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高3
八木橋くんとカナデさん(8)
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亜姫達は仕事についてもう少し話を詰め、それから校内へと戻った。
八木橋は何も言わずに左側に立ち、亜姫の背中を庇うように半歩後ろを歩く。
亜姫は変わらず左手を隠して気張っていたが、もう八木橋の事は怖がらなくなっていた。
教室に入ると、既に戻っていた和泉が心配そうに駆け寄ってくる。その顔を見た途端、亜姫の強張りは一気に緩んだ。
「亜姫、顔色が悪い。……二人で外に出たのか?」
「うん。でも大丈夫、事情はちゃんと話せた。学校の外には出てないし、八木橋君にも充分すぎるぐらい気を使ってもらったよ」
そう言いながらも亜姫はふらつき、和泉にポスンと寄りかかってくる。
和泉は眉を上げて、疑うように八木橋を睨みつけた。すると彼は肩をすくめて、反抗の意はないと示すように片手を上げる。
「無理だと思ったら、いつでもペアを代えることにしてあるよ。必要な時に君達がフォローに入ることも、僕は気にしない」
八木橋は変わらぬ穏やかさでそう告げ、亜姫に視線を移した。
「本当に顔色が悪い。少し休んできたら? 僕は今からバッグのデザインを考える。
作業は明日以降でも大丈夫だから、今日はもう無理しないで体調を優先して。ね?」
あとは任せたと言うように和泉を一瞥すると、八木橋は自分の席へ座り、ノートを広げ始めた。
気遣わしげに見ていた山本が教官室へ行くよう促し、亜姫は和泉に連れられていつものソファーへと横たわった。
「少し休めば大丈夫。……和泉は? ここにいて大丈夫なの? そっちの仕事は?」
「平気。お前こそ、本当に大丈夫なの?」
赤くなった亜姫の左手首を撫でながら、和泉が心配そうに聞く。
亜姫は疲れ果てていたものの、秘密を除いたやりとりを報告。そして、やりたい事が出来そうだと嬉しそうに笑う。
「こうやって、理解してもらえれば出来る事があるってわかって嬉しかった。
ちょっと怖かったけど、和泉達がいなくても歩けたよ。一人で、歩けたの……」
喜びで涙ぐむ亜姫の額に、和泉はチュ……と軽いキスを落とす。亜姫は和泉の胸元へ顔を埋めると、すぐにウトウトとし始める。
「頑張ったな。疲れただろ……」
抱き込んで優しく頭を撫でると、ものの数秒で寝息が聞こえてきた。その穏やかな顔つきに和泉はホッと息を吐いた。
麗華達がいない間に二人で消えたと知った時は、心臓が止まりそうだった。校内にいるとわかってはいたが、事情を知らない男と二人で普通に歩けるとは思えなかったから。
亜姫の手首やこの疲れ具合を見れば、相当の無理をしたのだとわかる。
だが無理やり連れて行かれたわけでもない。話を聞く限り、八木橋は最大限の配慮をしてくれたと言えるだろう。
亜姫は八木橋へ一定の信頼を持ったように見える。希望を見出した姿を喜ぶべきなのもわかっている。
ただ、石橋のように途中で豹変する奴もいるわけで。そう考えると、まだ手放しで安心するわけにはいかない。
今後、八木橋と二人で活動したり移動したりする事に亜姫が慣れてくればいいが……移動する度にこれでは体力が持たなくなるだろうし、作業が滞れば亜姫がまた己を責めかねない。
八木橋 奏。
実際にどんな奴なのか、今の時点ではわからない。
あまり人と関わることは無いようで、ヒロ達からの情報も少なかった。
あいつらのように信用できる奴ならいいが、それはそれで面白くない気持ちを産む。
だが、今は亜姫が楽しめる方が大事だ。前向きに頑張ろうとする気持ちを削ぎたくはない。
先日亜姫が言った通り、いつまでも今のままでいいと思っているわけではないし、確かにこれは変わるチャンスでもある。
校外に出る時は自分が同伴するか、それとも買い出しを分担させるか。
