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高3
進路と麗華(1)
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手にした紙をつまんで持ち上げ、ピラピラと空中で揺らしてみる。
「亜姫、そんなことしたって答えは出てこないわよ? 打ち出の小槌じゃないんだから」
呆れを含んだ麗華の声。亜姫は苦笑しながらそれを机上に戻した。
向かいに座る麗華は、同じ用紙に戸惑いなく何かを書き込んでいる。
「進学、経済……。えっ!? 麗華、経済学部に行きたいの?」
亜姫が驚いた声を上げた。
週末、二人がいるのは亜姫の部屋。麗華は前日の夜から泊まっていた。
亜姫が持っていたのは、学校から持ち帰った進路の用紙だ。麗華は社会人の彼がいて、その人に絡めて決めた進路だという。
一方、亜姫はまだ何も決めていなかった。
三年になってから、進路を考える機会は幾度もあった。しかしそれどころではなかったこともあり、亜姫はこの時期になっても受験するかどうかすら決められないでいた。
「やりたいこと、かぁ。どうしよう……」
亜姫はペンを置き、机に肘をついて首を垂れる。その様子を見て麗華も手を止めた。
「進学か就職か、今の時点で選ぶとしたら?」
「進学、かなぁ……。でも、どっちにしても……私はまだ一人じゃ出来ないことが沢山あるし。ちゃんと通えるかどうかだって……」
「和泉は? なんて言ってるの?」
「私に合わせて考えるから、好きなように考えればいいって」
そう言う亜姫からは、和泉に全幅の信頼を置いているのが窺える。
それはそうだろう、和泉はずっと亜姫を守ってきた。そしてこの先も彼なら確実に亜姫を守れるだろう。私では無理なことも、彼なら全て出来てしまうのだから。
そして、当然の如く亜姫の隣に立ち続ける………。
麗華は、亜姫の顔を眺めながらそんなことを考えていた。
「──いか。………麗華?」
亜姫の伺うような声で、麗華は現実に舞い戻る。
「ごめん、何?」
「大丈夫? ボーッとするなんて珍しいね、具合悪い?」
「悪くないわよ。どうしたの?」
亜姫は心配そうだったが、麗華がいつもの調子に戻ったのを見ると安堵の表情を浮かべた。
「麗華はどこの大学を受けるの?」
「まだ決めてない。沢山あるし……決めかねてる」
「そっか……」
麗華は気分が沈んでいるように見えた。亜姫はそれが気になったが、口には出さなかった。
◇
「うーん」
和泉の家のソファーにもたれて、亜姫は悩み続けている。
普段なら姿勢良く座る亜姫が、体をだらりと投げ出してうんうん唸っている。その珍しい様子がなんだかおかしくて、和泉は笑う。
「まだ悩んでんの?」
「うん。だって、皆どこに行くか決めて、もう受験勉強してるもん………」
亜姫達の学校では、殆どの生徒が大学への進学を選ぶ。よくよく聞いてみると、麗華だけでなく、ヒロ達も既に進路を決めていた。
琴音だけは雑誌関係にツテがあったらしく、自分のやりたい事はそこで学べると迷わず就職を決めていたが。
亜姫は手にしたカフェオレに口もつけず、相変わらず唸り続けている。
和泉はそのカップを取り上げ、温め直してまた持っていった。
「そんなに難しく考えないでさ、好きな事とかやりたい事から考えてみれば?」
亜姫の隣に腰掛けながら、和泉が言う。
「………どうやって?」
亜姫は何をどう考えたらいいか、さっぱりわからないようだ。
「おじさん達も、急いで考えなくていいって言ってんだろ? 焦るのもわかるけど、お前の場合、目先の受験を考えるよりも行きたいって思えるようになる方が大事だと思う」
「うん」
亜姫はカフェオレを口にしながら、和泉の話に頷く。
「まず、周りの流れを気にするのをやめよう。受験が1年遅れても人生が終わるわけじゃない、焦ってもいいことないよ」
「うん、そうだね……」
返事を言い淀む亜姫の顔を、和泉は覗き込んだ。
「なにか、気になることがあるの?」
「麗華が………」
そう言うと、亜姫は和泉にギュッと抱きついた。
