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高3
亜姫の家で(8)
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台所で慌ただしく動く母と、一足先に朝食を食べていた父。和泉は気まずさを堪えて静かに挨拶する。
二人からは何事もなかったかのような挨拶が帰ってきて、和泉は心の中でホーッと長い息をはいた。
どうやら先程の事は言わずにいてくれたようだ。
このままおばさんが墓場まで持っていってくれますようにと願っていると。
「よく眠れた?」
不意に、父から話しかけられた。
「はい。亜姫は起きなかったみたいで安心しました。すみません、俺も爆睡しちゃってて……。いったい何をしに来たんだか」
苦笑する和泉に父は笑う。亜姫の両親も昨夜はよく眠れたようで、それを聞いた和泉は安堵した。
「それにしても、二人ともよく寝てたわねぇ」
「うん、朝まで起きなかったのは初めてかも!」
「それは良かった。でも……ふふっ、可愛くて笑っちゃったわ、和泉君」
「えっ……? 俺、ですか?」
怪訝そうな和泉に、亜姫の母は飲み物を渡しながら再びふふっと笑う。
「大事な宝物抱えるみたいに亜姫のこと抱きしめて、嬉しそうに寝てるんだもの」
ゴフッ!
和泉は口に含んだ飲み物に思い切りむせた。
ゴホゴホと激しく咳き込む和泉に、母はあらあらと呑気な声を出す。
「本当に亜姫のことを大事にしてくれてるのね。前からわかっていたけど、こんなふうに大切にされてるのを見ると我が娘ながら羨ましくなっちゃうわ」
「おやおや? それは私に不満があると言いたいのかな?」
「あらやだ、そんなこと言ってないわよ。亜姫は幸せねって言いたいだけ」
ハハハと夫婦が楽しそうな掛け合いを楽しむ中、和泉は両手で顔を覆い、脱力したようにしゃがみ込む。
「和泉? どうしたの? まだ苦しい?」
亜姫が近づいて背中を擦ろうとするのを、和泉は体を捩って避けた。
いつもと違う態度に、亜姫が困惑して和泉の顔を覗き込んだ。
「和泉……? 耳、真っ赤だよ。大丈夫?」
「うるせぇ、なんも言うな」
驚く亜姫が和泉の手を退かそうとするが、和泉はそれを嫌がる。
「あら。照れちゃったかしら、もしかして?」
母の言葉に、和泉がまた喉に何かを詰まらせたような声を出した。
亜姫が驚き和泉を見つめると、和泉が手の間からちらりと亜姫を見返してくる。その顔は、あの拗ねた子供のそれだった。
「え、えっ……? どうして? 人の言うことなんて、いつも気にしないのに」
「無理………」
「えっ?」
「お前に必死こいたり気が緩んでるとこを指摘されんのはキツいって言ってんだろ……。それをお前の親に言われるとか、すごく恥ずかしい。
それに、みんな同じこと言うって………俺、一体どんな寝方をしてんだって話だろ………」
和泉がボソボソと言うと、一瞬の間の後、三人が声を上げて笑い出した。それにまた和泉が小さくなっていく。
母が「飲み物どうぞ」と言いながら、和泉の前の席をコンコンと叩いた。
和泉が顔を隠したまま立ち上がると、亜姫が笑いながら和泉を突っつき、顔を見せてと手を退かそうとする。
和泉は椅子に座りながら、亜姫の肩を反対側に押した。
「うるせぇ、見んな。お前、先に風呂入れよ」
「えー、やだ。こんなのなかなか見られないもん」
「いいから行けって」
「やだ」
亜姫は笑いながら和泉の顔を尚も覗こうとする。一緒に笑う両親の視線にも耐えられず、和泉はとうとう立ち上がった。
「あー、もう! 俺が先に入る。おばさん、シャワー借ります!」
顔を片手で隠したまま、和泉は洗面所に飛び込んだ。そのままズルズルと床にしゃがみ込む。
「あー……今すぐ隠れたい………」
そう呟いた時。
「からかいすぎちゃったわね」
真後ろから声がして、和泉は飛び上がった。
それにまた母がくすくすと笑う。
「はい、バスタオル。洗い物は亜姫の部屋に置いといたから」
「……はい、すみません……。ありがとうございます」
タオルを受け取ると、母は和泉の顔を面白そうに覗き込んだ。
「寝ぼけてた話は、お父さんには内緒にしといてあげる」
和泉は驚きすぎて思いきり息を吸い込んでしまい、また軽くむせた。
それを見て、母がまた面白そうに笑う。
「………もしかして、俺で遊んでません……?」
和泉が恨めしそうに見ると、母はごめんごめんと謝って、昨夜と同じく「ごゆっくりー」と言いながら出ていった。
二人からは何事もなかったかのような挨拶が帰ってきて、和泉は心の中でホーッと長い息をはいた。
どうやら先程の事は言わずにいてくれたようだ。
このままおばさんが墓場まで持っていってくれますようにと願っていると。
「よく眠れた?」
不意に、父から話しかけられた。
「はい。亜姫は起きなかったみたいで安心しました。すみません、俺も爆睡しちゃってて……。いったい何をしに来たんだか」
苦笑する和泉に父は笑う。亜姫の両親も昨夜はよく眠れたようで、それを聞いた和泉は安堵した。
「それにしても、二人ともよく寝てたわねぇ」
「うん、朝まで起きなかったのは初めてかも!」
「それは良かった。でも……ふふっ、可愛くて笑っちゃったわ、和泉君」
「えっ……? 俺、ですか?」
怪訝そうな和泉に、亜姫の母は飲み物を渡しながら再びふふっと笑う。
「大事な宝物抱えるみたいに亜姫のこと抱きしめて、嬉しそうに寝てるんだもの」
ゴフッ!
