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高3
あんず飴とジャガバター(1)
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亜姫が落ち着くのを待って会場へ戻ると、麻美と隆が「お帰り!」と嬉しそうに出迎えた。何があったのか聞いていたのだろうが、彼らは何も言わなかった。
亜姫が小さな声で「……ただいま」と言うと、麻美は抱きついてマシンガントークを始め、謝る隙を与えなかった。
これは麻美なりの優しさだ。しかし、やり過ぎたようで皆からうるさいと怒られ、最後は不貞腐れて亜姫を笑わせた。
「花火まであんまり時間がない。屋台を見に行っちゃおうか、食べたいのがあるんだろ?」
和泉の声に亜姫は頷く。
あんず飴と、ジャガバター。食べたい。
聞けばジャガバターが絶品らしい。そして、それを作っているのはなんと圭介の親だと言う。
圭介の家は駅前にある定食屋で、この祭りの時はジャガバターを売っている。もともとおいしいと評判の店だが、中でも有名な一品で祭りでも大好評だ。
そう聞いて、亜姫はますます食べたくなった。
皆といたのは会場から少し離れた場所。そこは人がいないので気づかなかったが、夜を迎えた会場は昼以上の大混雑だった。
その中へ進むのに、亜姫は少し躊躇する。
「人がすごいな。やめとく? 俺が買ってこようか?」
怖い。
だけど、屋台も気になる。
散々泣き喚いてすっきりしてしまったのか、亜姫は今までになく開放的になっていた。
なんだか気も大きくなり、チャレンジ大事! という気分。
「亜姫と祭りを楽しみたい」
和泉の言葉が亜姫の背中を押した。
「行けるとこまで頑張ってもいい? でも、無理だと思ったら買わないで戻る」
「よし。じゃあ何かあったらすぐ言えよ?」
和泉は、いつもより強く亜姫を引き寄せた。
そして何かと気遣う和泉のおかげで、無事にジャガバターの店に辿り着いた。
いいにおい!
亜姫は大きく息を吸う。
それに刺激されたのか、お腹が大きく鳴った。
屋台の中から威勢のいい男性の声。背中を向けて作業しているその人に、和泉は声をかけた。
「おっちゃん」
「ん? おぉ、カイか。お前、最近全然顔出さねぇな、ちゃんとメシ食ってるか? 久々に食いに来いよ!」
ニカッと笑いながら振り返ったのはマッチョなおじさん。その体が亜姫を見た途端、ビシリと音がしたように固まる。
「……カイ……おま、それ……もしかして……」
「久しぶり。メシ食ってるよ。明日行く。
この子、もしかしなくても俺の彼女。ジャガバター食べたいんだって。二個ちょーだい」
「亜姫か!!」
「なんで名前知ってんだよ、教えてねーのに。つーか、勝手に呼び捨てすんな」
「おっまえ、今日はよく喋るなぁ!! 亜姫、ジャガバター食いに来たのか!? 俺のは上手いぞぉ! 出来立てをやるから、こっちで待ってろ!」
「だから呼ぶなって」
「母ちゃん! カイが亜姫連れてきた!」
「おい、話聞けよ」
微妙にズレたまま進む会話。
亜姫は思わず笑ってしまった。
随分仲良しだと思っていたら、幼馴染の家族は小さな頃から和泉の面倒を見ていたらしい。
兄の冬夜と共に親代わりを務めていたらしく、和泉の親とも皆さん知った仲だとか。
「母ちゃん」と呼ばれて出て来た圭介の母も明るくよく喋る人で、みんな亜姫に会うのを楽しみにしていると聞かされた。
勢いがあるおじさんのおかげで、亜姫は周りの人混みを意識せず笑いっぱなしのひとときを過ごせた。
