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高3
亜姫の変化(16)
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よしよしと宥めているうちに、案の定泣き疲れた亜姫はうとうとし始める。しかし、今日は「絶対離さない」とばかりに和泉に強く抱きついたまま。それがまた可愛くて、今回は布団に寝かせず、ソファーでひたすら抱きしめていた。
夕飯どきに亜姫を起こすと。
ぼんやりしたまま、けれど和泉から離れようとしない。
和泉が飲み物の用意をしようと立てば、産まれたての雛のように後からついてくる。
そばにいる時は体に貼りつき、シャツの裾をキュッと握りしめて寄りかかってくる。
何を食べたいか聞けば、「ずっとここがいい」と的はずれな答え。
なんだよ、この可愛い生き物。
和泉は悶える。
「家で食べる?」
亜姫は頷く。
「出前、取ろうか?」
「やだ」
即答しながら、亜姫は体をギュッと寄せてくる。顔を覗き込んでみると、なんだか不貞腐れたような顔。和泉は少し思案して、尋ねてみた。
「……二人きりがいいの? 邪魔、されたくない?」
亜姫はコクンと頷く。
あー、神様! これを飼える鳥籠を今すぐ寄越してくれ!
和泉は本気で神頼みした。
それから気を取り直すと、亜姫をキュッと抱き寄せる。
「焼きそばぐらいしか出来ないけど……いい?」
亜姫は再び頷いた。
「……一緒に作ろっか?」
顔を覗き込んで囁いてみると、亜姫はそれはもう嬉しそうに頷いた。
あー、神様!(2度目)をどうにか抑え込んで平静を保ち、甘えに甘えてくる亜姫をひたすら世話して過ごした。
そして、いざ夕飯の支度を始めると。亜姫は人が変わったようにご機嫌になった。
料理が好きだということと、どうやら二人で共同作業をしていることが楽しくて仕方ないらしい。
うきうきしながら焼きそばを作り、味見を促せば素直に「あーん」と口を開き、全身からこれでもかと喜びを撒き散らす。
やたら近い距離感で甘えた笑顔を見せてくることに、和泉は悶えっぱなしだった。
しかしそんな時間はあっという間に過ぎてしまうもので。
食後のカフェオレを飲ませていると、目に見えて亜姫は気落ちしていく。
和泉はその横に座り、優しく髪を撫でた。
「それを飲んだら、送ってく」
和泉が静かに言うと、亜姫はふるふると首を振る。
「まだ飲み終わらないもん」
「あと一口で終わりじゃん」
「……おかわり、する」
拗ねた口調の亜姫に、和泉は笑いを堪えながら言い聞かせた。
「駄目。今日はもう帰るよ。おばさん達を心配させちゃうだろ?」
亜姫は返事をせず、むぅ……と口を尖らせた。
和泉は堪えきれず笑ってしまう。
「なんだよ、今日は帰りたくないの? なら……泊まっていく?」
からかうように言うと、亜姫はギュッと抱きついてきて呟いた。
「泊まりたい……」
あー、神様! と本日何度目かわからない神頼みをして、いや違う、そこは叱咤してもらうべきだろ! と我に返り、自制が効いた自分を自讃した。
尖らせたままの小さな唇へ、軽くキスを落とす。そのまま二回目を強請るような亜姫の要望に答えながら、和泉は亜姫を優しく包み込んだ。そして、唇をまた啄む。
「亜姫? 俺も帰したくないけどさ、約束の時間は守らないと。今日はいい子に帰ろ?」
いやいやと駄々こねする亜姫の頭を、和泉は優しく撫でてやる。
「また別の日に、今日の分までたっぷり時間取るから。な? その方が……沢山甘やかしてやれるよ?
