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高3
亜姫の家で(7)
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母が起こしに来た声で亜姫は目を覚ました。
部屋が明るい。朝だ。一度も夢を見なかった。
久々にスッキリした気持ちで顔を上げると、優しい笑顔の母と目が合った。
何の憂いもないこの笑顔を久し振りに見た。
あの日以降も母は笑みを絶やさなかったが、今まではその笑顔に哀しみや苦しみが見え隠れしていた。そのことに亜姫はようやく気づく。
ずっと、心配かけていたんだな……。
今更ながら、昨夜言われた言葉が身に沁みる。
我慢が必ずしもいいわけではないと、昨日学んだ。
今日からは親に甘えたり甘えてもらったりしよう。少しずつでいいから、そう出来るようになろう。
亜姫は心の中でそう決意した。
隣では和泉がまだ寝ている。
そういえば寝顔を殆ど見たことがない。まともに見たのはそれこそ昨日が初めてだったが、あれは泣いた後で他に気を取られていたし、夜中に見た時は自分も焦っていた。和泉の寝顔をじっくり見るなんて、初めてのことだ。
「和泉、起きて。朝だよ」
声をかけるが無反応。体を軽く揺すり、再度「起きて」と声をかける。
すると、彼が身じろぎした。しかし目は瞑ったまま「ん、あと少し……」と返事だけが返ってくる。
「眠い? もう少し寝る?」
「……もう起きる……迎えに行かねーと……」
「なんの迎え?」
「亜姫の……」
「今日は必要ないよ?」
「……なんで」
「いや、だって」
「うるっせぇな……俺が行きてぇんだって……朝イチで亜姫に会えんの……嬉、し………」
言いながら再び寝息を立てる和泉。完全に寝ぼけている。
亜姫はと言えば、思いがけない言葉に赤くなっていた。入り口に立つ母がやたらニヤけた笑みを向けてくる。
なんとも言えない空気に固まっていると、和泉がゆっくり目を開けた。
彼はしばらく微睡んでいたが、ゆっくり周りを見渡しすと何やら呟きだした。
「あれ、ここどこ?……亜姫? 何でいんの?
……あぁ、夢か。亜姫が朝から部屋にいるなんて、最高だな……」
寝転んだままの彼がフッと嬉しそうに笑う。と同時に亜姫の頭がグイッと引き寄せられ、そのまま口づけられた。
母が、口を開けて固まるのが見えた。
亜姫は慌てて和泉の体を押し返す。
「和泉っ、待って……っ」
「逃げんなよ」
そう囁いた和泉に力強く引き寄せられ、再びされたキスに亜姫の体は熱を帯びる。
と同時に、親に見られているという事実に焦りが募る。
混乱する頭でどうしようかと考えていたら和泉が再び顔を近づけてきたので、必死で押し返しながら叫んだ。
「和泉! お母さんが見てるから!!」
「誰だよそれ」
言いながらまだ続けようとする和泉の動きが、不意に止まる。
「………………おかあさん?」
そう呟くと、ゆっくりと部屋を見渡し……入り口に立つ母のところで視線が止まる。
「………………………あっ!!」
文字通り、弾かれたように和泉が飛び起きた。
ベッドの上に上半身を起こして、和泉は両手で頭を抱えこむ。
「えっ……? そうだ、お前んちに泊まって……寝かしつけ……っ、俺、寝てる……?」
そう言ってるかと思えば、いきなり亜姫を引き寄せ叫んだ。
「亜姫! 夜中どうした? 大丈夫か? うなされてない? 夜中、一人で泣いてないよな? ごめん! 全然気づかなくて……なにしてんだ俺……。しかも、超いい夢見てたし……って、あれ……っ!?」
言ってる途中から大きく目を見開いて、恐る恐る亜姫の頬に触れる。
「も……しかして……夢、じゃ、ない……?」
亜姫も思い出したら恥ずかしくなってきて、赤くなる顔を俯むかせて小さく頷く。すると、和泉はこれ以上ないほどの驚きを見せた。
「う、そだろ……夢………えっ、俺、へんなとこ触ったりしてないよな?」
慌てて亜姫の全身を確認し、
「あっ、服はちゃんと着てる……よかった……」
そう呟いたと思いきや、
「あぁ……もう、何してんだ俺……」
またボヤキながら、体を縮こまらせて頭を掻きむしる和泉。
しばし呆気に取られていた母だったが、どうやらこみ上げてくる笑いに耐えきれなかったようだ。突然、盛大に噴き出した。
「……あっ! すいません! マジで……本当に……あぁもうっ!」
すっかり忘れてたらしい母の存在を思い出して更に和泉が混乱し、再びまた母が爆笑する。
亜姫もつられて笑ってしまう。
「和泉、大丈夫? こんな姿、初めて見た。いったい、どうしちゃったの?」
「いやもう、なんだコレ………わけわかんねぇ……。
あぁ………寝ぼけて手ぇ出すとか最悪だ……。何の為に昨日あんなにガマ……。あっ! おばさん……いや、すみません俺ちゃんと寝かせて……本当に手は出してません! 誓って本当に、すごく我慢したし……あ、違う……今、出しちゃったのか……でも夢が……あぁもうダメだ何言っても終わってくわオレ……」
話せば話すほど混乱の坩堝にはまる。そして、それを見る母の笑いも止まらない。
「まず落ち着いて。シャワー浴びるでしょう?
