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高3
事故・混沌(6)
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それから数日、亜姫は毎日病院へ向かった。そばには必ずヒロが付いていた。
和泉の入院は少し長引くことになり、5日程かかるらしい。その間、病院側の都合でこのまま個室で過ごすという。
見舞いに行きやすい環境で良かったと、亜姫は密かに安堵する。
だが、いつ病室に行ってもそこには香田がいた。大抵は春菜と二人で。
当たり前のように和泉のそばに立ち、「よく来てくれました」と言わんばかりに亜姫を出迎える。まるで、自分の方が和泉と親密だとでも言うように。
誰が見ても違和感しかなかったが、亜姫は何も言わなかった。香田の願いを聞きいれたのは、他でもない自分だったから。
◇
「亜姫」
亜姫が病室に入っていくと、和泉が嬉しそうな顔を向ける。
柔らかな声で自分の名を呼ばれ、亜姫の心臓がトクンと喜びの音を立てた。
しかし、「おいで」と呼ぶように伸ばされた手を亜姫は取ることが出来ない。自分がいつもいる場所には、香田と春菜が立っているからだ。その二人を押しのけてその場に立つなんて、亜姫には出来なかった。
これまで、ヒロ達が何度も諭したのだ。和泉の隣は亜姫の居場所だと。邪魔なのも去るのも気遣うのも香田達の方なのだと、誰もが言葉でも態度でもこれでもかと示してきた。
けれど、わざとなのか天然なのかわからないが香田には一切通用しなかった。春菜は譲ろうとする素振りを見せるのだが、どれだけ遠ざけても香田はいつの間にか入り込んでくる。そんな香田の隣から春菜も離れることはなく、いつの間にか亜姫の居場所は奪われていた。
場の空気を読む亜姫が、皆の雰囲気を察して譲ってしまうことも多々あった。そうなってしまうと、誰がどれだけ言っても亜姫が強引な動きを取ることはない。それは言わずと知れたことだ。
亜姫は今日も首を振り、「ここで大丈夫」と笑みを返す。
顔を曇らせた和泉に亜姫は穏やかな笑顔を向けた。
「看護師さんが来た時に邪魔になっちゃうもの。すぐ帰るし、ここで大丈夫だよ」
そして、少し離れた椅子に亜姫は腰を下ろした。
そんな様子を気にすることなく、香田はこれでもかと勝手に話を進めていく。
「先輩、聞いてくださいよ。和泉先輩がね……」
「今日はあれがこうだったらしいですよ。あっ、ほら先輩。駄目だって言ったじゃないですか! ちゃんと寝てないと!」
我が物顔で動かれることに苛立つ和泉にも、わずかに顔を曇らせる亜姫にも香田はお構いなしだ。だが亜姫に会えるのは嬉しくてたまらないようで、香田はひたすら亜姫に話しかけていた。
亜姫は「うんうん」と相槌を打ちながら笑って話を聞いている。だがその顔は次第に曇っていった。
ヒロがそれに気づき、それとなく帰宅を促すと。
「えーっ! 先輩もう帰っちゃうんですか!? まだいいじゃないですか、和泉先輩が寂しがりますよ」
「うん……ごめんね。また来るから」
「そう言って、いつもすぐ帰っちゃうじゃないですか。駄目ですよ、彼女ならこういう時ほど一緒にいてあげなくちゃ」
お前がそれを言うのかよ、と呟くヒロの言葉は見事にスルーされ、香田は好き勝手に言葉を紡いでいく。
「亜姫先輩が全然来ないって、和泉先輩、不満たらたらですもんね。さっきだってそれで文句……」
「うるせぇ」
和泉が言葉を遮った。
香田は一瞬ビックリしたように動きを止めたが、すぐ気を取り直して続ける。
「春菜にボヤいてたじゃないですか。隠したってバレますよ、そーゆーのは! ねえ、春菜。言ってたよね?」
と、ここで春菜が慌てて否定した。
「違っ、言ってないですっ! 亜姫先輩、誤解! 誤解です! 和泉先輩はそんなこと」
ぶんぶんと手を振り全力で否定する春菜だったが、香田はその横から更に言葉を重ねる。
「春菜、嘘ついちゃ駄目だよー。先輩は言ってたじゃない。亜姫先輩はなかなか来ない上にすぐ帰るし、言うこと聞かないから苛つくって!
