239 / 364
高3
八木橋くんとカナデさん(6)
しおりを挟む
「大丈夫?」
亜姫がぐったりしながらベンチに座ると、八木橋はペットボトルを手渡した。
亜姫はそれを少しずつ口に入れていく。想像以上に気を張っていたようで、喉がカラカラだ。
砂漠のように乾ききっていた喉が潤ってくると、息が吸いやすくなる。亜姫はホウッと息をつき、ようやく肩の力を抜いた。
「ごめんね。余計な時間使わせちゃって……」
「別に気にしてないよ。橘さん、人に気を使いすぎって言われない? そうやってすぐ謝るのは癖なの?」
「あー、そうかも……。でも、自分ではワガママな方だと思ってるから謝りたくなっちゃう」
すると、ブハッと八木橋が噴き出した。突然、しかも意外な姿に亜姫は目を瞬かせる。
すぐにいつもの様子に戻った彼は、そんなわけ無いでしょうと言いながらくすくすと笑う。
「そうやってよく笑われるんだけど、自分じゃ理由がわからない………」
「そう? 僕にはよくわかるけど」
そう言ったあと、八木橋は空気を変えるように大きく息を吐き、笑うのを止めた。
「……橘さんって、いつも笑ってるなと思ってた」
「え?」
「僕は二年になってからの橘さんしか知らないけど。楽しそうだったよね、いつも」
「毎日、楽しいと思ってたもの」
少し小さな声で、そして過去形で紡がれた亜姫の言葉。
八木橋はしばらく黙っていた。
「去年の終わり頃かな。ある時から、あまり笑わなくなったと思ってた。
……苦手になったのは、その頃から……かな?」
八木橋は聞くのを躊躇している様子で、亜姫の方ではなく自分の手元を見つめている。
亜姫もどう答えるべきか迷い、俯きがちに小さな頷きを返した。
「無理して話さなくていい。僕と仕事するのは無理だと思ったら、誰かと代わればいいだけの話。今すぐその結論を出したって構わない。
橘さんから見て僕が男だというのは変わらない事実だし、理屈じゃどうにもならないことって……あると思うんだ。
大事なのは、文化祭の準備は楽しむべきだってこと。
たとえ何を聞いても、逆に何も聞かされないまま終わったとしても。僕は橘さんに嫌な感情は抱かないし、この話を誰かにすることも絶対にしない。
それだけは最初に約束しておくよ」
静かな声でそう告げると、八木橋は顔を上げて亜姫に柔らかく微笑んだ。
その言葉に背中を押され、亜姫はポツポツと話をしていった。
何が苦手で何が大丈夫なのか。
時には休まければならないが、楽しみたいと思っていること。
迷惑をかけるかもしれないが、一緒にやらせてほしいこと。
できれば、気遣われるのではなくありのままを受け止めてもらいたいこと。
こんな状況だけれど、自分の仕事は最後まで責任持ってやり遂げたいこと。
その全てを八木橋は聞き入れ、頷いてくれた。
「じゃあ……大事な秘密を教えてくれた代わりに、僕も秘密を教えようかな。
……橘さんには、伝えておいたほうが良さそうだ」
「いいよそんなの。私のワガママを聞いてもらっただけで充分……」
「男」
「えっ?」
意味がわからず、亜姫は目を丸くした。
その顔を見た八木橋は一瞬クスッと笑う。それから、ほんの少し緊張を滲ませた。
亜姫の視線から逃れるように少しだけ目を逸らし、先程までとは違い、固さを乗せた声で続ける。
「僕、好きになるのは……昔から男の人なんだ。
それだけじゃない。僕の心……女の子なんだよね」
「そ、れは……体と心が別っていう、あの?」
「うん、そう」
「じゃあ、八木橋君は女の子ってこと……?」
「そう、だね。少なくとも僕の中では。外見は残念ながら男だから、大きな声では言えないけれど。
でも、いつか体も女の子になれたらと思って……ずっと、お金を貯めてる」
そこまで言って、ゆっくり亜姫へ視線を戻すと。
そこには──八木橋の予想とは似ても似つかない──キラキラと目を輝かせた亜姫の笑顔があった。
嫌悪されることも覚悟していた八木橋は、その顔に驚いて言葉を失う。
しかし亜姫はそんな様子も気にせず、嬉しそうに話しかけた。
「今でも全然いけると思う」
「えっ……」
「だって、八木橋君、顔も見た目も可愛いもん。あっ、男の子にそんなこと思うなんて失礼かなって思ってたんだけど……大丈夫かな? これは褒め言葉なんだけど、ちゃんと伝わってる?」
「あっ、うん……」
「よかった! 実は隣の席になった時に思ってたんだ、髪も肌もつやつやで爪も綺麗だなぁって。雰囲気や所作とか、いつ見ても可愛いなって!
