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高3
祭り(1)
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亜姫と和泉がお茶をしていると、偶然通りがかった麻美が声をかけてきた。
「お祭り?」
「うん、そう。私達、毎年行ってるんだけど今年は亜姫も一緒にどうかなって。
行こうよ。皆、亜姫に会いたがってる」
亜姫が和泉の顔を見ると、彼も同意するように頷く。
「俺も誘おうと思ってた。行ってみない?」
「ちょっと、考えさせて……」
亜姫は言葉を濁した。
行く! と即答するもんだと思っていた。和泉と麻美は顔を見合わせる。
亜姫には、素直に喜べない理由がいくつかあった。
祭りは好きだ。ほぼ毎年、地元付近の祭りに顔を出していた。でも今年は…………。
「人混みが不安?」
和泉に聞かれて、小さく頷いた。
だいぶ日常が戻ってきた。未だ一人ではどこにも行けないが、和泉がいれば大抵のことは違和感なくできるようになっている。
場所によっては、こうして放課後のお茶だって楽しめる。
しかし、祭り会場となると話は別だ。
混雑はプールの比ではないだろうし、周りをガードする浮き輪もない。
和泉達の地元で開催される祭りは規模が大きく、数日続いて最終日には花火まで上がる。
和泉達は毎年最終日に出向き、そこで一日過ごしているらしい。
幼馴染みの話をしたがらなかった和泉だが、ある時この祭りの話をしたことがあった。
彼らと過ごすこの日が、実は楽しみなのだと。何をするわけでも無いが、大事にしてる時間なのだと。また、幼馴染みの事も大切な存在なのだと聞いていた。
「そう思ってることに、最近ようやく気付いたんだ。亜姫のおかげ」
そう言う和泉からは、彼らを本当に大切に思っていることが伝わってきた。
かつては何もないと言っていた和泉に、こんなに大事にしているものがあったこと。
和泉が自らそれに気づき、嬉しそうな顔を見せたこと。
そして、それを知ることが出来たこと。
その全てに大きな喜びを感じた。
和泉が大事にしているものはいくつかあると感じているが、彼がハッキリと「大事だ」と口にしたのは自分以外では幼馴染達についてだけ。それだけで、自分なんかより遥かに長く過ごしてきた彼らとその時間が和泉にとってどれだけ大切なのか伺い知れる。
言葉は同じでも、自分に向けられる「大事」とは比べものにならないだろう。
そんな人達といざ会うと考えたら。
そんな輪の中に自分が入るのは、そもそも邪魔ではないかと思ってしまう。
そんな場所で、もし発作を起こしたら。
その大事な時間を台無しにしてしまうのではないか。
麻美以外は男性だと聞いているが、怖がらずにいられるだろうか。
もしそんな態度を取ることになったら、和泉の大事な人達に不快な思いをさせてしまうのではないか。
そして、和泉の大切な人達から……こんな自分は、果たして認めてもらえるだろうか。
和泉から大事にしてもらっている自覚はある。
しかし、自分に対してのよくない噂は以前から消えることなく囁かれ続けている……それが、この時初めて気になった。
和泉が思うように、彼らにとっても和泉は大事な存在だろう。和泉が隠し続けている自分がどんな人間なのか、恐らく気になっているに違いない。
和泉はあれからも幼馴染みの話をしたがらなかった。
麻美とは時折話をするが、和泉が自分達の話をされることもすることも嫌がる為に、彼女と踏み込んだ話はしてこなかった。
和泉が隠し事をしたがるなんて滅多にない。言わずにいたことはあれど、知られた上で隠すことはしなかった。何を見られても言われても基本的に気にしない彼が取るその行動は、自分と彼らをできるだけ関わらせたくないと如実に物語っていた。
会わせない理由は聞かされてはいたものの、頑なに話したがらない理由は明確に知らされていない。それが、ここに来て亜姫の不安を煽る。
亜姫は、噂を元にした口撃を受けることがある。
和泉と付き合いだしてから始まったそれは、未だに消えない。悪い噂ばかり立ち続ける自分が和泉のそばにいることを、果たして彼らは喜ぶだろうか。
そのうえ、今の亜姫は和泉に頼りきりだ。傍から見れば、あのとき麻美が言っていたように、和泉に張り付いて和泉の時間や自由を取り上げているように見えるのではないか。
何より自分が一番そう思っているし、改めて考えてみると「和泉に邪魔な存在」と言われがちだと気づいた。
彼らも、そう思うかもしれない。もしかしたら、既に和泉はそう言われているかもしれない。
麻美や和泉の話を聞く限り、そんな風に思われる事は無さそうだが……色んな不安を抱えたままの自分がすんなり受け入れてもらえるなんて、そう簡単に思うほど楽観的にもなれなかった。
人から見られる自分を普段気にすることはない。しかし、今の自分は「普通」ではない。
たとえ彼らが受け入れてくれたとしても………今の自分の状況が、和泉の数少ない大切なモノを壊してしまうことになるのではないか。亜姫はそれを何よりも怖れた。
そんな胸の内のいくつかを、ほんの少しだけ口に出してみる。
すると麻美は自信たっぷりに即答した。
「邪魔じゃないよ!それに私が気に入った人をあいつらが気に入らないはずがない。あの中で一番好き嫌いがあるの、私だもん!」
和泉も、亜姫を安心させるように優しく笑う。
「祭り、好きなんだろ? 俺もずっとついてるし、出来る範囲でいいから楽しんでみよう。