亜姫先輩、和泉先輩は寂しいんですよ。わかってあげて。ほら、たまには好きな飲み物でも買いに行ってあげるとか。
先輩、いつも座ってるだけだもん。今から売店にでも行って、買ってきてあげ……」
ガタン! と大きな音を立てて、ヒロが立ち上がった。その顔には激しい苛立ちが滲み出ている。
ヒロは亜姫の腕を掴み、無言で帰宅を促した。亜姫もそれに従い力無く立ち上がる。
香田がまた口を開きかけたところで、今度は和泉が
「出ていけ」
と香田を押しやるように立ち上がった。だが、香田はなんだかんだと動かない。
すると、亜姫の方が鞄を持ち扉に向かって歩き出した。
ヒロが和泉に視線を送る。
和泉は無言で亜姫のそばへ行き、強引に肩を抱き寄せ病室の外へ出ていった。
和泉の入院は少し長引くことになり、5日程かかるらしい。その間、病院側の都合でこのまま個室で過ごすという。
見舞いに行きやすい環境で良かったと、亜姫は密かに安堵する。
だが、いつ病室に行ってもそこには香田がいた。大抵は春菜と二人で。
当たり前のように和泉のそばに立ち、「よく来てくれました」と言わんばかりに亜姫を出迎える。まるで、自分の方が和泉と親密だとでも言うように。
誰が見ても違和感しかなかったが、亜姫は何も言わなかった。香田の願いを聞きいれたのは、他でもない自分だったから。
◇
「亜姫」
亜姫が病室に入っていくと、和泉が嬉しそうな顔を向ける。
柔らかな声で自分の名を呼ばれ、亜姫の心臓がトクンと喜びの音を立てた。
しかし、「おいで」と呼ぶように伸ばされた手を亜姫は取ることが出来ない。自分がいつもいる場所には、香田と春菜が立っているからだ。その二人を押しのけてその場に立つなんて、亜姫には出来なかった。
これまで、ヒロ達が何度も諭したのだ。和泉の隣は亜姫の居場所だと。邪魔なのも去るのも気遣うのも香田達の方なのだと、誰もが言葉でも態度でもこれでもかと示してきた。
けれど、わざとなのか天然なのかわからないが香田には一切通用しなかった。春菜は譲ろうとする素振りを見せるのだが、どれだけ遠ざけても香田はいつの間にか入り込んでくる。そんな香田の隣から春菜も離れることはなく、いつの間にか亜姫の居場所は奪われていた。
場の空気を読む亜姫が、皆の雰囲気を察して譲ってしまうことも多々あった。そうなってしまうと、誰がどれだけ言っても亜姫が強引な動きを取ることはない。それは言わずと知れたことだ。
亜姫は今日も首を振り、「ここで大丈夫」と笑みを返す。
顔を曇らせた和泉に亜姫は穏やかな笑顔を向けた。
「看護師さんが来た時に邪魔になっちゃうもの。すぐ帰るし、ここで大丈夫だよ」
そして、少し離れた椅子に亜姫は腰を下ろした。
そんな様子を気にすることなく、香田はこれでもかと勝手に話を進めていく。
「先輩、聞いてくださいよ。和泉先輩がね……」
「今日はあれがこうだったらしいですよ。あっ、ほら先輩。駄目だって言ったじゃないですか! ちゃんと寝てないと!」
我が物顔で動かれることに苛立つ和泉にも、わずかに顔を曇らせる亜姫にも香田はお構いなしだ。だが亜姫に会えるのは嬉しくてたまらないようで、香田はひたすら亜姫に話しかけていた。
亜姫は「うんうん」と相槌を打ちながら笑って話を聞いている。だがその顔は次第に曇っていった。
ヒロがそれに気づき、それとなく帰宅を促すと。
「えーっ! 先輩もう帰っちゃうんですか!? まだいいじゃないですか、和泉先輩が寂しがりますよ」
「うん……ごめんね。また来るから」
「そう言って、いつもすぐ帰っちゃうじゃないですか。駄目ですよ、彼女ならこういう時ほど一緒にいてあげなくちゃ」
お前がそれを言うのかよ、と呟くヒロの言葉は見事にスルーされ、香田は好き勝手に言葉を紡いでいく。
「亜姫先輩が全然来ないって、和泉先輩、不満たらたらですもんね。さっきだってそれで文句……」
「うるせぇ」
和泉が言葉を遮った。
香田は一瞬ビックリしたように動きを止めたが、すぐ気を取り直して続ける。
「春菜にボヤいてたじゃないですか。隠したってバレますよ、そーゆーのは! ねえ、春菜。言ってたよね?」
と、ここで春菜が慌てて否定した。
「違っ、言ってないですっ! 亜姫先輩、誤解! 誤解です! 和泉先輩はそんなこと」
ぶんぶんと手を振り全力で否定する春菜だったが、香田はその横から更に言葉を重ねる。
「春菜、嘘ついちゃ駄目だよー。先輩は言ってたじゃない。亜姫先輩はなかなか来ない上にすぐ帰るし、言うこと聞かないから苛つくって!
亜姫先輩、和泉先輩は寂しいんですよ。わかってあげて。ほら、たまには好きな飲み物でも買いに行ってあげるとか。
先輩、いつも座ってるだけだもん。今から売店にでも行って、買ってきてあげ……」
ガタン! と大きな音を立てて、ヒロが立ち上がった。その顔には激しい苛立ちが滲み出ている。
ヒロは亜姫の腕を掴み、無言で帰宅を促した。亜姫もそれに従い力無く立ち上がる。
香田がまた口を開きかけたところで、今度は和泉が
「出ていけ」
と香田を押しやるように立ち上がった。だが、香田はなんだかんだと動かない。
すると、亜姫の方が鞄を持ち扉に向かって歩き出した。
ヒロが和泉に視線を送る。
和泉は無言で亜姫のそばへ行き、強引に肩を抱き寄せ病室の外へ出ていった。
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