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高3

あんず飴とジャガバター(7)

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 いよいよ花火が始まった。
 亜姫は和泉の隣で最後のあんず飴を食べている。
 
「おいしい?」
 そう聞く和泉を亜姫は睨む。
「もう、あげないからね。これに触っちゃ駄目なんだから」
 警戒心を剥き出しにする亜姫が可愛くて、和泉は笑ってしまった。
 
 ここが穴場の観賞場所だと知る人は他にもいて、花火が始まる頃には人が増えてくる。気づけば、周りが随分騒がしくなっていた。

 状況を考慮して、和泉は足の間へ亜姫を誘導した。 
「やだ、いいよ。なんか恥ずかしい……」
「暗いから見えねーよ、ここなら安心だろ? ほら、おいで」
 グイッと手を引けば、亜姫は思ったよりもすんなり収まった。
 和泉に包みこまれる感覚に安心したのか、亜姫がホゥッと息を吐く。そのまま背中を預けて体の力を抜いていく。

 和泉はその体を包むように両手を絡め、耳元でこそっと囁いた。
「こうやって亜姫と花火見るの……実は、ずっと夢見てた」
「そうなの?」
「うん。お前を好きだと自覚したのは1年の10月だって言ったじゃん? でもあの年の祭りの時、もう頭ん中はお前の事ばっかだった。……今思えば、だけど」
 
 聞いている亜姫は照れくさそうに笑う。
 
「まぁ、いつも通り過ごしてたんだけど。でも、妙にカップルばっか目についちゃってさ。
 亜姫と手繋いで歩いたり、花火一緒に見たり……一緒に過ごす想像ばっかりしてたな。
 それでも好きだと気づかなかったなんて、自分に呆れるよ。道理で、恋愛童貞だって遊ばれてたわけだ。
 『亜姫のことが好きなんだろ』って言われた時、俺、本当に全てが理解出来なくて。あいつらに散々笑われたもん」
 
 当時を思い出したのか、和泉はげんなりする。それを見上げて亜姫はふふっと笑った。
 
「それは私も同じ。麗華から言われるまで自分じゃわからなかったもの。
 和泉を好きだって知って、自分が一番驚いたんだよね……それでおかしくなっちゃって。
 それで付き合うことになったんだよね、そう言えば」

 考えてみたら、あれは相当おかしな告白だった。あの時を思い出して、亜姫はくすくす笑う。
 
「ニ年前かぁ……あ、プルプルおっぱいのお姉さんといたところに遭遇しちゃった頃かな?
 初めて和泉を見たのもあの時だったよね、懐かしい。
 あっ! 和泉のこと、毎日違う子とシてる最低な人だと思ってた頃だ! そうだ……すごくつまらなそうな顔で女の子とシてて、最低って思ったんだった」
 
 亜姫は懐かしいと楽しそうに話しているが、和泉にとっての二年前は、色んな意味で絶望に浸っていた時期だ。思わずガックリと肩を落としてしまう。
 
「それ、もう言うなって……全部忘れろ。でも、女と関わりはあったけど彼女はお前だけだからな? そこはちゃんと信じてな?」
 
 そして、和泉が亜姫の頬に軽くキスをしたところで。
 
「へぇ……少なくとも二年前には好きだったと」
「そんな前から、カップルばっか見て羨んでたんだ」
「女とヤりまくりなのに恋愛童貞……」
「つまらなそーな顔して携帯いじってたのに、脳内はお花畑だったのか」
「他の女とヤってるとこ見られるとか、確かに最低。そんな出会いでよく付き合えたね」

 思わず顔を向けると、にやける皆がいた。
 
「……聞いてんじゃねーよ」
 和泉がきまずそうに顔を背ける。
「こんなとこで話すお前が悪いんだろ」
「亜姫、その辺の話をもっと詳しく」
「……あれ? じゃあ、なんで去年の祭りに連れてこなかったの?」
 麻美の疑問に、皆がしばし沈黙。
 
 その後、一斉にわあっと騒ぎ立てた。
「お前、俺らに会わせたくなかったんだろ!」
「そんなに夢見てたくせに!」
「どうりで文化祭でも会わせねーはずだよ!」
「こいつ、夢より独占する方取ったんだ!」
「さすが恋愛童貞、余裕ないわぁ!」
 ツッコミの嵐がこれでもかと降り注ぐ。
 
「うるせぇな。そうだよ……悪いか」
 不貞腐れたように言い捨てて、口に手を当てて横を向く和泉。
 亜姫が見上げると、和泉の耳が赤く染まっていた。
 
 照れてる……。 
 滅多に見られない姿に、亜姫の胸がトクンと高鳴った。
 去年の夏は、付き合いだして間もない頃だ。初体験をしたり喧嘩をしたり、何かと気持ちが揺れ動いていたのを覚えている。
 あの頃は、なにか起こるたびに二人の仲が深まった。知れば知るほど和泉を好きになる日々で、今となってはどれも楽しく懐かしい思い出だ。
 
 亜姫は幸せそうに微笑むと、和泉にもたれかかった。
「毎年のお祭り、いつも楽しみにしててすごく大事な時間だって言ってたもんね。
 皆のことは信用してて大切だって言うの、なっとグッ」
 続きは話せなかった。和泉が思いきり口を塞いだから。
 
 圭介達が皆、こっちを見て固まっている。
 
「バカ、お前それは駄目……」
 口を塞いだ和泉が慌てている。
「……え、どうして?」
 意味が分からない亜姫。
 
「お前……そんなこと思ってたのかよ……」
「俺、ちょっと感動しちゃうんだけど」
「カイの口からそんなこと聞く日が来るなんて信じらんねぇ」
 唖然とする彼らを見るに、和泉が内緒にしてた話だったらしい。
 
「えっと、ごめんね……?」
「バカ」
 不貞腐れ気味にそう言ったあと、和泉は亜姫の頭を撫でて。それから「いーから、花火見ろよ」と、追い払うように手を振った。
 
 皆がそれに笑い、今度こそ落ち着いて花火を見る。
 
 
 しばらく見入っていた和泉だったが、音が聞こえた気がして視線を落とした。
「……亜姫?」

 返事の代わりに鼻をすする音がした。
 
 何か、思い出したのだろうか?
 和泉は亜姫を自分の方へ向かせる。
 顔を見ると、やはり泣いていた。
 
「どうした? なにか嫌な事でも思い出した……?」
 
 それにも答えず、亜姫はただふるふると首を振る。

「違うの。ごめん、そうじゃない」
 顔に笑顔をのせて言うけれど、亜姫の涙は止まらなかった。
 
「今日ね……本当に人生終わりだと思ったの。もう何もかも嫌になって、全部いらない! って思った。
 でも、今こうして皆と一緒に花火見てて、なんだかすごく幸せだな……って。
 あんな気持ちでいたはずなのに、こんなに幸せでいいのかなって思ったら……なんか、止まらなくなっちゃった」
 亜姫は涙を拭いながら、そう言って笑う。
 
「いいに決まってんだろ」
 和泉は亜姫が愛おしくなって、ギューッと抱きしめた。
 
「私、勝手に逃げだしたのに……迎えに来てくれてありがとう。また、ここに連れてきてくれてありがとう」
 皆に向かってお礼を言い、亜姫は泣きながら嬉しそうに笑う。
 
 その顔は本当に幸せそうで。麻美達の胸にも、熱くこみ上げてくるものがあった。
 
「また、来年も一緒に過ごそうな」
「イベントはまだ沢山あるから」
 
 そう言ってくれた彼らとまた花火を見上げて。
 亜姫は笑顔で一日を終えた。
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