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高3
八木橋くんとカナデさん(9)
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思ったより早く目覚めた亜姫は、和泉の心配をよそに元気だった。むしろ元気すぎるほどで、また無理して不安を忘れようとしているのかと疑ったぐらいだ。
だが、今回は純粋に期待を膨らませているらしい。
目を輝かせて「教室に戻る!」と飛び起き、これから出来る事を楽しそうに想像する亜姫を見て、和泉は細かいことを考えるのを止めた。
本来の亜姫は、やりたい事を見つけると脇目も振らず猪突猛進する。
事件以来、「やりたい」より「今の自分に果たして出来るのか」を第一に考えていた亜姫。こうして本来の姿を見せ始めたのなら喜ぶべきだ。
そのキッカケが他の男だというのは複雑な気分だが、今は守るよりやりたいようにやらせるべきだと思った。
自分だけを頼りにして寄りかかってくる亜姫は可愛くてたまらないし、その機会が減っていく事を考えると変化を邪魔したくもなる。
けれど、こうして目を輝かせる姿を見れば思い出すのだ。全てを楽しみながら自由に動き回り、全身から喜びを撒き散らすように笑う亜姫に惚れたのだと。
そして、そんな亜姫に振り回される日々がまた、たまらなく愛おしいとも思う。
「楽しむのはいいけど、やり過ぎんなよ? 流石に校外は俺抜きでは駄目だからな? それに、八木橋が男だって忘れんなよ?」
つい小言のように言ってしまうと、亜姫は少し口を尖らせ「わかってますぅ」と言い……急に黙り込んで、立ち止まった。
教官室のあたりは静かで、二人しかいない廊下が無音になる。
「亜姫? どうした……?」
和泉が手を伸ばすと、それをすり抜けて亜姫が胸に飛び込んでくる。
反射的に抱き止めると、亜姫は背中へ手を回してギュウッとしがみついた。
「八木橋君がね、無理することはないって言ってくれた。
和泉がいつも言ってくれるみたいに、出来る事を出来る形でやろうって言ってくれたの」
「……そっか」
「だけどね、頑張れると思った一番の理由はね……」
「うん」
「困った時は、和泉達を頼ってもいいって言ってもらえたこと。
……今みたいに、何かあったら甘えてもいい?
和泉の仕事、邪魔しちゃうかもしれないけど……」
「いいよ、元からそのつもりだし」
さらさらな髪の感触を味わうように、和泉は何度も頭を撫でる。
背中に回る細い腕が、更にギュッと絡まった。
「和泉のおかげ。何かあったら和泉が助けてくれるって思えるから、頑張れる。
……いつもありがとう。ワガママばかり言ってごめんなさい」
「全然ワガママじゃねーよ」
和泉の内側から、じわじわと喜びが溢れ出してくる。
亜姫の中で、自分はこれほど頼りになる存在なのか。
亜姫が手元から離れていくように感じていたが、実際は自分を支えにして自由を取り戻そうとしているのか。
そう気づくと込み上げてくるものがあり、なんだか泣きたくなった。
歪みそうな顔を誤魔化すように、亜姫をギュッと抱きしめる。
「せっかくやる気になったんだから、やりたいことをやれよ。ちゃんと見ててやるから。
でも、心配だから……移動する時はどこに行くか、必ず連絡して」
「うん。……和泉?」
「ん?」
「おまじない、して」
亜姫の抱き心地と匂いを堪能して幾分か気を抜いていた和泉だったが、その言葉にガバっと顔を上げた。
言われた言葉を頭の中で反芻してみる。それからゆっくり下を向くと、上目遣いに見上げてくる亜姫と目が合った。
「って、お前、ここは廊下……」
「誰もいないもん。そんなの、和泉の方が気にしたことないじゃない」
「いや、そーだけど。あー、もう……お前、いっつも不意打ちすぎる……」
まさか、こんな所で亜姫からオネダリを受けるとは思っていなかった。
先程から見せられている可愛い姿にかなり揺さぶられてるのに、キスなんかしたら理性が飛ぶ自信しかない。
あーあ……と溜息をこぼし、いつものように「頑張れ俺」と自身を叱咤してから、亜姫の顎を優しく上向けた。
チュ、と優しく口づけると亜姫は体をもたれかからせ「もっと」と甘くねだる。
静かな廊下。口づけた水音が妙に響き、全身の細胞が湧き立つ。和泉は吸い込まれるように唇を重ねていった。
理性の紐が千切れそうになったところで山本の声が聞こえてきて、和泉は我に返った。慌てて亜姫の体を剥がし、何事もなかったフリをする。