亜姫? 俺も本当は帰したくない。今日は、すごく我慢してるんだよ……?」
肩に顔を埋めて甘えるように言うと、亜姫はハッとした。そして、申し訳無さそうに和泉の頭を撫で始める。
和泉は温かな気持ちで満たされ、なんだか泣けてきた。
亜姫の気持ちを蔑ろにした挙げ句、嫌われたと別れを覚悟したあの絶望感。なのに、まさかこんな出来事が待っているなんて思いもしなかった。
単純な喜びだけでなく、自分達に関わる色んな人への様々な思いが入り乱れ、和泉の感情を刺激していく。
──全てに感謝して、努力して、成長しなければ。こんなに沢山の幸せは、周りにも返さねば。
唐突に、そう思った。油断したら溢れ出しそうな涙を必死で堪える。それを知ってか知らずか、亜姫の宥めるような手はこれまたひどく心地良かった。
それに甘んじると亜姫を自室へ運びたい誘惑が湧き上がる。それをどうにか抑え込み、二人で亜姫の家へと向かった。
家を出ると、亜姫もようやく落ち着いたようだ。
今日はどうにも離れがたくて、二人の歩調はいつもよりゆっくりになってしまう。これといった会話もせず、家に着くまでただ寄り添っていた。
流石にここまで来ると亜姫もワガママを言うことはなく、出迎えた母へいつものように笑いかけた。
母もいつもの調子で「コーヒー飲んでいく?」と誘ってくれたが、和泉は断った。これ以上一緒にいたら、本当に亜姫を連れ帰りたくなってしまう。
母と二人で玄関の上がり口に立ち、亜姫が手を振る。それを背にして、帰ろうと扉へ手をかけたのだが……和泉はどうしてもその先を押せない。
「和泉? どうしたの?」
亜姫の怪訝そうな声に和泉は振り向いた。
どうしたのかと亜姫達が顔を見合わせている。そんな二人をしばし眺め、和泉は誰に言うでもなく「あー、ちょっと、忘れ物……」と呟きながら二人の前へ戻った。
そして一瞬躊躇した後、母を見て先に謝罪する。
「あー、えっと……今日だけ、すみません」
母が反応を返す間もなく、和泉は隣にいる亜姫の頭をグイッと引き寄せて唇を重ねた。
「……明日からは、邪魔が入らないから」
亜姫の頬を愛おしそうにひと撫ですると、和泉は甘い笑顔を向け「おやすみ」と言い残して帰っていった。
上機嫌で帰宅した和泉は気づかなかった。
取り残された亜姫が真っ赤になって固まり、ニヤけた母からひたすら弄ばれていたことを。
母達も、亜姫の様子が変だと気付いてはいた。それが今日解消されたことを悟り、嬉しそうな笑顔を見せる。亜姫も本来の笑顔を取り戻し、この夜、ようやく落ち着いて眠りについた。
夕飯どきに亜姫を起こすと。
ぼんやりしたまま、けれど和泉から離れようとしない。
和泉が飲み物の用意をしようと立てば、産まれたての雛のように後からついてくる。
そばにいる時は体に貼りつき、シャツの裾をキュッと握りしめて寄りかかってくる。
何を食べたいか聞けば、「ずっとここがいい」と的はずれな答え。
なんだよ、この可愛い生き物。
和泉は悶える。
「家で食べる?」
亜姫は頷く。
「出前、取ろうか?」
「やだ」
即答しながら、亜姫は体をギュッと寄せてくる。顔を覗き込んでみると、なんだか不貞腐れたような顔。和泉は少し思案して、尋ねてみた。
「……二人きりがいいの? 邪魔、されたくない?」
亜姫はコクンと頷く。
あー、神様! これを飼える鳥籠を今すぐ寄越してくれ!
