上 下
296 / 364
高3

事故・混沌(6)

しおりを挟む
 それから数日、亜姫は毎日病院へ向かった。そばには必ずヒロが付いていた。
 
 和泉の入院は少し長引くことになり、5日程かかるらしい。その間、病院側の都合でこのまま個室で過ごすという。
 見舞いに行きやすい環境で良かったと、亜姫は密かに安堵する。
 
 だが、いつ病室に行ってもそこには香田がいた。大抵は春菜と二人で。
 当たり前のように和泉のそばに立ち、「よく来てくれました」と言わんばかりに亜姫を出迎える。まるで、自分の方が和泉と親密だとでも言うように。
 
 誰が見ても違和感しかなかったが、亜姫は何も言わなかった。香田の願いを聞きいれたのは、他でもない自分だったから。
 


 ◇ 
「亜姫」
 亜姫が病室に入っていくと、和泉が嬉しそうな顔を向ける。
 柔らかな声で自分の名を呼ばれ、亜姫の心臓がトクンと喜びの音を立てた。
 しかし、「おいで」と呼ぶように伸ばされた手を亜姫は取ることが出来ない。自分がいつもいる場所には、香田と春菜が立っているからだ。その二人を押しのけてその場に立つなんて、亜姫には出来なかった。
 
 これまで、ヒロ達が何度も諭したのだ。和泉の隣は亜姫の居場所だと。邪魔なのも去るのも気遣うのも香田達の方なのだと、誰もが言葉でも態度でもこれでもかと示してきた。
 けれど、わざとなのか天然なのかわからないが香田には一切通用しなかった。春菜は譲ろうとする素振りを見せるのだが、どれだけ遠ざけても香田はいつの間にか入り込んでくる。そんな香田の隣から春菜も離れることはなく、いつの間にか亜姫の居場所は奪われていた。
 
 場の空気を読む亜姫が、皆の雰囲気を察して譲ってしまうことも多々あった。そうなってしまうと、誰がどれだけ言っても亜姫が強引な動きを取ることはない。それは言わずと知れたことだ。
 
 亜姫は今日も首を振り、「ここで大丈夫」と笑みを返す。
 顔を曇らせた和泉に亜姫は穏やかな笑顔を向けた。
「看護師さんが来た時に邪魔になっちゃうもの。すぐ帰るし、ここで大丈夫だよ」 
 そして、少し離れた椅子に亜姫は腰を下ろした。
 
 そんな様子を気にすることなく、香田はこれでもかと勝手に話を進めていく。
「先輩、聞いてくださいよ。和泉先輩がね……」
「今日はあれがこうだったらしいですよ。あっ、ほら先輩。駄目だって言ったじゃないですか! ちゃんと寝てないと!」
 
 我が物顔で動かれることに苛立つ和泉にも、わずかに顔を曇らせる亜姫にも香田はお構いなしだ。だが亜姫に会えるのは嬉しくてたまらないようで、香田はひたすら亜姫に話しかけていた。
 
 亜姫は「うんうん」と相槌を打ちながら笑って話を聞いている。だがその顔は次第に曇っていった。
 ヒロがそれに気づき、それとなく帰宅を促すと。
 
「えーっ! 先輩もう帰っちゃうんですか!? まだいいじゃないですか、和泉先輩が寂しがりますよ」
「うん……ごめんね。また来るから」
「そう言って、いつもすぐ帰っちゃうじゃないですか。駄目ですよ、彼女ならこういう時ほど一緒にいてあげなくちゃ」
 
 お前がそれを言うのかよ、と呟くヒロの言葉は見事にスルーされ、香田は好き勝手に言葉を紡いでいく。
「亜姫先輩が全然来ないって、和泉先輩、不満たらたらですもんね。さっきだってそれで文句……」
「うるせぇ」
 和泉が言葉を遮った。

 香田は一瞬ビックリしたように動きを止めたが、すぐ気を取り直して続ける。
「春菜にボヤいてたじゃないですか。隠したってバレますよ、そーゆーのは! ねえ、春菜。言ってたよね?」
 と、ここで春菜が慌てて否定した。
「違っ、言ってないですっ! 亜姫先輩、誤解! 誤解です! 和泉先輩はそんなこと」
 ぶんぶんと手を振り全力で否定する春菜だったが、香田はその横から更に言葉を重ねる。
「春菜、嘘ついちゃ駄目だよー。先輩は言ってたじゃない。亜姫先輩はなかなか来ない上にすぐ帰るし、言うこと聞かないから苛つくって!
 亜姫先輩、和泉先輩は寂しいんですよ。わかってあげて。ほら、たまには好きな飲み物でも買いに行ってあげるとか。
 先輩、いつも座ってるだけだもん。今から売店にでも行って、買ってきてあげ……」
 
 ガタン! と大きな音を立てて、ヒロが立ち上がった。その顔には激しい苛立ちが滲み出ている。
 
 ヒロは亜姫の腕を掴み、無言で帰宅を促した。亜姫もそれに従い力無く立ち上がる。
 
 香田がまた口を開きかけたところで、今度は和泉が
「出ていけ」
 と香田を押しやるように立ち上がった。だが、香田はなんだかんだと動かない。
 すると、亜姫の方が鞄を持ち扉に向かって歩き出した。
 
 ヒロが和泉に視線を送る。
 
 和泉は無言で亜姫のそばへ行き、強引に肩を抱き寄せ病室の外へ出ていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...