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高3
あんず飴とジャガバター(2)
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亜姫の心臓がまた、バクンと大きな音を立てた。
彼女に言われたことが脳裏に蘇り、顔が強張る。
大丈夫、大丈夫……。自分に強く言いきかせる。
和泉に言われた様々な言葉を思い返してみる。
夢だと思っていた中で繰り返し聞いた、沢山の言葉。
あの時も今も感じる、和泉の温かさと安心感。
麻美達の顔や笑い声。
すると、徐々に気持ちが落ち着いてきた。
「……あんず飴、食べたい」
声がちょっと震えてしまったが、和泉は気持ちを悟ってくれたようだ。
「下、向いてろ。俺がいいって言うまで絶対喋るなよ?」
心臓の音が、耳の中で鳴っているようだ。
起こった出来事に疲れた体。そこに緊張までもが追加され、足がうまく動かない。
亜姫は自分を叱咤して、足を前に運んだ。
「和泉っ!」
祥子は先ほどの事など無かったかのように、爽やかに声をかけてくる。千葉と鈴木はいなかった。
今までの和泉なら、変わらぬ態度で接していただろう。祥子もそれをよく知った上で、和泉や周囲への印象操作を図ろうとしている。
ほんの一瞬、祥子が強烈な悪意を亜姫に向けた。和泉はそれを見逃さず、祥子に冷たい視線を投げながら告げる。
「もう、させねぇよ?」
この一言で、祥子は全てがバレたと理解した。
自分が和泉にとって『どうでもいい存在』から『排除すべき存在』に変わったことも。
その瞬間、祥子は態度を豹変させて亜姫への悪意を剥き出しにする。
「あんた、まだいたんだ? とっくに帰ったと思ってたのに」
「さっきまで、いなかったんだけどな」
和泉は今までと変わらぬ無表情で告げる。
亜姫は、言われた通り俯きがちに佇んだ。
「へぇ……わざわざ戻ってきたんだ。男漁りに失敗して、今度はこれが私のです! ってアピールでもしにき……」
「逆な」
「え?」
「俺が見せびらかしたくて。だからわざわざ戻ってきた」
俯く亜姫を見つめて、和泉はその頬にチュッとキスを落とす。
ボフッと真っ赤になり固まる亜姫。和泉は軽く笑い、甘い顔でその顔を覗き込んだ。
それを見た祥子の顔が歪む。
「……正気? そんなの相手にするなんて、どうかしてる……」
「さっき」
「え?」
「汚れてたから、消毒しに帰った」
「は?」
「大事なものに、手垢がついて汚れちゃって」
先ほどの自分達を揶揄されていると分かり、祥子の顔がますます醜く歪む。
「今更じゃない。この女、もう汚れきって……」
「俺、今日は無理だと諦めてたんだけど」
彼女が話すのを全て途中で遮って、和泉はやたら爽やかに言い切った。
「お前らのおかげでたっぷり消毒できた。
俺が夢中になりすぎて、こいつが立てなくなっちゃったけど」
そして、完全に言葉を失くした祥子を無視して
「亜姫?……あーぁ、腰に全然力が入らねーじゃん。ごめんな?」
からかうように言いながら亜姫の腰を引き寄せ、和泉は彼女の脇をすり抜けた。
わざとらしく、蕩けるような笑顔で亜姫の顔を見つめながら。
「消毒」の意味が絶対にバレているとわかってしまった私は、別の意味で倒れそうです。むしろ、今こそ倒れる時!
と、亜姫は思った。
こんな人混みの中で、ただでさえ注目されてる和泉がそんな話を堂々としないでよ!
しかも「消毒」のくだりを、わざと大きい声で言った!
という抗議を込めて睨みつけてみたが、本人はいたくご機嫌で。あまりに楽しそうなので、亜姫も怒る気が失せてしまう。
今日の目的は『祭りを楽しむ』だったから、まぁいいか? と気持ちを切り替えて、そのままあんず飴を買いに向かった。
◇
久々のあんず飴。屋台の看板が見えて来ると、亜姫は目に見えて浮かれ出した。
「そんなに好きなの?」
亜姫の浮かれっぷりに和泉は笑う。
「うん! 和泉は食べたことない?」
「ない。甘いんだろ?」
「あぁ、和泉は甘いの食べないもんね」
あんず飴の中身は色々あるが、亜姫はスモモが好き。逆にスモモ以外は食べない。
見た目がなんだか可愛くて好き。
透明な水飴のトロっとした感じとスモモの赤が綺麗で好き。
受け皿代わりの最中に残った、ほんのりスモモの酸っぱさが混じった水飴。それを最後に最中ごと食べるのも好き。
じゃんけんして、勝つと追加で貰えるシステムも楽しくて好き!