「お、亜姫。大丈夫か? 様子を見に来たんだよ」
横川と歩いてきた山本に、亜姫は笑顔を返す。
そしてまた教官室へ戻り、八木橋とやっていけそうだと報告した。
だが、今回は純粋に期待を膨らませているらしい。
目を輝かせて「教室に戻る!」と飛び起き、これから出来る事を楽しそうに想像する亜姫を見て、和泉は細かいことを考えるのを止めた。
本来の亜姫は、やりたい事を見つけると脇目も振らず猪突猛進する。
事件以来、「やりたい」より「今の自分に果たして出来るのか」を第一に考えていた亜姫。こうして本来の姿を見せ始めたのなら喜ぶべきだ。
そのキッカケが他の男だというのは複雑な気分だが、今は守るよりやりたいようにやらせるべきだと思った。
自分だけを頼りにして寄りかかってくる亜姫は可愛くてたまらないし、その機会が減っていく事を考えると変化を邪魔したくもなる。
けれど、こうして目を輝かせる姿を見れば思い出すのだ。全てを楽しみながら自由に動き回り、全身から喜びを撒き散らすように笑う亜姫に惚れたのだと。
そして、そんな亜姫に振り回される日々がまた、たまらなく愛おしいとも思う。
「楽しむのはいいけど、やり過ぎんなよ? 流石に校外は俺抜きでは駄目だからな? それに、八木橋が男だって忘れんなよ?」
つい小言のように言ってしまうと、亜姫は少し口を尖らせ「わかってますぅ」と言い……急に黙り込んで、立ち止まった。
教官室のあたりは静かで、二人しかいない廊下が無音になる。
「亜姫? どうした……?」
和泉が手を伸ばすと、それをすり抜けて亜姫が胸に飛び込んでくる。
反射的に抱き止めると、亜姫は背中へ手を回してギュウッとしがみついた。
「八木橋君がね、無理することはないって言ってくれた。
和泉がいつも言ってくれるみたいに、出来る事を出来る形でやろうって言ってくれたの」
「……そっか」
「だけどね、頑張れると思った一番の理由はね……」
「うん」
「困った時は、和泉達を頼ってもいいって言ってもらえたこと。
……今みたいに、何かあったら甘えてもいい?
和泉の仕事、邪魔しちゃうかもしれないけど……」
「いいよ、元からそのつもりだし」
さらさらな髪の感触を味わうように、和泉は何度も頭を撫でる。
背中に回る細い腕が、更にギュッと絡まった。
「和泉のおかげ。何かあったら和泉が助けてくれるって思えるから、頑張れる。
……いつもありがとう。ワガママばかり言ってごめんなさい」
「全然ワガママじゃねーよ」
和泉の内側から、じわじわと喜びが溢れ出してくる。
亜姫の中で、自分はこれほど頼りになる存在なのか。
亜姫が手元から離れていくように感じていたが、実際は自分を支えにして自由を取り戻そうとしているのか。
そう気づくと込み上げてくるものがあり、なんだか泣きたくなった。
歪みそうな顔を誤魔化すように、亜姫をギュッと抱きしめる。
「せっかくやる気になったんだから、やりたいことをやれよ。ちゃんと見ててやるから。
でも、心配だから……移動する時はどこに行くか、必ず連絡して」
「うん。……和泉?」
「ん?」
「おまじない、して」
亜姫の抱き心地と匂いを堪能して幾分か気を抜いていた和泉だったが、その言葉にガバっと顔を上げた。
言われた言葉を頭の中で反芻してみる。それからゆっくり下を向くと、上目遣いに見上げてくる亜姫と目が合った。
「って、お前、ここは廊下……」
「誰もいないもん。そんなの、和泉の方が気にしたことないじゃない」
「いや、そーだけど。あー、もう……お前、いっつも不意打ちすぎる……」
まさか、こんな所で亜姫からオネダリを受けるとは思っていなかった。
先程から見せられている可愛い姿にかなり揺さぶられてるのに、キスなんかしたら理性が飛ぶ自信しかない。
あーあ……と溜息をこぼし、いつものように「頑張れ俺」と自身を叱咤してから、亜姫の顎を優しく上向けた。
チュ、と優しく口づけると亜姫は体をもたれかからせ「もっと」と甘くねだる。
静かな廊下。口づけた水音が妙に響き、全身の細胞が湧き立つ。和泉は吸い込まれるように唇を重ねていった。
理性の紐が千切れそうになったところで山本の声が聞こえてきて、和泉は我に返った。慌てて亜姫の体を剥がし、何事もなかったフリをする。
「お、亜姫。大丈夫か? 様子を見に来たんだよ」
横川と歩いてきた山本に、亜姫は笑顔を返す。
そしてまた教官室へ戻り、八木橋とやっていけそうだと報告した。
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