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高3
祭り(6)
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おかしい。亜姫の発作がいつもと違う。
今いるのは会場から少し外れた穴場の場所で、この時間帯だと他に人はいない。亜姫の発作が他人の目に触れる心配はないが、いつもと違う様子に和泉は焦りを感じていた。
先程から、聞いた事が無い譫言を言い出している。
もう行かない。離れる。許して。
なんのことかと和泉が疑問に思った時、
「もうやめて!!」
亜姫がそう叫び、今までとは違う泣き方をし始めた。
恐怖ではなく、悲痛。和泉にはそのように感じられた。
そして、逃げるような動きから自分の体を守るような動きに変わる。
「亜姫……?」
和泉のことも拒否するような動きに、違和感を感じた。
こんな亜姫は見たことがない。
あの日と重なるような体験をしたせいか?
発作を無理やり押さえ込んでいたから?
石橋がいると泣くことはあっても「石橋が来た」と言ったことはない。まさか、本当にあの場にいたのか? いや、そんなはずはない。
亜姫は、いったい何を見ている……?
和泉は混乱してきた。しかしこのままにはしておけない。
逸る気持ちを抑えて、和泉はいつものように亜姫へ声をかけ続けた。
◇
「カイ……大丈夫?」
圭介の言葉に、和泉は指でマルを作る。
和泉の腕の中には、ウトウトし始めた亜姫。
「……もう、大丈夫」
和泉は亜姫を抱えたまま、ベンチを背もたれにして寄りかかる。そして、ようやく肩の力を抜いた。
八月にしては珍しく、今日は涼しい。程よく風もあり、ここは風の通りもいい。和泉は体にあたる風に身を委ねていた。
「カイ? 石橋って……石橋先輩のこと?」
麻美が遠慮がちに尋ね、和泉は「あぁ」と返事だけを返す。
学校が違う圭介達へ補足するように颯太が言った。
「一個上の、サッカー部だった人だよな? 部活を辞めてからあんまりいい噂を聞かなかった。退学になったって聞いてたけど」
「すごくモテる人だったんだけど、女関係のトラブルが絶えなかった人だよ。私は好きじゃなかった」
麻美はそこで言葉に詰まり、少し言いにくそうに続ける。
「亜姫のあの噂……やっぱり、本当だったんだ?」
和泉は、風に当てていた顔をゆっくりと麻美達に向けた。
「そうだよ。亜姫は……あいつらに襲われた」
和泉は、これまで事件の話を一切してこなかった。
亜姫とはいつか関わらせるつもりだったので、彼らに隠すつもりはなかった。だが、颯太達も聞いてはこなかったし、実際に会えば皆がありのままの亜姫を受け入れることは分かっていたので、前もって話す必要はないとも思っていた。機会がある時、必要に応じて話せばそれで済むと。
なので今、話をした。石橋とのこと、あの事件のこと、その後の亜姫のことを。
「本当は年末に連れて行きたかったんだよ。でも、無理だった」
大晦日は、幼馴染みの家族が勢揃いして賑やかに年越しを迎える。しかし、そこに亜姫を連れて行くことは叶わなかった。
去年、和泉は亜姫の家を出たあと一人でそこに向かい、亜姫についても一切口を割らなかったのだ。
「あの日以来、亜姫と手を繋いで外出することは出来なくなった。俺にくっついていれば安心できるみたいで、今日みたいに肩や腰を抱き寄せて歩くようにしてる。今は、それで何とか移動が出来てる。
外にいる時、俺はいつも亜姫の左側にいる。なぜか分かる?
石橋に何度も掴まれた左手を、また誰かに突然掴まれて連れていかれると怯えているからだよ。隙間がないぐらい左手を俺にくっつけて、俺の服を力いっぱい握り続けてるんだ」
今では、慣れた校内を麗華達と楽しみながら移動出来る。女子だけの場所であれば、和泉と離れても大丈夫だ。どちらも条件付きだけれど。
けれど、そうなるまでに長い時間を要してきた。
「これからお前らと会う機会が増えてくだろうけど、後ろから急に声かけたり、体を突然掴んだりしないように気をつけてやって。
時間をかけて、ほんとに少しずつ日常を取り戻してるんだ。
未だに夜は魘されて眠れないことが多い。でも、俺といる時だけは眠れるから……学校の協力を得て、どうしようもない時は昼に学校で寝てる」
「あぁ、だから時々二人でいなくなるのか」
颯太が思い出したように言う。
すると麻美が思い出した! と声を上げる。
「初恋暴露の話があったじゃない。あの時、元々は亜姫の噂話についてだったんだよね。
カイの話でうやむやになったんだけど……あの前には、既に亜姫がレイプされたらしいって噂は広まってた。
しばらく、包帯だらけだったんでしょ? 傷やキスマークじゃないかって話を聞いたことがあった」
和泉は頷く。
「亜姫は隠すつもりがなかったから。最初から、絶対バレると覚悟してた。だから、噂はわざと放置したんだ。
亜姫の場合、俺のせいで普段から話題には事欠かなかったし。勝手に言わせておけば、逆に事実をごまかせるしな」
広まる悪女話を自虐的に話し、和泉は皆を見た。
「石橋を確実に排除する方法を取った。だから警察にも通報したし、石橋はそれが元で退学になった」
それでも、今だにこうして苦しみ続けてる。今日は、更にあの日の再現を思わせる体験をしてしまった。
亜姫の顔を撫でながら、和泉は呟く。
「ようやく、人混みに挑戦出来るとこまで来たのに。また、元に戻っちゃうかもしれないな」
そこに、隆から疑問の声。
「そもそも、なんで祥子はあんなことをしたのかな?」
今いるのは会場から少し外れた穴場の場所で、この時間帯だと他に人はいない。亜姫の発作が他人の目に触れる心配はないが、いつもと違う様子に和泉は焦りを感じていた。
先程から、聞いた事が無い譫言を言い出している。
もう行かない。離れる。許して。
なんのことかと和泉が疑問に思った時、
「もうやめて!!」
亜姫がそう叫び、今までとは違う泣き方をし始めた。
恐怖ではなく、悲痛。和泉にはそのように感じられた。
そして、逃げるような動きから自分の体を守るような動きに変わる。
「亜姫……?」
和泉のことも拒否するような動きに、違和感を感じた。
こんな亜姫は見たことがない。
あの日と重なるような体験をしたせいか?
