄せた。
「じゃあ、そろそろ……楽しみにしてたデザートを……食べようかな」
わざとらしく、耳元でゆっくり囁くと。
亜姫は音がしたのかと思うぐらいカチコチに固まった。たが次の瞬間、慌てて逃亡を試みる。
それを、和泉はグッと抱き寄せ引き止めた。
「今日は逃げないで」
「……べべ、別に、逃げたりなんか」
「初めてキスした時、ものすごい勢いで逃げただろ?」
「あ、あれはっ!」
焦って振り向いた亜姫に、和泉は優しく口づけた。
「……覚えてる?あの時も、こうやってさ……」
固まる亜姫に甘い視線を絡め、ファーストキスを再現するように唇を重ねていく。
鼻をすり合わせ、ゆっくり向きを変え、同時に亜姫の両手の指を絡め取り、キッチン台にその手と体を押し付ける。
「違……あの時、指なんて………」
「そうだね……ほら、今度は逃げられないようにしっかり捕まえておかないとさ………」
「逃げ、ないよ……」
和泉はそこでくすりと笑う。
「そうだよな、もう逃げないよな。だって……」
唇を焦らすように耳まで移動させ、言い聞かせるように囁く。
「……もっと……いやらしいこと……もう、沢山してるしね」
亜姫は真っ赤に染まった。しかし、今度は逃げようとはしない。刺激が強すぎて活動を停止している、と言ったほうが正しいかもしれない。
「あ、あの……離して、くだひゃい………」
「だーめ。逃がさない」
「やっ、だ、だ、めぇぇ……待って、むむむむ無理ぃっ、ちか、近いぃ……」
腕の中でアタフタとするその姿は、まさに付き合い始めた頃の亜姫だった。
亜姫が限界を超えて本気で怒り出すまで、和泉はそのままからかい続けていた。
◇
風呂を済ませ、寝室へ入ると。
「和泉、改めてお誕生日おめでとう。あのね、プレゼントを用意してきたの」
そう言って、亜姫は小さな紙袋を差し出す。
和泉が中を開けると、撮影で使用したリングとよく似たネックレスが入っていた。
あの時使用したリングは、冬夜が「撮影に協力した褒美代わりに」と和泉にくれた。それは今も指に嵌まっている。
「すごい、対のものみたい。こんなの、よく見つけたな」
「ずっと探してた。本当はね、冬夜さんが作ってるシリーズでお揃いにしたかったの。でもあれは流石に高価すぎたから……類似品になっちゃったけど」
よく見ると素材が全然違うの、と、亜姫は申し訳無さそうだ。
「これで充分。嬉しい。……着けてくれる?」
和泉がねだると、亜姫は嬉しそうに頷く。
少し短めのチェーンは、一度金具を外さなければつけられない。
亜姫は金具を外し、和泉の正面から抱きつくようにして首の後ろへ手を回した。
感情を揺るがす何かが起きない限り、亜姫は自ら距離を縮めてきたり抱きついたりしない。なのに嬉しそうな顔でこんな行動を取るなんて、今、亜姫の心はどれほど無防備になっているのだろうか。
それだけ心を許してくれているのだと、和泉は甘美な幸福感に包まれる。
一秒でも長くこの時間が続くよう願い、からかったりふざけたりするのを控えてじっとしていた。
「出来たよ」
心なしか甘えたような亜姫の声。和泉が顔を上げると、唇が触れそうな距離に亜姫の顔があった。
至近距離で目が合ったのに、亜姫は照れもせず嬉しそうに顔を綻ばせる。
いつもならその唇に吸い付くところだが、この雰囲気を壊してしまうのはもったいない。和泉は距離を保とうと体を離した。
すると亜姫が少し視線を下げ、フフッと軽やかに笑う。
「よく似合う」
視線の先には亜姫がくれたネックレス。見た目はゴツいのに、何故か優しい温もりを感じさせた。
そこに亜姫の愛が見えるようで、和泉はまたなんとも言えない幸福感に包まれる。
不意に思う。
亜姫を見ると溢れ出すこの気持ち……これを『慈しむ』と言うのかもしれない、と。
その気持ちに、触れることは出来るのだろうか。
突如そんな考えに至った。
目の前の亜姫にそっと近づき、壊れ物に触れるように優しく口づける。
あぁ、触れられた………。
象られた気持ちを手に入れた気になり満たされた気分で離れると、亜姫が花を咲かせるようにフフッと笑った。
亜姫も同じ気持ちなのだと伝わってきて、ますます幸福感が溢れ出た。
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