「麗華は、経済学部に行くんだって。……今のままだと、離れ離れになっちゃう……」
「亜姫、そんなことしたって答えは出てこないわよ? 打ち出の小槌じゃないんだから」
呆れを含んだ麗華の声。亜姫は苦笑しながらそれを机上に戻した。
向かいに座る麗華は、同じ用紙に戸惑いなく何かを書き込んでいる。
「進学、経済……。えっ!? 麗華、経済学部に行きたいの?」
亜姫が驚いた声を上げた。
週末、二人がいるのは亜姫の部屋。麗華は前日の夜から泊まっていた。
亜姫が持っていたのは、学校から持ち帰った進路の用紙だ。麗華は社会人の彼がいて、その人に絡めて決めた進路だという。
一方、亜姫はまだ何も決めていなかった。
三年になってから、進路を考える機会は幾度もあった。しかしそれどころではなかったこともあり、亜姫はこの時期になっても受験するかどうかすら決められないでいた。
「やりたいこと、かぁ。どうしよう……」
亜姫はペンを置き、机に肘をついて首を垂れる。その様子を見て麗華も手を止めた。
「進学か就職か、今の時点で選ぶとしたら?」
「進学、かなぁ……。でも、どっちにしても……私はまだ一人じゃ出来ないことが沢山あるし。ちゃんと通えるかどうかだって……」
「和泉は? なんて言ってるの?」
「私に合わせて考えるから、好きなように考えればいいって」
そう言う亜姫からは、和泉に全幅の信頼を置いているのが窺える。
それはそうだろう、和泉はずっと亜姫を守ってきた。そしてこの先も彼なら確実に亜姫を守れるだろう。私では無理なことも、彼なら全て出来てしまうのだから。
そして、当然の如く亜姫の隣に立ち続ける………。
麗華は、亜姫の顔を眺めながらそんなことを考えていた。
「──いか。………麗華?」
亜姫の伺うような声で、麗華は現実に舞い戻る。
「ごめん、何?」
「大丈夫? ボーッとするなんて珍しいね、具合悪い?」
「悪くないわよ。どうしたの?」
亜姫は心配そうだったが、麗華がいつもの調子に戻ったのを見ると安堵の表情を浮かべた。
「麗華はどこの大学を受けるの?」
「まだ決めてない。沢山あるし……決めかねてる」
「そっか……」
麗華は気分が沈んでいるように見えた。亜姫はそれが気になったが、口には出さなかった。
◇
「うーん」
和泉の家のソファーにもたれて、亜姫は悩み続けている。
普段なら姿勢良く座る亜姫が、体をだらりと投げ出してうんうん唸っている。その珍しい様子がなんだかおかしくて、和泉は笑う。
「まだ悩んでんの?」
「うん。だって、皆どこに行くか決めて、もう受験勉強してるもん………」
亜姫達の学校では、殆どの生徒が大学への進学を選ぶ。よくよく聞いてみると、麗華だけでなく、ヒロ達も既に進路を決めていた。
琴音だけは雑誌関係にツテがあったらしく、自分のやりたい事はそこで学べると迷わず就職を決めていたが。
亜姫は手にしたカフェオレに口もつけず、相変わらず唸り続けている。
和泉はそのカップを取り上げ、温め直してまた持っていった。
「そんなに難しく考えないでさ、好きな事とかやりたい事から考えてみれば?」
亜姫の隣に腰掛けながら、和泉が言う。
「………どうやって?」
亜姫は何をどう考えたらいいか、さっぱりわからないようだ。
「おじさん達も、急いで考えなくていいって言ってんだろ? 焦るのもわかるけど、お前の場合、目先の受験を考えるよりも行きたいって思えるようになる方が大事だと思う」
「うん」
亜姫はカフェオレを口にしながら、和泉の話に頷く。
「まず、周りの流れを気にするのをやめよう。受験が1年遅れても人生が終わるわけじゃない、焦ってもいいことないよ」
「うん、そうだね……」
返事を言い淀む亜姫の顔を、和泉は覗き込んだ。
「なにか、気になることがあるの?」
「麗華が………」
そう言うと、亜姫は和泉にギュッと抱きついた。
「麗華は、経済学部に行くんだって。……今のままだと、離れ離れになっちゃう……」
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