和泉は本気で神頼みした。
それから気を取り直すと、亜姫をキュッと抱き寄せる。
「焼きそばぐらいしか出来ないけど……いい?」
亜姫は再び頷いた。
「……一緒に作ろっか?」
顔を覗き込んで囁いてみると、亜姫はそれはもう嬉しそうに頷いた。
あー、神様!(2度目)をどうにか抑え込んで平静を保ち、甘えに甘えてくる亜姫をひたすら世話して過ごした。
そして、いざ夕飯の支度を始めると。亜姫は人が変わったようにご機嫌になった。
料理が好きだということと、どうやら二人で共同作業をしていることが楽しくて仕方ないらしい。
うきうきしながら焼きそばを作り、味見を促せば素直に「あーん」と口を開き、全身からこれでもかと喜びを撒き散らす。
やたら近い距離感で甘えた笑顔を見せてくることに、和泉は悶えっぱなしだった。
しかしそんな時間はあっという間に過ぎてしまうもので。
食後のカフェオレを飲ませていると、目に見えて亜姫は気落ちしていく。
和泉はその横に座り、優しく髪を撫でた。
「それを飲んだら、送ってく」
和泉が静かに言うと、亜姫はふるふると首を振る。
「まだ飲み終わらないもん」
「あと一口で終わりじゃん」
「……おかわり、する」
拗ねた口調の亜姫に、和泉は笑いを堪えながら言い聞かせた。
「駄目。今日はもう帰るよ。おばさん達を心配させちゃうだろ?」
亜姫は返事をせず、むぅ……と口を尖らせた。
和泉は堪えきれず笑ってしまう。
「なんだよ、今日は帰りたくないの? なら……泊まっていく?」
からかうように言うと、亜姫はギュッと抱きついてきて呟いた。
「泊まりたい……」
あー、神様! と本日何度目かわからない神頼みをして、いや違う、そこは叱咤してもらうべきだろ! と我に返り、自制が効いた自分を自讃した。
尖らせたままの小さな唇へ、軽くキスを落とす。そのまま二回目を強請るような亜姫の要望に答えながら、和泉は亜姫を優しく包み込んだ。そして、唇をまた啄む。
「亜姫? 俺も帰したくないけどさ、約束の時間は守らないと。今日はいい子に帰ろ?」
いやいやと駄々こねする亜姫の頭を、和泉は優しく撫でてやる。
「また別の日に、今日の分までたっぷり時間取るから。な? その方が……沢山甘やかしてやれるよ?
亜姫? 俺も本当は帰したくない。今日は、すごく我慢してるんだよ……?」
肩に顔を埋めて甘えるように言うと、亜姫はハッとした。そして、申し訳無さそうに和泉の頭を撫で始める。
和泉は温かな気持ちで満たされ、なんだか泣けてきた。
亜姫の気持ちを蔑ろにした挙げ句、嫌われたと別れを覚悟したあの絶望感。なのに、まさかこんな出来事が待っているなんて思いもしなかった。
単純な喜びだけでなく、自分達に関わる色んな人への様々な思いが入り乱れ、和泉の感情を刺激していく。
──全てに感謝して、努力して、成長しなければ。こんなに沢山の幸せは、周りにも返さねば。
唐突に、そう思った。油断したら溢れ出しそうな涙を必死で堪える。それを知ってか知らずか、亜姫の宥めるような手はこれまたひどく心地良かった。
それに甘んじると亜姫を自室へ運びたい誘惑が湧き上がる。それをどうにか抑え込み、二人で亜姫の家へと向かった。
家を出ると、亜姫もようやく落ち着いたようだ。
今日はどうにも離れがたくて、二人の歩調はいつもよりゆっくりになってしまう。これといった会話もせず、家に着くまでただ寄り添っていた。
流石にここまで来ると亜姫もワガママを言うことはなく、出迎えた母へいつものように笑いかけた。
母もいつもの調子で「コーヒー飲んでいく?」と誘ってくれたが、和泉は断った。これ以上一緒にいたら、本当に亜姫を連れ帰りたくなってしまう。
母と二人で玄関の上がり口に立ち、亜姫が手を振る。それを背にして、帰ろうと扉へ手をかけたのだが……和泉はどうしてもその先を押せない。
「和泉? どうしたの?」
亜姫の怪訝そうな声に和泉は振り向いた。
どうしたのかと亜姫達が顔を見合わせている。そんな二人をしばし眺め、和泉は誰に言うでもなく「あー、ちょっと、忘れ物……」と呟きながら二人の前へ戻った。
そして一瞬躊躇した後、母を見て先に謝罪する。
「あー、えっと……今日だけ、すみません」
母が反応を返す間もなく、和泉は隣にいる亜姫の頭をグイッと引き寄せて唇を重ねた。
「……明日からは、邪魔が入らないから」
亜姫の頬を愛おしそうにひと撫ですると、和泉は甘い笑顔を向け「おやすみ」と言い残して帰っていった。
上機嫌で帰宅した和泉は気づかなかった。
取り残された亜姫が真っ赤になって固まり、ニヤけた母からひたすら弄ばれていたことを。
母達も、亜姫の様子が変だと気付いてはいた。それが今日解消されたことを悟り、嬉しそうな笑顔を見せる。亜姫も本来の笑顔を取り戻し、この夜、ようやく落ち着いて眠りについた。
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