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高3
八木橋くんとカナデさん(3)
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「このまま、やってみようかな」
全員が絶句して動きを止めた。それがなんだかおかしくて亜姫は笑う。
「今、委員長から連絡もらった。
八木橋君……家の事や裁縫が得意なことは、事情があるらしくて隠してるんだって。係を引き受けるのもかなり渋ってたみたいなの。ペア組む子とか、色々条件付きでようやく了承してくれたみたい。
色んなペアを考える中でね、私がこういうのに興味があることも委員長は知ってたから……それもふまえて、作るのも教えるのも上手な八木橋君とわざわざ組んでくれたんだって。
誰にでも頼めるわけじゃないから、色々頼むねって………」
嬉しさと困惑を混ぜたような顔で、亜姫は微笑みながらも眉を下げる。
「あの事件があった頃、八木橋君は隣の席だった。でも、特に問題がなかったというか。
不用意に近づかれたりはしなかったし、どちらかというと良い印象の人。
もともと、人とあまり関わらないよね。いつも静かに本を読んだりしてない?」
「でも、男だ」
言い聞かせるように、和泉が静かに伝えてくる。
亜姫は小さく頷く。
「わかってる。だけど、八木橋君に何かをされたわけじゃない。
委員長も八木橋君も、沢山考えて決めてくれてたんだもの。なのに私だけ、それも『相手が男の人だから出来ません』なんて……ただそれだけの理由で決め直してくれなんて言えないよ。
八木橋君だって、何もしてないのにそんなこと言われたらいい気はしないでしょう?
ペアって言っても、基本的にまとまって同じ場所で作業するんだよね? それなら問題なく出来るかもしれないし。
それに……いつまでも今のままではいられない」
「亜姫。無理はしないって決めただろ」
和泉は厳しい顔で、引き止めるように亜姫の腕を掴む。
困ったような笑みを浮かべたまま、亜姫はその顔を見上げた。
「うん、無理はしない。怖いと思う気持ちは誤魔化さないし隠さない。皆にちゃんと言う。八木橋君にも、その時はちゃんと伝える。必要ならペアも変えてもらうよう相談する。
でも、でもね。もしかしたら……私のやりたいことが出来るだけじゃなくて、日常が戻る一つのキッカケになるかもしれない。
和泉がいない状態でこういうのをしたことがないから、今はなんとも言えないけど。一度、やってみて……それから決めたい」
お願いするように皆の顔を見回すと、揃って大きな溜息が帰ってきた。
「亜姫が言い出したら聞かないのは今更か」
「まあ、しばらくは私も沙世莉も一緒だしね。様子見しましょ」
「和泉、お前もやること沢山あんだからな。王子役免除してやったんだから、その分働けよ?」
「和泉。サボるようなら戸塚と交代させるからね。無駄に八木橋の邪魔しに行くのはやめてよ?」
やりかねないと皆が笑う中、和泉はひとり不満を隠さず不貞腐れていた。
その様子から、心配しているのが痛いほど伝わってくる。
その気持ちを掬うように、亜姫は机の下で和泉の手を握った。
和泉は何も言わなかったが、その手を強く握って離さなかった。
そして翌日、班ごとの仕事が始まった。
大道具係は買い出しに、他の係も各自出払っていく。
亜姫達は早速ペアで仕事を始めることになった。
それぞれが作る物は決まっているので、まず材料を用意しなければならない。細かい内容はそれぞれに一任されており、ペアで動けと指示が出る。
いきなり、困ったことになってしまった。
全員が絶句して動きを止めた。それがなんだかおかしくて亜姫は笑う。
「今、委員長から連絡もらった。
八木橋君……家の事や裁縫が得意なことは、事情があるらしくて隠してるんだって。係を引き受けるのもかなり渋ってたみたいなの。ペア組む子とか、色々条件付きでようやく了承してくれたみたい。
色んなペアを考える中でね、私がこういうのに興味があることも委員長は知ってたから……それもふまえて、作るのも教えるのも上手な八木橋君とわざわざ組んでくれたんだって。
誰にでも頼めるわけじゃないから、色々頼むねって………」
嬉しさと困惑を混ぜたような顔で、亜姫は微笑みながらも眉を下げる。
「あの事件があった頃、八木橋君は隣の席だった。でも、特に問題がなかったというか。
不用意に近づかれたりはしなかったし、どちらかというと良い印象の人。
もともと、人とあまり関わらないよね。いつも静かに本を読んだりしてない?」
「でも、男だ」
言い聞かせるように、和泉が静かに伝えてくる。
亜姫は小さく頷く。
「わかってる。だけど、八木橋君に何かをされたわけじゃない。
委員長も八木橋君も、沢山考えて決めてくれてたんだもの。なのに私だけ、それも『相手が男の人だから出来ません』なんて……ただそれだけの理由で決め直してくれなんて言えないよ。
八木橋君だって、何もしてないのにそんなこと言われたらいい気はしないでしょう?
ペアって言っても、基本的にまとまって同じ場所で作業するんだよね? それなら問題なく出来るかもしれないし。
それに……いつまでも今のままではいられない」
「亜姫。無理はしないって決めただろ」
和泉は厳しい顔で、引き止めるように亜姫の腕を掴む。
困ったような笑みを浮かべたまま、亜姫はその顔を見上げた。
「うん、無理はしない。怖いと思う気持ちは誤魔化さないし隠さない。皆にちゃんと言う。八木橋君にも、その時はちゃんと伝える。必要ならペアも変えてもらうよう相談する。
でも、でもね。もしかしたら……私のやりたいことが出来るだけじゃなくて、日常が戻る一つのキッカケになるかもしれない。
和泉がいない状態でこういうのをしたことがないから、今はなんとも言えないけど。一度、やってみて……それから決めたい」
お願いするように皆の顔を見回すと、揃って大きな溜息が帰ってきた。
「亜姫が言い出したら聞かないのは今更か」
「まあ、しばらくは私も沙世莉も一緒だしね。様子見しましょ」
「和泉、お前もやること沢山あんだからな。王子役免除してやったんだから、その分働けよ?」
「和泉。サボるようなら戸塚と交代させるからね。無駄に八木橋の邪魔しに行くのはやめてよ?」
やりかねないと皆が笑う中、和泉はひとり不満を隠さず不貞腐れていた。
その様子から、心配しているのが痛いほど伝わってくる。
その気持ちを掬うように、亜姫は机の下で和泉の手を握った。
和泉は何も言わなかったが、その手を強く握って離さなかった。
そして翌日、班ごとの仕事が始まった。
大道具係は買い出しに、他の係も各自出払っていく。
亜姫達は早速ペアで仕事を始めることになった。
それぞれが作る物は決まっているので、まず材料を用意しなければならない。細かい内容はそれぞれに一任されており、ペアで動けと指示が出る。
いきなり、困ったことになってしまった。
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