私、色々雑すぎるみたいで怒られてばっかり。私なんかより、八木橋君のほうが断然女子力高いよ!
私は自分のことよりも、可愛い女の子とか色気ある女性とかいわゆる女の子! ってモノを見るのが好きで、特におっぱいなんて……」
「ちょ、っと待って、橘さん、っ」
「八木橋くんが今持ってるその文房具もだけど、小物もいつも可愛いの持ってるよね。前に見かけたアレも実は気になっ……」
「待って、ストップ、ストップ!」
両手を亜姫の顔の前に出して、八木橋が必死で止める。
「あっ……ごめん! 興奮すると止まらなくなっちゃうの。いつも麗華達に怒られてるんだった」
「いや、そうじゃなくて……あの……なんとも思わないの? 僕の話聞いても……?」
「え? 何が? 八木橋君は女の子だから怖がらなくていいよって話だよね? 逆にごめんね? 男の子だと思って怖がるなんて、すごく嫌な気持ちになったんじゃない……?」
申し訳無さそうな顔で亜姫は謝る。
八木橋はその顔を呆然と眺めていたが、しばらくすると声を上げて笑い出した。
「嘘だろ……。橘さん、きみ……最高!」
お腹を抱えて笑う八木橋に、今度は亜姫がぽかんとする。
「……だから、なんで笑ってるの………?」
亜姫がぐったりしながらベンチに座ると、八木橋はペットボトルを手渡した。
亜姫はそれを少しずつ口に入れていく。想像以上に気を張っていたようで、喉がカラカラだ。
砂漠のように乾ききっていた喉が潤ってくると、息が吸いやすくなる。亜姫はホウッと息をつき、ようやく肩の力を抜いた。
「ごめんね。余計な時間使わせちゃって……」
「別に気にしてないよ。橘さん、人に気を使いすぎって言われない? そうやってすぐ謝るのは癖なの?」
「あー、そうかも……。でも、自分ではワガママな方だと思ってるから謝りたくなっちゃう」
すると、ブハッと八木橋が噴き出した。突然、しかも意外な姿に亜姫は目を瞬かせる。
すぐにいつもの様子に戻った彼は、そんなわけ無いでしょうと言いながらくすくすと笑う。
「そうやってよく笑われるんだけど、自分じゃ理由がわからない………」
「そう? 僕にはよくわかるけど」
そう言ったあと、八木橋は空気を変えるように大きく息を吐き、笑うのを止めた。
「……橘さんって、いつも笑ってるなと思ってた」
「え?」
「僕は二年になってからの橘さんしか知らないけど。楽しそうだったよね、いつも」
「毎日、楽しいと思ってたもの」
少し小さな声で、そして過去形で紡がれた亜姫の言葉。
八木橋はしばらく黙っていた。
「去年の終わり頃かな。ある時から、あまり笑わなくなったと思ってた。
……苦手になったのは、その頃から……かな?」
八木橋は聞くのを躊躇している様子で、亜姫の方ではなく自分の手元を見つめている。
亜姫もどう答えるべきか迷い、俯きがちに小さな頷きを返した。
「無理して話さなくていい。僕と仕事するのは無理だと思ったら、誰かと代わればいいだけの話。今すぐその結論を出したって構わない。
橘さんから見て僕が男だというのは変わらない事実だし、理屈じゃどうにもならないことって……あると思うんだ。
大事なのは、文化祭の準備は楽しむべきだってこと。
たとえ何を聞いても、逆に何も聞かされないまま終わったとしても。僕は橘さんに嫌な感情は抱かないし、この話を誰かにすることも絶対にしない。
それだけは最初に約束しておくよ」
静かな声でそう告げると、八木橋は顔を上げて亜姫に柔らかく微笑んだ。
その言葉に背中を押され、亜姫はポツポツと話をしていった。
何が苦手で何が大丈夫なのか。
時には休まければならないが、楽しみたいと思っていること。
迷惑をかけるかもしれないが、一緒にやらせてほしいこと。
できれば、気遣われるのではなくありのままを受け止めてもらいたいこと。
こんな状況だけれど、自分の仕事は最後まで責任持ってやり遂げたいこと。
その全てを八木橋は聞き入れ、頷いてくれた。
「じゃあ……大事な秘密を教えてくれた代わりに、僕も秘密を教えようかな。
……橘さんには、伝えておいたほうが良さそうだ」