和泉は口に含んだ飲み物に思い切りむせた。
ゴホゴホと激しく咳き込む和泉に、母はあらあらと呑気な声を出す。
「本当に亜姫のことを大事にしてくれてるのね。前からわかっていたけど、こんなふうに大切にされてるのを見ると我が娘ながら羨ましくなっちゃうわ」
「おやおや? それは私に不満があると言いたいのかな?」
「あらやだ、そんなこと言ってないわよ。亜姫は幸せねって言いたいだけ」
ハハハと夫婦が楽しそうな掛け合いを楽しむ中、和泉は両手で顔を覆い、脱力したようにしゃがみ込む。
「和泉? どうしたの? まだ苦しい?」
亜姫が近づいて背中を擦ろうとするのを、和泉は体を捩って避けた。
いつもと違う態度に、亜姫が困惑して和泉の顔を覗き込んだ。
「和泉……? 耳、真っ赤だよ。大丈夫?」
「うるせぇ、なんも言うな」
驚く亜姫が和泉の手を退かそうとするが、和泉はそれを嫌がる。
「あら。照れちゃったかしら、もしかして?」
母の言葉に、和泉がまた喉に何かを詰まらせたような声を出した。
亜姫が驚き和泉を見つめると、和泉が手の間からちらりと亜姫を見返してくる。その顔は、あの拗ねた子供のそれだった。
「え、えっ……? どうして? 人の言うことなんて、いつも気にしないのに」
「無理………」
「えっ?」
「お前に必死こいたり気が緩んでるとこを指摘されんのはキツいって言ってんだろ……。それをお前の親に言われるとか、すごく恥ずかしい。
それに、みんな同じこと言うって………俺、一体どんな寝方をしてんだって話だろ………」
和泉がボソボソと言うと、一瞬の間の後、三人が声を上げて笑い出した。それにまた和泉が小さくなっていく。
母が「飲み物どうぞ」と言いながら、和泉の前の席をコンコンと叩いた。
和泉が顔を隠したまま立ち上がると、亜姫が笑いながら和泉を突っつき、顔を見せてと手を退かそうとする。
和泉は椅子に座りながら、亜姫の肩を反対側に押した。
「うるせぇ、見んな。お前、先に風呂入れよ」
「えー、やだ。こんなのなかなか見られないもん」
「いいから行けって」
「やだ」
亜姫は笑いながら和泉の顔を尚も覗こうとする。一緒に笑う両親の視線にも耐えられず、和泉はとうとう立ち上がった。
「あー、もう! 俺が先に入る。おばさん、シャワー借ります!」
顔を片手で隠したまま、和泉は洗面所に飛び込んだ。そのままズルズルと床にしゃがみ込む。
「あー……今すぐ隠れたい………」
そう呟いた時。
「からかいすぎちゃったわね」
真後ろから声がして、和泉は飛び上がった。
それにまた母がくすくすと笑う。
「はい、バスタオル。洗い物は亜姫の部屋に置いといたから」
「……はい、すみません……。ありがとうございます」
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「寝ぼけてた話は、お父さんには内緒にしといてあげる」
和泉は驚きすぎて思いきり息を吸い込んでしまい、また軽くむせた。
それを見て、母がまた面白そうに笑う。
「………もしかして、俺で遊んでません……?」
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