和泉はこの先の活動に対する懸念を、亜姫が起きるまでずっと考え続けていた。
八木橋は何も言わずに左側に立ち、亜姫の背中を庇うように半歩後ろを歩く。
亜姫は変わらず左手を隠して気張っていたが、もう八木橋の事は怖がらなくなっていた。
教室に入ると、既に戻っていた和泉が心配そうに駆け寄ってくる。その顔を見た途端、亜姫の強張りは一気に緩んだ。
「亜姫、顔色が悪い。……二人で外に出たのか?」
「うん。でも大丈夫、事情はちゃんと話せた。学校の外には出てないし、八木橋君にも充分すぎるぐらい気を使ってもらったよ」
そう言いながらも亜姫はふらつき、和泉にポスンと寄りかかってくる。
和泉は眉を上げて、疑うように八木橋を睨みつけた。すると彼は肩をすくめて、反抗の意はないと示すように片手を上げる。
「無理だと思ったら、いつでもペアを代えることにしてあるよ。必要な時に君達がフォローに入ることも、僕は気にしない」
八木橋は変わらぬ穏やかさでそう告げ、亜姫に視線を移した。
「本当に顔色が悪い。少し休んできたら? 僕は今からバッグのデザインを考える。
作業は明日以降でも大丈夫だから、今日はもう無理しないで体調を優先して。ね?」
あとは任せたと言うように和泉を一瞥すると、八木橋は自分の席へ座り、ノートを広げ始めた。
気遣わしげに見ていた山本が教官室へ行くよう促し、亜姫は和泉に連れられていつものソファーへと横たわった。
「少し休めば大丈夫。……和泉は? ここにいて大丈夫なの? そっちの仕事は?」
「平気。お前こそ、本当に大丈夫なの?」
赤くなった亜姫の左手首を撫でながら、和泉が心配そうに聞く。
亜姫は疲れ果てていたものの、秘密を除いたやりとりを報告。そして、やりたい事が出来そうだと嬉しそうに笑う。
「こうやって、理解してもらえれば出来る事があるってわかって嬉しかった。
ちょっと怖かったけど、和泉達がいなくても歩けたよ。一人で、歩けたの……」
喜びで涙ぐむ亜姫の額に、和泉はチュ……と軽いキスを落とす。亜姫は和泉の胸元へ顔を埋めると、すぐにウトウトとし始める。
「頑張ったな。疲れただろ……」
抱き込んで優しく頭を撫でると、ものの数秒で寝息が聞こえてきた。その穏やかな顔つきに和泉はホッと息を吐いた。
麗華達がいない間に二人で消えたと知った時は、心臓が止まりそうだった。校内にいるとわかってはいたが、事情を知らない男と二人で普通に歩けるとは思えなかったから。
亜姫の手首やこの疲れ具合を見れば、相当の無理をしたのだとわかる。
だが無理やり連れて行かれたわけでもない。話を聞く限り、八木橋は最大限の配慮をしてくれたと言えるだろう。
亜姫は八木橋へ一定の信頼を持ったように見える。希望を見出した姿を喜ぶべきなのもわかっている。
ただ、石橋のように途中で豹変する奴もいるわけで。そう考えると、まだ手放しで安心するわけにはいかない。
今後、八木橋と二人で活動したり移動したりする事に亜姫が慣れてくればいいが……移動する度にこれでは体力が持たなくなるだろうし、作業が滞れば亜姫がまた己を責めかねない。
八木橋 奏。
実際にどんな奴なのか、今の時点ではわからない。
あまり人と関わることは無いようで、ヒロ達からの情報も少なかった。
あいつらのように信用できる奴ならいいが、それはそれで面白くない気持ちを産む。
だが、今は亜姫が楽しめる方が大事だ。前向きに頑張ろうとする気持ちを削ぎたくはない。
先日亜姫が言った通り、いつまでも今のままでいいと思っているわけではないし、確かにこれは変わるチャンスでもある。
校外に出る時は自分が同伴するか、それとも買い出しを分担させるか。
和泉はこの先の活動に対する懸念を、亜姫が起きるまでずっと考え続けていた。
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