そろそろ、亜姫を皆に会わせたい」
二人の言葉に後押しされるように、祭りへの参加が決まった。
「お祭り?」
「うん、そう。私達、毎年行ってるんだけど今年は亜姫も一緒にどうかなって。
行こうよ。皆、亜姫に会いたがってる」
亜姫が和泉の顔を見ると、彼も同意するように頷く。
「俺も誘おうと思ってた。行ってみない?」
「ちょっと、考えさせて……」
亜姫は言葉を濁した。
行く! と即答するもんだと思っていた。和泉と麻美は顔を見合わせる。
亜姫には、素直に喜べない理由がいくつかあった。
祭りは好きだ。ほぼ毎年、地元付近の祭りに顔を出していた。でも今年は…………。
「人混みが不安?」
和泉に聞かれて、小さく頷いた。
だいぶ日常が戻ってきた。未だ一人ではどこにも行けないが、和泉がいれば大抵のことは違和感なくできるようになっている。
場所によっては、こうして放課後のお茶だって楽しめる。
しかし、祭り会場となると話は別だ。
混雑はプールの比ではないだろうし、周りをガードする浮き輪もない。
和泉達の地元で開催される祭りは規模が大きく、数日続いて最終日には花火まで上がる。
和泉達は毎年最終日に出向き、そこで一日過ごしているらしい。
幼馴染みの話をしたがらなかった和泉だが、ある時この祭りの話をしたことがあった。
彼らと過ごすこの日が、実は楽しみなのだと。何をするわけでも無いが、大事にしてる時間なのだと。また、幼馴染みの事も大切な存在なのだと聞いていた。
「そう思ってることに、最近ようやく気付いたんだ。亜姫のおかげ」
そう言う和泉からは、彼らを本当に大切に思っていることが伝わってきた。
かつては何もないと言っていた和泉に、こんなに大事にしているものがあったこと。
和泉が自らそれに気づき、嬉しそうな顔を見せたこと。
そして、それを知ることが出来たこと。
その全てに大きな喜びを感じた。
和泉が大事にしているものはいくつかあると感じているが、彼がハッキリと「大事だ」と口にしたのは自分以外では幼馴染達についてだけ。それだけで、自分なんかより遥かに長く過ごしてきた彼らとその時間が和泉にとってどれだけ大切なのか伺い知れる。
言葉は同じでも、自分に向けられる「大事」とは比べものにならないだろう。
そんな人達といざ会うと考えたら。
そんな輪の中に自分が入るのは、そもそも邪魔ではないかと思ってしまう。
そんな場所で、もし発作を起こしたら。
その大事な時間を台無しにしてしまうのではないか。
麻美以外は男性だと聞いているが、怖がらずにいられるだろうか。
もしそんな態度を取ることになったら、和泉の大事な人達に不快な思いをさせてしまうのではないか。
そして、和泉の大切な人達から……こんな自分は、果たして認めてもらえるだろうか。
和泉から大事にしてもらっている自覚はある。
しかし、自分に対してのよくない噂は以前から消えることなく囁かれ続けている……それが、この時初めて気になった。
和泉が思うように、彼らにとっても和泉は大事な存在だろう。和泉が隠し続けている自分がどんな人間なのか、恐らく気になっているに違いない。
和泉はあれからも幼馴染みの話をしたがらなかった。
麻美とは時折話をするが、和泉が自分達の話をされることもすることも嫌がる為に、彼女と踏み込んだ話はしてこなかった。
和泉が隠し事をしたがるなんて滅多にない。言わずにいたことはあれど、知られた上で隠すことはしなかった。何を見られても言われても基本的に気にしない彼が取るその行動は、自分と彼らをできるだけ関わらせたくないと如実に物語っていた。
会わせない理由は聞かされてはいたものの、頑なに話したがらない理由は明確に知らされていない。それが、ここに来て亜姫の不安を煽る。
亜姫は、噂を元にした口撃を受けることがある。
和泉と付き合いだしてから始まったそれは、未だに消えない。悪い噂ばかり立ち続ける自分が和泉のそばにいることを、果たして彼らは喜ぶだろうか。
そのうえ、今の亜姫は和泉に頼りきりだ。傍から見れば、あのとき麻美が言っていたように、和泉に張り付いて和泉の時間や自由を取り上げているように見えるのではないか。
何より自分が一番そう思っているし、改めて考えてみると「和泉に邪魔な存在」と言われがちだと気づいた。
彼らも、そう思うかもしれない。もしかしたら、既に和泉はそう言われているかもしれない。
麻美や和泉の話を聞く限り、そんな風に思われる事は無さそうだが……色んな不安を抱えたままの自分がすんなり受け入れてもらえるなんて、そう簡単に思うほど楽観的にもなれなかった。
人から見られる自分を普段気にすることはない。しかし、今の自分は「普通」ではない。
たとえ彼らが受け入れてくれたとしても………今の自分の状況が、和泉の数少ない大切なモノを壊してしまうことになるのではないか。亜姫はそれを何よりも怖れた。
そんな胸の内のいくつかを、ほんの少しだけ口に出してみる。
すると麻美は自信たっぷりに即答した。
「邪魔じゃないよ!それに私が気に入った人をあいつらが気に入らないはずがない。あの中で一番好き嫌いがあるの、私だもん!」
和泉も、亜姫を安心させるように優しく笑う。
「祭り、好きなんだろ? 俺もずっとついてるし、出来る範囲でいいから楽しんでみよう。
そろそろ、亜姫を皆に会わせたい」
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