そして、頼んだのは二個なのに特大サイズの出来立てを三個もくれて、お金も受け取ってくれず。
じゃあ代わりにと、近々店に行く約束をしてその場を後にした。
「うるさかったろ? あのおっちゃん、いつもあの調子なんだよ」
「ううん、すごく楽しかった! おかげで怖かったのが薄れちゃった」
圭介と麻美の親は賑やかでアバウト。
健吾の親はしっかりしていて説教好き。
隆の家は聞き上手、颯太の親は自主性尊重派だけど報告しないと怒られる。
麻美の姉、圭介の妹。
健吾は兄・弟と男ばかり。
隆は姉・妹がいて颯太には兄。
それぞれの上の子、下の子も同じ年で皆仲良し。
それで家族ぐるみの付き合いが始まって、親同士の気も合った結果、大家族みたいな環境の中で和泉が育ってきたのだと亜姫は初めて知った。
圭介・隆・健吾の家は昔からサッカーに夢中。
颯太の家は同じくバレーボール。それぞれの大会には皆で応援に駆けつける。
自分の親兄弟だけでなく、何かあればその環境の中で誰かがアドバイスや叱咤を分け隔てなくしてくれていた。おかげで子供達は伸び伸びとした環境で育ち、反抗期を拗らせることもなく。
親と喧嘩すれば他の親が間に入り、家を飛び出せば別の家の兄弟姉妹が迎えに来て、そっちの家へ連れ帰ったりしていたそうだ。
麻美達に共通する、何でも受け入れてくれそうな大らかな雰囲気。それは、こういう環境だからかと納得してしまう。
和泉本人は、周りが賑やかだった為に自分の問題点を自覚していなかったらしい。親がそばにいないことも全く気にしていなかった。
ただ大人達は、和泉のことは全てが気がかりだったそうで。
先程、圭介の母から「皆で心配していたが安心した」と聞いて和泉も初めて知ったようだ。
「いいなぁ。私、一人っ子だから羨ましい」
「お前もこれからは一緒にいられるだろ」
あの輪の中に入れるのか。ちょっと、いやかなり嬉しいかも……。
そう思いながら歩いていると、不意に和泉が立ち止まる。
「亜姫。この先に祥子がいる。引き返そうか?」
和泉が小声で囁いた。
亜姫が小さな声で「……ただいま」と言うと、麻美は抱きついてマシンガントークを始め、謝る隙を与えなかった。
これは麻美なりの優しさだ。しかし、やり過ぎたようで皆からうるさいと怒られ、最後は不貞腐れて亜姫を笑わせた。
「花火まであんまり時間がない。屋台を見に行っちゃおうか、食べたいのがあるんだろ?」
和泉の声に亜姫は頷く。
あんず飴と、ジャガバター。食べたい。
聞けばジャガバターが絶品らしい。そして、それを作っているのはなんと圭介の親だと言う。
圭介の家は駅前にある定食屋で、この祭りの時はジャガバターを売っている。もともとおいしいと評判の店だが、中でも有名な一品で祭りでも大好評だ。
そう聞いて、亜姫はますます食べたくなった。
皆といたのは会場から少し離れた場所。そこは人がいないので気づかなかったが、夜を迎えた会場は昼以上の大混雑だった。
その中へ進むのに、亜姫は少し躊躇する。
「人がすごいな。やめとく? 俺が買ってこようか?」
怖い。
だけど、屋台も気になる。
散々泣き喚いてすっきりしてしまったのか、亜姫は今までになく開放的になっていた。
なんだか気も大きくなり、チャレンジ大事! という気分。
「亜姫と祭りを楽しみたい」
和泉の言葉が亜姫の背中を押した。
「行けるとこまで頑張ってもいい? でも、無理だと思ったら買わないで戻る」
「よし。じゃあ何かあったらすぐ言えよ?」
和泉は、いつもより強く亜姫を引き寄せた。
そして何かと気遣う和泉のおかげで、無事にジャガバターの店に辿り着いた。
いいにおい!
