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高3
事故・混沌(3)
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嵐が過ぎ去ったような室内で、全員が脱力する。
「亜姫」
再び、尖った和泉の声が刺さる。亜姫がちらりと目を向けると、無言で呼ばれた。
恐る恐る近づくと、呆れたような溜息と共に叱られた。
「勝手なことすんな。俺はいらねぇっつっただろ」
「ごめんなさい。でも、あのままじゃ香田さんも気持ちの行き場がないだろうし。……断り続けても平行線だもの、きっと」
申し訳無さそうに呟く亜姫の横で、麗華とヒロも「まあ、確かに」と同意する。
和泉も思うところはあったのだろう、それ以上は言わなかった。代わりに問うた。
「お前は、それでいいのかよ?」
──和泉のそばに香田が居座ってもいいのか──
その問いは亜姫に深く刺さった。
『嫌だ。よくない』
亜姫の中には明確な答えがあった。
けれど、言えなかった。自分が我慢すれば丸く収まる、そう思い全てを呑み込む。
代わりに、和泉を安心させるような笑みを浮かべて頷いた。
和泉は何か言いかけたが、結局大きな溜息を吐き出しただけで何も言わなかった。亜姫の態度に呆れたのかもしれない。
ピリピリした空気に亜姫は思わず肩を竦めてしまう。
そんな空気を変えようとしたのか、ヒロののんびりとした声が響く。
「それにしても、なかなかな怪我じゃねーか。病室でもイケメンてのが腹立つけど」
アホかと言いたげな視線を投げながら、和泉も口元を緩める。ヒロはいつものように笑いながら、近くの椅子を持ってきて亜姫を座らせた。くだらない話を続けながら自身と麗華の椅子も用意する。
「で、入院はどれぐらい?」
「3日ぐらいの予定、検査とかで異常がなけりゃ。腕は手術しなくて済むらしい。でも、しばらくギプスだって」
和泉は軽い口調で会話していたが、しんどさが隠し切れていなかった。結構な高さから落ちただけでなく、香田の下敷きにもなっている。
いくら病院にいるとはいえ、亜姫は和泉のことが心配でたまらなかった。
徐々に俯いていく亜姫を見て、ヒロと麗華が静かに退室していく。
病室に静けさが広がったところで、亜姫の頭が優しく撫でられた。ゆっくり顔を上げると、先程までの怒りを消した優しい顔があった。
けれど、そこには今までなかった痛々しい包帯やギプスもあり、亜姫の目は少しずつ潤んでいく。
「おいで」と小さな声で促され、亜姫は和泉のそばに立った。包帯の合間から覗く髪に、そうっと触れる。ギプスにも手を添え、優しくさすった。
「……痛い?」
亜姫が鼻をすすりながら小声で尋ねる。
「……少しな」
和泉の声は小さかった。そして、困ったように眉を下げると「ごめんな」と謝る。
なぜ、和泉が謝るのか。
香田が来て言いそびれてしまったが、そもそも亜姫を庇ったせいで和泉は落ちたのだ。
自分が守られてばかりで、いつまでも自立出来なかったから和泉は怪我をした。
謝るべきは自分の方だ。
「どうして和泉が謝るの……? 謝るのは私の方なのに。この怪我は私のせいだよ……ごめんなさい」
「違う、お前は悪くない。お前のせいじゃない」
首を振る亜姫に、和泉は何度も伝えた。しかし、亜姫は謝罪を繰り返して啜り泣く。
和泉はしばらく宥めていたが、途中でその空気を遮断するように「亜姫」と強く呼んだ。
顔を上げた亜姫の涙を拭いながら、和泉は困り果てた顔を向ける。
「……ごめんな。俺……お前のことをしばらく守れない。そばに、いてやれない」
和泉が数日入院する。それは、一緒にいられないと言うことだ。その事実は思ったより重く亜姫にのしかかった。今、和泉がいない生活なんて考えられない。
今更ながら現実に目を向け、亜姫は愕然とする。けれど、そんなことを口にしたらますます彼を苦しめてしまう。
冷静さを欠いたまま亜姫はその話題を避けようとした。
「そんなの気にしなくていい、どうにでもなるから。和泉の怪我の方が……」
「亜姫、そうじゃない」
和泉の言葉を遮るように、亜姫はぶんぶんと首を振る。
「私のことなんかいいから……和泉の方でしょう、大変なのは。私なんてどうでも」
「亜姫」
力強く腕を引かれ、亜姫は和泉を見た。その顔は真剣だった。
「どうでもよくない。大事な話だ。ちゃんと聞け」
言い聞かせるような和泉の言葉。そこから逃げるように亜姫は後ずさり、嫌だと伝えるように首を振る。
そんな亜姫の手を和泉は離さず、かといって無理やり引き寄せもしなかった。
亜姫の心情が和泉にはわかっていたのだろう。今度は優しい声で呼びかけた。
「俺、今はここから動けない。お前がもう少しこっちに来て。……抱きしめたい」
そうして、少しずつ近づいた亜姫を和泉は抱き寄せた。
「俺、片手が使えないから。逃げたり拒否したりすんなよ?」
今は逃げられたら捕まえられないからな……と笑いながら、和泉は腕の中に亜姫を包み込む。
そして、ようやく安堵して力を抜いた。
「やっと捕まえた。お前が、また一人で暴走すんじゃないかって気が気じゃなかったよ……」
