上 下
202 / 364
高3

プールに(5)

しおりを挟む
「あー、気持ちいい………」
 大きな浮き輪の中に囲われ、和泉にかかえられて浮いている亜姫は、プールの中で流れに身を任せていた。
 
「傷、綺麗に消えたな。良かった」
 和泉が亜姫の背中に優しく触れる。
「そう? 痛みがなくなってからは、あんまり気にしてなかった」
 ふふっと笑う亜姫に少し呆れた顔を向け、和泉は再度その背を撫でる。
「俺はすごく気にしてた。他の男に付けられた跡なんて残したくねーし」
 
 あの事件の痕跡を消したかった、と言わないところに和泉の優しさを感じる。
 あくまでも、やきもちを焼いているだけだということにしたいらしい。亜姫は前を向いたまま、またふふっと嬉しそうに笑う。
 
「今日、来てよかった。意外と遊べたよな」
 和泉が感慨深そうに耳元で囁き、亜姫は閉じていた目を開ける。すると、横を向いた自分の顔に重なるように和泉の顔があった。

 不意に見えた顔にドキッとする。水に濡れた和泉はいつもより色っぽく見えて、それに惑わされていることを隠したくて亜姫は前に向き直る。 
「うん、そうだね。この浮き輪、わざわざ買ってくれたの?」
 和泉は軽く笑っただけで答えなかった。無言のそれが答えだ。
 
 プールに入る時、この人混みでは怖いだろうからと、和泉は二人で入れる浮き輪を用意していた。麗華と中に入りながら和泉達に引っ張ってもらったり、この中で和泉にくっつきながら泳いだりするのは予想以上の安心感をもたらしてくれた。そのおかげで一日こうして楽しめている。
 無理をして麗華と二人で来ていたら、言われた通り麗華を苦しめるだけだっただろう。いろんな意味で和泉には感謝しかない。
 
 そんな事を思いながら流れに身を任せていると、和泉が水の中に立ち、亜姫の体を抱き上げて体を反転させた。
 浮き輪に上半身を乗せて上を向いた和泉が、その上に亜姫を乗せる。抱き合うような格好になり、亜姫は顔を赤らめて離れようと藻掻いた。しかし足は水を蹴るだけで、体は離れることなく浮き輪がスイスイと進んでいく。

 和泉が「お、早い早い。もっと蹴って」と明るい声を出して笑っている。暴れた事で揺れた体が沈みそうになり、亜姫は思わず和泉の首に縋り付いた。
 その体を和泉がしっかりと抱きしめ、水の流れに身を任せて一緒にゆらゆらと揺れる。それがまた、心地良かった。

「……和泉」
「んー?」
「楽しいね」 
「うん、楽しい」
「………好き」
 首筋に顔を埋め、亜姫は和泉の耳元で囁いた。
 
 和泉は少し固まったあと、亜姫の横顔に軽いキスを落とす。

「人がいるのに……」
「皆似たようなことしてるよ。誰も見てねーって」
 もうっ! と膨れた声で呟いたものの、亜姫はしばらくの間その体勢で楽しんでいた。
 
 時折休憩したり、スライダーへ行ったり、足のつかない深いプールで泳いでみたり。あちこち場所を変えながら、結局夕方まで亜姫は楽しめた。
 
 夕飯も皆で食べることになったが、亜姫は疲れてしまったので和泉が家まで送り届ける。
 そして家を出たその足で、和泉は皆の元へ引き返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ハッピークリスマス !  

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

処理中です...