あんず飴の素晴らしさをこれでもかと語る亜姫に「愛が深すぎる」と和泉が笑う。そんな話をしてる間に、売り場に着いた。
「2個は食べたい」
そう言って真剣にジャンケンする亜姫。そして合計4個、手に入れた。
「そんなに沢山、どーするんだよ」
「全部一人で食べる!」
大喜びの亜姫は売り場のおばさんと会話を楽しみ、一個だけ手にして残りは袋に入れた。
袋にしまわれていくあんず飴を楽しそうに眺める亜姫の姿を、和泉は目を細めてずっと見ていた。
彼女に言われたことが脳裏に蘇り、顔が強張る。
大丈夫、大丈夫……。自分に強く言いきかせる。
和泉に言われた様々な言葉を思い返してみる。
夢だと思っていた中で繰り返し聞いた、沢山の言葉。
あの時も今も感じる、和泉の温かさと安心感。
麻美達の顔や笑い声。
すると、徐々に気持ちが落ち着いてきた。
「……あんず飴、食べたい」
声がちょっと震えてしまったが、和泉は気持ちを悟ってくれたようだ。
「下、向いてろ。俺がいいって言うまで絶対喋るなよ?」
心臓の音が、耳の中で鳴っているようだ。
起こった出来事に疲れた体。そこに緊張までもが追加され、足がうまく動かない。
亜姫は自分を叱咤して、足を前に運んだ。
「和泉っ!」
祥子は先ほどの事など無かったかのように、爽やかに声をかけてくる。千葉と鈴木はいなかった。
今までの和泉なら、変わらぬ態度で接していただろう。祥子もそれをよく知った上で、和泉や周囲への印象操作を図ろうとしている。
ほんの一瞬、祥子が強烈な悪意を亜姫に向けた。和泉はそれを見逃さず、祥子に冷たい視線を投げながら告げる。
「もう、させねぇよ?」
この一言で、祥子は全てがバレたと理解した。
自分が和泉にとって『どうでもいい存在』から『排除すべき存在』に変わったことも。
その瞬間、祥子は態度を豹変させて亜姫への悪意を剥き出しにする。
「あんた、まだいたんだ? とっくに帰ったと思ってたのに」
「さっきまで、いなかったんだけどな」
和泉は今までと変わらぬ無表情で告げる。
亜姫は、言われた通り俯きがちに佇んだ。
「へぇ……わざわざ戻ってきたんだ。男漁りに失敗して、今度はこれが私のです! ってアピールでもしにき……」
「逆な」
「え?」
「俺が見せびらかしたくて。だからわざわざ戻ってきた」
俯く亜姫を見つめて、和泉はその頬にチュッとキスを落とす。
ボフッと真っ赤になり固まる亜姫。和泉は軽く笑い、甘い顔でその顔を覗き込んだ。
それを見た祥子の顔が歪む。
「……正気? そんなの相手にするなんて、どうかしてる……」
「さっき」
「え?」
「汚れてたから、消毒しに帰った」
「は?」
「大事なものに、手垢がついて汚れちゃって」
先ほどの自分達を揶揄されていると分かり、祥子の顔がますます醜く歪む。
「今更じゃない。この女、もう汚れきって……」
「俺、今日は無理だと諦めてたんだけど」
彼女が話すのを全て途中で遮って、和泉はやたら爽やかに言い切った。
「お前らのおかげでたっぷり消毒できた。
俺が夢中になりすぎて、こいつが立てなくなっちゃったけど」
そして、完全に言葉を失くした祥子を無視して
「亜姫?……あーぁ、腰に全然力が入らねーじゃん。ごめんな?」
からかうように言いながら亜姫の腰を引き寄せ、和泉は彼女の脇をすり抜けた。
わざとらしく、蕩けるような笑顔で亜姫の顔を見つめながら。
「消毒」の意味が絶対にバレているとわかってしまった私は、別の意味で倒れそうです。むしろ、今こそ倒れる時!
と、亜姫は思った。
こんな人混みの中で、ただでさえ注目されてる和泉がそんな話を堂々としないでよ!
しかも「消毒」のくだりを、わざと大きい声で言った!
という抗議を込めて睨みつけてみたが、本人はいたくご機嫌で。あまりに楽しそうなので、亜姫も怒る気が失せてしまう。
今日の目的は『祭りを楽しむ』だったから、まぁいいか? と気持ちを切り替えて、そのままあんず飴を買いに向かった。
◇
久々のあんず飴。屋台の看板が見えて来ると、亜姫は目に見えて浮かれ出した。
「そんなに好きなの?」
亜姫の浮かれっぷりに和泉は笑う。
「うん! 和泉は食べたことない?」
「ない。甘いんだろ?」
「あぁ、和泉は甘いの食べないもんね」
あんず飴の中身は色々あるが、亜姫はスモモが好き。逆にスモモ以外は食べない。
見た目がなんだか可愛くて好き。
透明な水飴のトロっとした感じとスモモの赤が綺麗で好き。
受け皿代わりの最中に残った、ほんのりスモモの酸っぱさが混じった水飴。それを最後に最中ごと食べるのも好き。
じゃんけんして、勝つと追加で貰えるシステムも楽しくて好き!
あんず飴の素晴らしさをこれでもかと語る亜姫に「愛が深すぎる」と和泉が笑う。そんな話をしてる間に、売り場に着いた。
「2個は食べたい」
そう言って真剣にジャンケンする亜姫。そして合計4個、手に入れた。
「そんなに沢山、どーするんだよ」
「全部一人で食べる!」
大喜びの亜姫は売り場のおばさんと会話を楽しみ、一個だけ手にして残りは袋に入れた。
袋にしまわれていくあんず飴を楽しそうに眺める亜姫の姿を、和泉は目を細めてずっと見ていた。
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