「いいよそんなの。私のワガママを聞いてもらっただけで充分……」
「男」
「えっ?」
意味がわからず、亜姫は目を丸くした。
その顔を見た八木橋は一瞬クスッと笑う。それから、ほんの少し緊張を滲ませた。
亜姫の視線から逃れるように少しだけ目を逸らし、先程までとは違い、固さを乗せた声で続ける。
「僕、好きになるのは……昔から男の人なんだ。
それだけじゃない。僕の心……女の子なんだよね」
「そ、れは……体と心が別っていう、あの?」
「うん、そう」
「じゃあ、八木橋君は女の子ってこと……?」
「そう、だね。少なくとも僕の中では。外見は残念ながら男だから、大きな声では言えないけれど。
でも、いつか体も女の子になれたらと思って……ずっと、お金を貯めてる」
そこまで言って、ゆっくり亜姫へ視線を戻すと。
そこには──八木橋の予想とは似ても似つかない──キラキラと目を輝かせた亜姫の笑顔があった。
嫌悪されることも覚悟していた八木橋は、その顔に驚いて言葉を失う。
しかし亜姫はそんな様子も気にせず、嬉しそうに話しかけた。
「今でも全然いけると思う」
「えっ……」
「だって、八木橋君、顔も見た目も可愛いもん。あっ、男の子にそんなこと思うなんて失礼かなって思ってたんだけど……大丈夫かな? これは褒め言葉なんだけど、ちゃんと伝わってる?」
「あっ、うん……」
「よかった! 実は隣の席になった時に思ってたんだ、髪も肌もつやつやで爪も綺麗だなぁって。雰囲気や所作とか、いつ見ても可愛いなって!
私、色々雑すぎるみたいで怒られてばっかり。私なんかより、八木橋君のほうが断然女子力高いよ!
私は自分のことよりも、可愛い女の子とか色気ある女性とかいわゆる女の子! ってモノを見るのが好きで、特におっぱいなんて……」
「ちょ、っと待って、橘さん、っ」
「八木橋くんが今持ってるその文房具もだけど、小物もいつも可愛いの持ってるよね。前に見かけたアレも実は気になっ……」
「待って、ストップ、ストップ!」
両手を亜姫の顔の前に出して、八木橋が必死で止める。
「あっ……ごめん! 興奮すると止まらなくなっちゃうの。いつも麗華達に怒られてるんだった」
「いや、そうじゃなくて……あの……なんとも思わないの? 僕の話聞いても……?」
「え? 何が? 八木橋君は女の子だから怖がらなくていいよって話だよね? 逆にごめんね? 男の子だと思って怖がるなんて、すごく嫌な気持ちになったんじゃない……?」
申し訳無さそうな顔で亜姫は謝る。
八木橋はその顔を呆然と眺めていたが、しばらくすると声を上げて笑い出した。
「嘘だろ……。橘さん、きみ……最高!」
お腹を抱えて笑う八木橋に、今度は亜姫がぽかんとする。
「……だから、なんで笑ってるの………?」
11
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
ハッピークリスマス !
設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が
この先もずっと続いていけぱいいのに……。
―――――――――――――――――――――――
|松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳
|堂本海(どうもとかい) ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ)
中学の同級生
|渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳
|石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳
|大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?
――― 2024.12.1 再々公開 ――――
💍 イラストはOBAKERON様 有償画像
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる