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高3
亜姫の変化(2)
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言わない代わりに。その感情が露呈しないように、感づかれたりしないように……亜姫は必死で隠した。
ずっと近くにいたら、バレてしまう。
ずっと話していたら、漏れ出てしまう。
だから、和泉の体調を理由にして微妙に距離を置いた。
家に行っても、体が心配だと適当な時間で切り上げて帰る。
メッセージの返事も遅くして、電話も早めに切り上げた。
二人きりより、皆で過ごす用事を作った。ヒロ達と一緒にいるのが自然に見えるように。
それは簡単だった。何故かと言うと、香田達が当たり前のように周りをうろついていたし、和泉もリハビリで忙しかったからだ。
勉強すると言えば、それも立派な理由になった。
和泉は寂しそうにはするが、
「今は我慢の時だよ。お互い頑張ろうね」
こう言えば、そうだなと納得してくれた。
この言葉は、亜姫にとって魔法の呪文のようだった。
けれど、魔法には何がしかの対価が必要だ。まるでその言葉に吸い取られるように、亜姫の精神はすり減っていった。
香田と春菜は相変わらずで。
二人の事は可愛いと思うのに、そこに黒い感情がかぶさってその感情を消そうとする。彼女達の存在そのものを忌避したくなる。
そんな気持ちに気づき、自分を嫌悪した。
香田からのメッセージも、出会ってしまう登下校も、和泉に纏わりつかれるのも。全てに酷く嫌な気持ちになった。
そして、そんな感情を持ってしまう自分が心底汚い人間に見えた。
携帯が鳴るのが怖い。
どうせまた、和泉の話を聞かされるのだろう。
そしてまた、自分がいない方がいいと自覚させられるのだろう。
香田から教わる「和泉という人」は自由だ。好きなように好きな事をして、気の向くまま動いている。
一緒にいる時は、こっちの都合に合わせてばかりなのに。
香田から知らされる和泉は、のびのびと生きているように見える。
香田からのメッセージには、それを証明することが山程書いてあった。
『歩くのがすごく早いんです。いつもは亜姫先輩に合わせてゆっくりにしてるんですね、優しい』
『気ままに動く先で、いつも誰かに誘われてますよ。誘いも沢山。でも全部断ってました。やらなきゃいけないことが多くて、他の用事を入れられないんだって』
『休みたいけどそんな暇ない、ってボヤいてた』
『一人でいる時が、一番気楽で身軽だそうです』
『毎日しんどいらしいですよ、すごく疲れてるみたいです』
これらを見て、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
自分がどれほど和泉の負担になっているのか、これでもかと突きつけられた気がした。
和泉の全てを、自分が取り上げている。
いや、そんな事はもっと前からわかっていたはずだ。甘えて見えないフリをしていただけ。後で恩返しすれば……という言葉で、知らなかったフリをしていただけ。
そうすれば、和泉は自分のそばにいてくれるとわかっていたから。
……自分は、なんて卑怯な人間なんだろう。
和泉は優しいから、きっと何を言っても「大丈夫」としか言わないだろう。……亜姫が、和泉がいないと生活できないと知っているから。
今の自分が出来る事は、離れる時間を作ることだけだ。
実際、こうして離れてみれば、彼は本来の生活が出来ている。だから、この選択は正しいのだろう。
でも、苦しい。すごく、寂しい。
───私だけのものでいてほしい
世の中の恋人達は、誰もが上手くやってるように見える。
自分にはどうして出来ないのだろう。
いつからこんな自分になってしまったのだろう。
和泉は「笑ってる亜姫が好き」だと言っていた。
だから、笑わなくては。
そう思うのに、日に日に笑い方がわからなくなっていき、亜姫はどんどん落ち込んでいった。
ずっと近くにいたら、バレてしまう。
ずっと話していたら、漏れ出てしまう。
だから、和泉の体調を理由にして微妙に距離を置いた。
家に行っても、体が心配だと適当な時間で切り上げて帰る。
メッセージの返事も遅くして、電話も早めに切り上げた。
二人きりより、皆で過ごす用事を作った。ヒロ達と一緒にいるのが自然に見えるように。
それは簡単だった。何故かと言うと、香田達が当たり前のように周りをうろついていたし、和泉もリハビリで忙しかったからだ。
勉強すると言えば、それも立派な理由になった。
和泉は寂しそうにはするが、
「今は我慢の時だよ。お互い頑張ろうね」
こう言えば、そうだなと納得してくれた。
この言葉は、亜姫にとって魔法の呪文のようだった。
けれど、魔法には何がしかの対価が必要だ。まるでその言葉に吸い取られるように、亜姫の精神はすり減っていった。
香田と春菜は相変わらずで。
二人の事は可愛いと思うのに、そこに黒い感情がかぶさってその感情を消そうとする。彼女達の存在そのものを忌避したくなる。
そんな気持ちに気づき、自分を嫌悪した。
香田からのメッセージも、出会ってしまう登下校も、和泉に纏わりつかれるのも。全てに酷く嫌な気持ちになった。
そして、そんな感情を持ってしまう自分が心底汚い人間に見えた。
携帯が鳴るのが怖い。
どうせまた、和泉の話を聞かされるのだろう。
そしてまた、自分がいない方がいいと自覚させられるのだろう。
香田から教わる「和泉という人」は自由だ。好きなように好きな事をして、気の向くまま動いている。
一緒にいる時は、こっちの都合に合わせてばかりなのに。
香田から知らされる和泉は、のびのびと生きているように見える。
香田からのメッセージには、それを証明することが山程書いてあった。
『歩くのがすごく早いんです。いつもは亜姫先輩に合わせてゆっくりにしてるんですね、優しい』
『気ままに動く先で、いつも誰かに誘われてますよ。誘いも沢山。でも全部断ってました。やらなきゃいけないことが多くて、他の用事を入れられないんだって』
『休みたいけどそんな暇ない、ってボヤいてた』
『一人でいる時が、一番気楽で身軽だそうです』
『毎日しんどいらしいですよ、すごく疲れてるみたいです』
これらを見て、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
自分がどれほど和泉の負担になっているのか、これでもかと突きつけられた気がした。
和泉の全てを、自分が取り上げている。
いや、そんな事はもっと前からわかっていたはずだ。甘えて見えないフリをしていただけ。後で恩返しすれば……という言葉で、知らなかったフリをしていただけ。
そうすれば、和泉は自分のそばにいてくれるとわかっていたから。
……自分は、なんて卑怯な人間なんだろう。
和泉は優しいから、きっと何を言っても「大丈夫」としか言わないだろう。……亜姫が、和泉がいないと生活できないと知っているから。
今の自分が出来る事は、離れる時間を作ることだけだ。
実際、こうして離れてみれば、彼は本来の生活が出来ている。だから、この選択は正しいのだろう。
でも、苦しい。すごく、寂しい。
───私だけのものでいてほしい
世の中の恋人達は、誰もが上手くやってるように見える。
自分にはどうして出来ないのだろう。
いつからこんな自分になってしまったのだろう。
和泉は「笑ってる亜姫が好き」だと言っていた。
だから、笑わなくては。
そう思うのに、日に日に笑い方がわからなくなっていき、亜姫はどんどん落ち込んでいった。
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