【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンとおっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々

文字の大きさ
上 下
258 / 364
高3

ファミレス(1)

しおりを挟む
「おーい、カイ! 亜姫!」
 横断歩道の向こう側で健吾と圭介が大きく手を振っている。亜姫は嬉しそうに手を振り返した。
 
 亜姫達は、和泉の家の近くにあるファミレスへ向かっていた。
 
 店へ入れる機会は少しずつ増えている。しかし自分の状態に自信が持てず、注文しても最後までいられるのか店に迷惑をかけたりはしないかと、亜姫はずっと気にしてきた。
 その為、これまでは事前精算の店で飲み物だけだったり、何かあっても持ち帰りできるような軽食しか頼んでこなかったのだが。
 
 昨日、不意に亜姫が呟いた。
「美味しいスイーツ、どこかでゆっくり食べたいなぁ」
 
 事件以降そんなことを口にしたのは初めてで、和泉はそれならばとここに連れてきた。
 座席が広く背もたれも高いので周囲を遮断できるし、何かあっても自宅へすぐ連れて帰れる。そして何より、スイーツが充実している店だったから。
 
 腹ごしらえに向かっていた健吾達と偶然会い、そのまま四人で入店。
 夕方にはまだ早い。そのせいか店内は空いていて、亜姫達は角の奥まった席に座れた。
 
「うわぁ、美味しそう!」
 亜姫がメニュー表を開いて目を輝かせる。
「沢山食えよ。好きなだけ頼め」
「そんなにいっぱいは食べられないよ。
 あー、どれにしよう。多すぎて迷っちゃうなぁ」
 亜姫は見るからにウキウキして、メニュー表に釘付けだ。穴があきそうなほど見つめ続ける姿に、和泉達が笑う。
「選びきれなかったら別の日に食えばいいだろ。また連れてきてやるから」
 和泉がそう言うと、亜姫は嬉しそうに頷いた。
「うわ、本当だ。新作、いっぱい出てる!」
「圭介も甘いの好きだもんな」
「お腹いっぱいになっても残りは圭介が食ってくれるから。今日は二品ぐらい頼んじゃえ」
 
 後押しされて迷いに迷ったが、亜姫は大きめのパフェを一つだけ注文した。
 
 
 注文を終えたところで亜姫が洗面所へと立ち上がる。と、入口を見た健吾がそれを静止した。
「動くな。……祥子がいる」
 
 亜姫の肩がビクッと揺れた。和泉が亜姫を座らせながら抱き寄せ、大丈夫だと言うように肩を撫でる。
 亜姫は、自身を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸した。
 
 彼らが座る席から少し後方に、祥子と千葉が座ったようだ。
 けれど、席についてしまえば周りは見えにくくなる。祥子達が席についたことを確認してから亜姫は席を立った。
 
 だが、亜姫が洗面所に入ると同時に祥子がやってきた。
 姿を見ても驚いた素振りはなく、気づいた上でやって来たのだと和泉は確信。扉の手前にもたれかかり、無言で祥子を見据える。
 
「あれ? 和泉、久しぶり。元気だった?」
 
 和泉は答えなかった。けれど祥子は気にせず、前を通り過ぎようとする。
 和泉は手を伸ばし、その進路を塞いだ。そのまま押し返すようにして扉の前へ立ちはだかると、冷たい視線で一言告げる。
「使用中」
 
 祥子の顔が一瞬、醜く歪む。しかし彼女は即座に表情を戻し、爽やかな笑顔を見せた。
「何? どいてよ」
 
 無理やり通ろうとする祥子の腕を和泉が力強く引き、扉から引き離す。
 
 和泉の顔と遠くなった扉を交互に見て、しばし唖然としていた祥子。だが、徐々にその顔を歪めていく。
 
「……そんなに、大事なわけ?」
 唇を震わせながら祥子が呟くも、和泉は顔色ひとつ変えずに無視した。
 
 そこへガチャリと音を立てて亜姫が出てくる。
 祥子の姿を見ると一瞬動きを止めたが、すぐに笑みを浮かべて会釈。 
 そんな亜姫に、和泉が柔らかい笑みを向けた。
 祥子を遮断するような位置に立ち、その体を守るよう回される和泉の手。

 それを見た祥子はギリッと歯ぎしりする。
 
「待ちなさいよ」

 小さく呟く声が聞こえたが、二人は振り返らなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...