ホーッと長い息を吐く和泉に、亜姫の気持ちも綻んでいった。
「亜姫」
再び、尖った和泉の声が刺さる。亜姫がちらりと目を向けると、無言で呼ばれた。
恐る恐る近づくと、呆れたような溜息と共に叱られた。
「勝手なことすんな。俺はいらねぇっつっただろ」
「ごめんなさい。でも、あのままじゃ香田さんも気持ちの行き場がないだろうし。……断り続けても平行線だもの、きっと」
申し訳無さそうに呟く亜姫の横で、麗華とヒロも「まあ、確かに」と同意する。
和泉も思うところはあったのだろう、それ以上は言わなかった。代わりに問うた。
「お前は、それでいいのかよ?」
──和泉のそばに香田が居座ってもいいのか──
その問いは亜姫に深く刺さった。
『嫌だ。よくない』
亜姫の中には明確な答えがあった。
けれど、言えなかった。自分が我慢すれば丸く収まる、そう思い全てを呑み込む。
代わりに、和泉を安心させるような笑みを浮かべて頷いた。
和泉は何か言いかけたが、結局大きな溜息を吐き出しただけで何も言わなかった。亜姫の態度に呆れたのかもしれない。
ピリピリした空気に亜姫は思わず肩を竦めてしまう。
そんな空気を変えようとしたのか、ヒロののんびりとした声が響く。
「それにしても、なかなかな怪我じゃねーか。病室でもイケメンてのが腹立つけど」
アホかと言いたげな視線を投げながら、和泉も口元を緩める。ヒロはいつものように笑いながら、近くの椅子を持ってきて亜姫を座らせた。くだらない話を続けながら自身と麗華の椅子も用意する。
「で、入院はどれぐらい?」
「3日ぐらいの予定、検査とかで異常がなけりゃ。腕は手術しなくて済むらしい。でも、しばらくギプスだって」
和泉は軽い口調で会話していたが、しんどさが隠し切れていなかった。結構な高さから落ちただけでなく、香田の下敷きにもなっている。
いくら病院にいるとはいえ、亜姫は和泉のことが心配でたまらなかった。
徐々に俯いていく亜姫を見て、ヒロと麗華が静かに退室していく。
病室に静けさが広がったところで、亜姫の頭が優しく撫でられた。ゆっくり顔を上げると、先程までの怒りを消した優しい顔があった。
けれど、そこには今までなかった痛々しい包帯やギプスもあり、亜姫の目は少しずつ潤んでいく。
「おいで」と小さな声で促され、亜姫は和泉のそばに立った。包帯の合間から覗く髪に、そうっと触れる。ギプスにも手を添え、優しくさすった。
「……痛い?」
亜姫が鼻をすすりながら小声で尋ねる。
「……少しな」
和泉の声は小さかった。そして、困ったように眉を下げると「ごめんな」と謝る。
なぜ、和泉が謝るのか。
香田が来て言いそびれてしまったが、そもそも亜姫を庇ったせいで和泉は落ちたのだ。
自分が守られてばかりで、いつまでも自立出来なかったから和泉は怪我をした。
謝るべきは自分の方だ。
「どうして和泉が謝るの……? 謝るのは私の方なのに。この怪我は私のせいだよ……ごめんなさい」
「違う、お前は悪くない。お前のせいじゃない」
首を振る亜姫に、和泉は何度も伝えた。しかし、亜姫は謝罪を繰り返して啜り泣く。
和泉はしばらく宥めていたが、途中でその空気を遮断するように「亜姫」と強く呼んだ。
顔を上げた亜姫の涙を拭いながら、和泉は困り果てた顔を向ける。
「……ごめんな。俺……お前のことをしばらく守れない。そばに、いてやれない」
和泉が数日入院する。それは、一緒にいられないと言うことだ。その事実は思ったより重く亜姫にのしかかった。今、和泉がいない生活なんて考えられない。
今更ながら現実に目を向け、亜姫は愕然とする。けれど、そんなことを口にしたらますます彼を苦しめてしまう。
冷静さを欠いたまま亜姫はその話題を避けようとした。
「そんなの気にしなくていい、どうにでもなるから。和泉の怪我の方が……」
「亜姫、そうじゃない」
和泉の言葉を遮るように、亜姫はぶんぶんと首を振る。
「私のことなんかいいから……和泉の方でしょう、大変なのは。私なんてどうでも」
「亜姫」
力強く腕を引かれ、亜姫は和泉を見た。その顔は真剣だった。
「どうでもよくない。大事な話だ。ちゃんと聞け」
言い聞かせるような和泉の言葉。そこから逃げるように亜姫は後ずさり、嫌だと伝えるように首を振る。
そんな亜姫の手を和泉は離さず、かといって無理やり引き寄せもしなかった。
亜姫の心情が和泉にはわかっていたのだろう。今度は優しい声で呼びかけた。
「俺、今はここから動けない。お前がもう少しこっちに来て。……抱きしめたい」
そうして、少しずつ近づいた亜姫を和泉は抱き寄せた。
「俺、片手が使えないから。逃げたり拒否したりすんなよ?」
今は逃げられたら捕まえられないからな……と笑いながら、和泉は腕の中に亜姫を包み込む。
そして、ようやく安堵して力を抜いた。
「やっと捕まえた。お前が、また一人で暴走すんじゃないかって気が気じゃなかったよ……」
ホーッと長い息を吐く和泉に、亜姫の気持ちも綻んでいった。
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