学校に行くならもう起きないと。間に合わなくなるわよ」
母はそう言うと、笑いすぎて出た涙を拭きながら部屋を出て行った。
大きな溜息をつきながら頭を抱える和泉に、亜姫は声をかけた。
「……ねぇ、本当に大丈夫? 落ち着けそう?」
「落ち着けるわけがない……。せっかく信頼してくれそうだったのに、自分でぶち壊すとか……何してんだ俺。あー、起きたらおじさんに殴られっかな……」
凹んでどんどん小さくなっていく背中がなんだか可愛い。
亜姫は和泉の背中を優しくさすり、その顔を覗き込んだ。
「いずみ。おはよう」
亜姫がそう言うと、和泉は覆っていた両手の間から少しだけ顔を見せ、「……おはよ」と小さく返事する。
その姿がやたら可愛くて笑ってしまったら、グイっと引き寄せられてキスをされた。
「……っ、いずみ……まだ寝ぼ……」
「寝ぼけてねぇ。もう見られてんだし、我慢する意味ねーよ。少しだけ……させて」
「ん……」
ゆっくり味わうようなキスをして、ニ人で見つめ合いフフッと笑う。
「……起きるか」
「和泉、寝癖ついてる」
「亜姫の前髪も変だよ」
たわいない会話を楽しみながら、二人はリビングへと降りた。
部屋が明るい。朝だ。一度も夢を見なかった。
久々にスッキリした気持ちで顔を上げると、優しい笑顔の母と目が合った。
何の憂いもないこの笑顔を久し振りに見た。
あの日以降も母は笑みを絶やさなかったが、今まではその笑顔に哀しみや苦しみが見え隠れしていた。そのことに亜姫はようやく気づく。
ずっと、心配かけていたんだな……。
今更ながら、昨夜言われた言葉が身に沁みる。
我慢が必ずしもいいわけではないと、昨日学んだ。
今日からは親に甘えたり甘えてもらったりしよう。少しずつでいいから、そう出来るようになろう。
亜姫は心の中でそう決意した。
隣では和泉がまだ寝ている。
そういえば寝顔を殆ど見たことがない。まともに見たのはそれこそ昨日が初めてだったが、あれは泣いた後で他に気を取られていたし、夜中に見た時は自分も焦っていた。和泉の寝顔をじっくり見るなんて、初めてのことだ。
「和泉、起きて。朝だよ」
声をかけるが無反応。体を軽く揺すり、再度「起きて」と声をかける。
すると、彼が身じろぎした。しかし目は瞑ったまま「ん、あと少し……」と返事だけが返ってくる。
「眠い? もう少し寝る?」
「……もう起きる……迎えに行かねーと……」
「なんの迎え?」
「亜姫の……」
「今日は必要ないよ?」
「……なんで」
「いや、だって」
「うるっせぇな……俺が行きてぇんだって……朝イチで亜姫に会えんの……嬉、し………」
言いながら再び寝息を立てる和泉。完全に寝ぼけている。
亜姫はと言えば、思いがけない言葉に赤くなっていた。入り口に立つ母がやたらニヤけた笑みを向けてくる。
なんとも言えない空気に固まっていると、和泉がゆっくり目を開けた。
彼はしばらく微睡んでいたが、ゆっくり周りを見渡しすと何やら呟きだした。
「あれ、ここどこ?……亜姫? 何でいんの?