発作を無理やり押さえ込んでいたから?
石橋がいると泣くことはあっても「石橋が来た」と言ったことはない。まさか、本当にあの場にいたのか? いや、そんなはずはない。
亜姫は、いったい何を見ている……?
和泉は混乱してきた。しかしこのままにはしておけない。
逸る気持ちを抑えて、和泉はいつものように亜姫へ声をかけ続けた。
◇
「カイ……大丈夫?」
圭介の言葉に、和泉は指でマルを作る。
和泉の腕の中には、ウトウトし始めた亜姫。
「……もう、大丈夫」
和泉は亜姫を抱えたまま、ベンチを背もたれにして寄りかかる。そして、ようやく肩の力を抜いた。
八月にしては珍しく、今日は涼しい。程よく風もあり、ここは風の通りもいい。和泉は体にあたる風に身を委ねていた。
「カイ? 石橋って……石橋先輩のこと?」
麻美が遠慮がちに尋ね、和泉は「あぁ」と返事だけを返す。
学校が違う圭介達へ補足するように颯太が言った。
「一個上の、サッカー部だった人だよな? 部活を辞めてからあんまりいい噂を聞かなかった。退学になったって聞いてたけど」
「すごくモテる人だったんだけど、女関係のトラブルが絶えなかった人だよ。私は好きじゃなかった」
麻美はそこで言葉に詰まり、少し言いにくそうに続ける。
「亜姫のあの噂……やっぱり、本当だったんだ?」
和泉は、風に当てていた顔をゆっくりと麻美達に向けた。
「そうだよ。亜姫は……あいつらに襲われた」
和泉は、これまで事件の話を一切してこなかった。
亜姫とはいつか関わらせるつもりだったので、彼らに隠すつもりはなかった。だが、颯太達も聞いてはこなかったし、実際に会えば皆がありのままの亜姫を受け入れることは分かっていたので、前もって話す必要はないとも思っていた。機会がある時、必要に応じて話せばそれで済むと。
なので今、話をした。石橋とのこと、あの事件のこと、その後の亜姫のことを。
「本当は年末に連れて行きたかったんだよ。でも、無理だった」
大晦日は、幼馴染みの家族が勢揃いして賑やかに年越しを迎える。しかし、そこに亜姫を連れて行くことは叶わなかった。
去年、和泉は亜姫の家を出たあと一人でそこに向かい、亜姫についても一切口を割らなかったのだ。
「あの日以来、亜姫と手を繋いで外出することは出来なくなった。俺にくっついていれば安心できるみたいで、今日みたいに肩や腰を抱き寄せて歩くようにしてる。今は、それで何とか移動が出来てる。
外にいる時、俺はいつも亜姫の左側にいる。なぜか分かる?
石橋に何度も掴まれた左手を、また誰かに突然掴まれて連れていかれると怯えているからだよ。隙間がないぐらい左手を俺にくっつけて、俺の服を力いっぱい握り続けてるんだ」
今では、慣れた校内を麗華達と楽しみながら移動出来る。女子だけの場所であれば、和泉と離れても大丈夫だ。どちらも条件付きだけれど。
けれど、そうなるまでに長い時間を要してきた。
「これからお前らと会う機会が増えてくだろうけど、後ろから急に声かけたり、体を突然掴んだりしないように気をつけてやって。
時間をかけて、ほんとに少しずつ日常を取り戻してるんだ。
未だに夜は魘されて眠れないことが多い。でも、俺といる時だけは眠れるから……学校の協力を得て、どうしようもない時は昼に学校で寝てる」
「あぁ、だから時々二人でいなくなるのか」
颯太が思い出したように言う。
すると麻美が思い出した! と声を上げる。
「初恋暴露の話があったじゃない。あの時、元々は亜姫の噂話についてだったんだよね。
カイの話でうやむやになったんだけど……あの前には、既に亜姫がレイプされたらしいって噂は広まってた。
しばらく、包帯だらけだったんでしょ? 傷やキスマークじゃないかって話を聞いたことがあった」
和泉は頷く。
「亜姫は隠すつもりがなかったから。最初から、絶対バレると覚悟してた。だから、噂はわざと放置したんだ。
亜姫の場合、俺のせいで普段から話題には事欠かなかったし。勝手に言わせておけば、逆に事実をごまかせるしな」
広まる悪女話を自虐的に話し、和泉は皆を見た。
「石橋を確実に排除する方法を取った。だから警察にも通報したし、石橋はそれが元で退学になった」
それでも、今だにこうして苦しみ続けてる。今日は、更にあの日の再現を思わせる体験をしてしまった。
亜姫の顔を撫でながら、和泉は呟く。
「ようやく、人混みに挑戦出来るとこまで来たのに。また、元に戻っちゃうかもしれないな」
そこに、隆から疑問の声。
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