上 下
284 / 364
高3

進路と麗華(7)

しおりを挟む
 そんな亜姫を見たのは初めてで、麗華も驚きに動きを止める。
 
「え……? 引っ越し……? 麗華、いなくなっちゃうの……?」
 愕然とした亜姫から、絞り出すような声が漏れた。
 
 麗華が頷くと、亜姫の顔が徐々に泣きそうに歪んでいく。
「えっ、え……どうして? なんで? だ、だめ、駄目だよ……駄目だよ! 引っ越しなんかしたら!」
 言うやいなや亜姫は麗華の手を引き、ぐいぐいと引っ張り歩き出す。
 
 こんなに強引な亜姫も、何かを否定する亜姫も見たことがない。
 驚いた麗華がされるがまま後を付いていくと、辿り着いたのはまさかの我が家。
 亜姫は迷うことなくインターホンを押し、けれど返事を待つことなく玄関を開け、勢いよく中へ入っていった。
 
 普段はいないママが、その日はたまたま休みで家にいた。だが、麗華が鍵っ子だと知っている亜姫がそんな行動を取るはずがない。そもそも、亜姫が人の家へ勝手に入るなんて有り得ない。だが、勢いに押されて驚く暇など無かった。
 麗華は転びそうになりながら靴を脱ぎ、引っ張られるまま後に続く。
 
 そこには、同じように驚くママがいた。
 それでも「おかえり」と言ったママの言葉も聞かず、欠かさずする元気いっぱいの挨拶もなく、亜姫は叫んだ。
「引っ越しちゃ駄目!」
 
 荒い息を吐き出しながら、引っ越ししないでとママに頼み込む亜姫。落ち着きなく動く様子から、明らかに冷静さを欠いているとわかる。なのに麗華と繋いだ手だけは、意思を持ったように強く握られたまま離れなかった。
 
「駄目! おばさん、引っ越さないで! 私、麗華と一緒にいたい。まだ、やりたいことが沢山あるの。約束した事もいっぱいあるのに。ねぇ、行かないで。
 わ、私の家に住んでもいいから! 私の部屋をあげるから! だからお願い、麗華を連れて行かないで! いなくなったら嫌だ!」
 
 あまりの勢いに、ママは呆気にとられて突っ立っていた。だが、やがてゆっくりとしゃがみ込むと亜姫と視線を合わせる。
 
 そこで、ようやく亜姫が言葉を止めた。
 
 ママは優しく微笑みながら問いかける。
「亜姫ちゃんは、麗華のことが好き? もっと一緒にいたいと思ってくれてるの?」
 
 亜姫は、静かに頷いた。
 そして、動きを止めたことで冷静さを取り戻したようだ。目に涙を浮かべながら、イヤイヤするように首を振る。
「行っちゃ、やだ……でも、ごめんなさい……私、ワガママ言った。こんな事を言ったら、おばさんが困るのに……。
 麗華も、ごめんなさい……いま言ったことは、忘れて……」
 
 亜姫は自分の行動をひどく悔いているようだった。しかし一層強く握られた手が、亜姫の本音を如実に表している。
 
「ママ。私、引っ越しはしたくない」
 気づけばそう言っていた。
 
 ママはわかっていると伝えるように頷き、また亜姫と目線を合わせた。
「亜姫ちゃん、これからも麗華をよろしくね」
 
 亜姫はママと麗華を何度か交互に見ると、落ち込んだ様子から一転、全身から喜びを溢れさせて笑い「うん!」と頷いた。
 
 そうして麗華はこの街に留まり、今に至る。
 
 
「私も、本当は亜姫と同じところへ行きたいと思ってた」
 麗華が亜姫の頭を撫でながらそう言うと、亜姫はあの時と同じように全身から喜びを溢れさせて笑い、「うん!」と頷いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ハッピークリスマス !  

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...