亜姫は大きく息を吸う。
それに刺激されたのか、お腹が大きく鳴った。
屋台の中から威勢のいい男性の声。背中を向けて作業しているその人に、和泉は声をかけた。
「おっちゃん」
「ん? おぉ、カイか。お前、最近全然顔出さねぇな、ちゃんとメシ食ってるか? 久々に食いに来いよ!」
ニカッと笑いながら振り返ったのはマッチョなおじさん。その体が亜姫を見た途端、ビシリと音がしたように固まる。
「……カイ……おま、それ……もしかして……」
「久しぶり。メシ食ってるよ。明日行く。
この子、もしかしなくても俺の彼女。ジャガバター食べたいんだって。二個ちょーだい」
「亜姫か!!」
「なんで名前知ってんだよ、教えてねーのに。つーか、勝手に呼び捨てすんな」
「おっまえ、今日はよく喋るなぁ!! 亜姫、ジャガバター食いに来たのか!? 俺のは上手いぞぉ! 出来立てをやるから、こっちで待ってろ!」
「だから呼ぶなって」
「母ちゃん! カイが亜姫連れてきた!」
「おい、話聞けよ」
微妙にズレたまま進む会話。
亜姫は思わず笑ってしまった。
随分仲良しだと思っていたら、幼馴染の家族は小さな頃から和泉の面倒を見ていたらしい。
兄の冬夜と共に親代わりを務めていたらしく、和泉の親とも皆さん知った仲だとか。
「母ちゃん」と呼ばれて出て来た圭介の母も明るくよく喋る人で、みんな亜姫に会うのを楽しみにしていると聞かされた。
勢いがあるおじさんのおかげで、亜姫は周りの人混みを意識せず笑いっぱなしのひとときを過ごせた。
そして、頼んだのは二個なのに特大サイズの出来立てを三個もくれて、お金も受け取ってくれず。
じゃあ代わりにと、近々店に行く約束をしてその場を後にした。
「うるさかったろ? あのおっちゃん、いつもあの調子なんだよ」
「ううん、すごく楽しかった! おかげで怖かったのが薄れちゃった」
圭介と麻美の親は賑やかでアバウト。
健吾の親はしっかりしていて説教好き。
隆の家は聞き上手、颯太の親は自主性尊重派だけど報告しないと怒られる。
麻美の姉、圭介の妹。
健吾は兄・弟と男ばかり。
隆は姉・妹がいて颯太には兄。
それぞれの上の子、下の子も同じ年で皆仲良し。
それで家族ぐるみの付き合いが始まって、親同士の気も合った結果、大家族みたいな環境の中で和泉が育ってきたのだと亜姫は初めて知った。
圭介・隆・健吾の家は昔からサッカーに夢中。
颯太の家は同じくバレーボール。それぞれの大会には皆で応援に駆けつける。
自分の親兄弟だけでなく、何かあればその環境の中で誰かがアドバイスや叱咤を分け隔てなくしてくれていた。おかげで子供達は伸び伸びとした環境で育ち、反抗期を拗らせることもなく。
親と喧嘩すれば他の親が間に入り、家を飛び出せば別の家の兄弟姉妹が迎えに来て、そっちの家へ連れ帰ったりしていたそうだ。
麻美達に共通する、何でも受け入れてくれそうな大らかな雰囲気。それは、こういう環境だからかと納得してしまう。
和泉本人は、周りが賑やかだった為に自分の問題点を自覚していなかったらしい。親がそばにいないことも全く気にしていなかった。
ただ大人達は、和泉のことは全てが気がかりだったそうで。
先程、圭介の母から「皆で心配していたが安心した」と聞いて和泉も初めて知ったようだ。
「いいなぁ。私、一人っ子だから羨ましい」
「お前もこれからは一緒にいられるだろ」
あの輪の中に入れるのか。ちょっと、いやかなり嬉しいかも……。
そう思いながら歩いていると、不意に和泉が立ち止まる。
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