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高3

事故・混沌(9)

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「そうやって、いつの間にか人の心の中に入り込めちゃうところ。
 ヒロ先輩と戸塚先輩って、下の学年からなんて言われてるか知ってますか?」
「……はい?」
「近づきたいけど近づきがたい。皆、そう思ってます」
「えーと、何の話……?」
 
 二人が困惑した様子を見せると、春菜はクスッと笑った。
 
「お二人共、誰とでも気軽に話しますけど……簡単に心を許したりはしませんよね。警戒心が強いというか。一定の距離から踏み込ませないし、素を見せない。
 麗華先輩も、沙世莉先輩もそうです。和泉先輩なんて、その最たるもの」
 
 突如分析が始まり、ポカンとする二人に春菜は続ける。
「亜姫先輩は、そういう人達をみんな取り込んじゃう。皆、亜姫先輩の前だと……柔らかく、楽しそうな顔になっちゃうんです。心を許しちゃう。
 野口もですよ。彼、結構人気あるんですけど、女子とはあまり関わりたがらないんです。でも、亜姫先輩にだけは違う。
 ……先輩達から見た野口って、どんな風に見えてますか?」
 
 ヒロと戸塚は顔を見合わせる。

「どんな風って……見たまんまだろ、クソガキ。気が強くて喜怒哀楽が激しくて。やたらお喋りで、バカ正直に生きてる奴」

 ストレートな感情を全身で表現し、わかりやすい行動をとる少年。ヒロ達が知る野口とはそういう男だ。
 
 しかし、春菜は違うと言う。

「好き嫌いなく、誰とでも同じように話はしてくれます。でも、普段の彼は口数少なく淡々とやるべき事をこなしているだけです。必要以上に喋らないし、自分の感情や不満を露わにしたりなんて絶対にしません」
「……あの野口が?」
 また二人でシンクロしてしまった。今日は何もかもがどうかしている。
 
「亜姫先輩の前だけなんです。まぁ、そういう意味では、和泉先輩の前でも、ですけど……。
 亜姫先輩の前でしか見られないモノって、沢山あるんですよ。
 戸塚先輩、基本は無表情だけど亜姫先輩が絡む時はいつも笑ってますし。
 ヒロ先輩はいつも笑ってるけど、亜姫先輩の前では全然違う笑い方をしてます。誰かをからかって遊んだりするのも、亜姫先輩にだけですよね」
 
 ヒロと戸塚はまた顔を見合わせた。そんなこと、考えたこともない。

 言葉を失くす二人を見て、春菜はまたクスッと笑った。
「一途に想うところも想われるところも皆が羨むところです。亜姫先輩を妬む人達も、いつの間にか一緒に笑ってたりするし。
 亜姫先輩はどこにも邪な気持ちが見えないから、みんな妬むより憧れをもっちゃうんです。亜姫先輩と仲良くなりたいのは私達だけじゃないんですよ」
「へー、あれが憧れ……」
「世も末だな。うちの学校、そんなんでこの先大丈夫なのか……?」
 ヒロと戸塚は、あの亜姫がねぇ……と苦笑するばかりだ。
 
 そんなヒロ達を見て春菜は切なそうな顔を浮かべたが、すぐに俯いて二人には見せなかった。
 
 ヒロは何やら色々考えていたが、春菜の姿をしばし眺めるとフッと頬を緩める。
「春菜って、やっぱ亜姫に似てんな。見た目もだけど、性格も」
「えっ! 本当に!?」
 バッと顔を上げた春菜の顔は、心底喜びに満ちていた。

 その様子にヒロがブハッと噴き出す。
「それ、喜ぶとこか微妙なんだけど」
「何でですか! 嬉しいに決まってます!」
 先程までの真面目な表情から一変、見るからに嬉しそうな春菜。

 ヒロはまた、クスッと笑った。
「よし、事情はわかった。じゃあ、お前はこのままもっと頑張れ。頑張って、香田をちゃんと抑え込め。こっちからも抑えるようにするから」
「はい!」
 
 そうして、亜姫と香田には言わないと決め、三人は作戦会議を始めた。
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