……あぁ、夢か。亜姫が朝から部屋にいるなんて、最高だな……」
寝転んだままの彼がフッと嬉しそうに笑う。と同時に亜姫の頭がグイッと引き寄せられ、そのまま口づけられた。
母が、口を開けて固まるのが見えた。
亜姫は慌てて和泉の体を押し返す。
「和泉っ、待って……っ」
「逃げんなよ」
そう囁いた和泉に力強く引き寄せられ、再びされたキスに亜姫の体は熱を帯びる。
と同時に、親に見られているという事実に焦りが募る。
混乱する頭でどうしようかと考えていたら和泉が再び顔を近づけてきたので、必死で押し返しながら叫んだ。
「和泉! お母さんが見てるから!!」
「誰だよそれ」
言いながらまだ続けようとする和泉の動きが、不意に止まる。
「………………おかあさん?」
そう呟くと、ゆっくりと部屋を見渡し……入り口に立つ母のところで視線が止まる。
「………………………あっ!!」
文字通り、弾かれたように和泉が飛び起きた。
ベッドの上に上半身を起こして、和泉は両手で頭を抱えこむ。
「えっ……? そうだ、お前んちに泊まって……寝かしつけ……っ、俺、寝てる……?」
そう言ってるかと思えば、いきなり亜姫を引き寄せ叫んだ。
「亜姫! 夜中どうした? 大丈夫か? うなされてない? 夜中、一人で泣いてないよな? ごめん! 全然気づかなくて……なにしてんだ俺……。しかも、超いい夢見てたし……って、あれ……っ!?」
言ってる途中から大きく目を見開いて、恐る恐る亜姫の頬に触れる。
「も……しかして……夢、じゃ、ない……?」
亜姫も思い出したら恥ずかしくなってきて、赤くなる顔を俯むかせて小さく頷く。すると、和泉はこれ以上ないほどの驚きを見せた。
「う、そだろ……夢………えっ、俺、へんなとこ触ったりしてないよな?」
慌てて亜姫の全身を確認し、
「あっ、服はちゃんと着てる……よかった……」
そう呟いたと思いきや、
「あぁ……もう、何してんだ俺……」
またボヤキながら、体を縮こまらせて頭を掻きむしる和泉。
しばし呆気に取られていた母だったが、どうやらこみ上げてくる笑いに耐えきれなかったようだ。突然、盛大に噴き出した。
「……あっ! すいません! マジで……本当に……あぁもうっ!」
すっかり忘れてたらしい母の存在を思い出して更に和泉が混乱し、再びまた母が爆笑する。
亜姫もつられて笑ってしまう。
「和泉、大丈夫? こんな姿、初めて見た。いったい、どうしちゃったの?」
「いやもう、なんだコレ………わけわかんねぇ……。
あぁ………寝ぼけて手ぇ出すとか最悪だ……。何の為に昨日あんなにガマ……。あっ! おばさん……いや、すみません俺ちゃんと寝かせて……本当に手は出してません! 誓って本当に、すごく我慢したし……あ、違う……今、出しちゃったのか……でも夢が……あぁもうダメだ何言っても終わってくわオレ……」
話せば話すほど混乱の坩堝にはまる。そして、それを見る母の笑いも止まらない。
「まず落ち着いて。シャワー浴びるでしょう?
学校に行くならもう起きないと。間に合わなくなるわよ」
母はそう言うと、笑いすぎて出た涙を拭きながら部屋を出て行った。
大きな溜息をつきながら頭を抱える和泉に、亜姫は声をかけた。
「……ねぇ、本当に大丈夫? 落ち着けそう?」
「落ち着けるわけがない……。せっかく信頼してくれそうだったのに、自分でぶち壊すとか……何してんだ俺。あー、起きたらおじさんに殴られっかな……」
凹んでどんどん小さくなっていく背中がなんだか可愛い。
亜姫は和泉の背中を優しくさすり、その顔を覗き込んだ。
「いずみ。おはよう」
亜姫がそう言うと、和泉は覆っていた両手の間から少しだけ顔を見せ、「……おはよ」と小さく返事する。
その姿がやたら可愛くて笑ってしまったら、グイっと引き寄せられてキスをされた。
「……っ、いずみ……まだ寝ぼ……」
「寝ぼけてねぇ。もう見られてんだし、我慢する意味ねーよ。少しだけ……させて」
「ん……」
ゆっくり味わうようなキスをして、ニ人で見つめ合いフフッと笑う。
「……起きるか」
「和泉、寝癖ついてる」
「亜姫の前髪も変だよ」
たわいない会話を楽しみながら、二人はリビングへと降りた。
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