【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンとおっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々

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亜姫の家で(4)

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 いつの間にか、二人が楽しそうな顔で和泉を見ている。
 なんだか今日はこんな顔ばかり見ているような? 亜姫が暴走する時に似てるなこの展開……とどうでもいいことを考え、わけのわからない現状から逃避しようと試みる。
 が、母から手にした荷物を取り上げられそうになって我に返った。
 
「あ、いや、このまま、って……いや俺、着替えもねーし……。あっ、兄にも許可もらってないんで……」
「もらったよ、冬夜君には」
「は? えっ……おじさん、何で冬夜の名前知って……いつから……えっ、知り合い……?」
「ははは、君にはお世話になっているんだから。あの事件の日から何度かご挨拶させてもらってるよ」

 軽やかな口調だが内容は衝撃的だった。和泉は激しく動揺する。
 
 冬夜からそんな事は聞かされてない。
 冬夜が言うのはいつも、「していいこと、ちゃんとわきまええろよ」だけだ。
 
「若いのにしっかりしてるわよねぇ、冬夜君。わざわざここまでご挨拶に来てくれたり、何よりかっこいいし声も素敵だし」
「は? 家にまで? いつ……? そんなこと一言も……いや、それより許可って……ちょ、ちょっと、電話! してきますっ!」
 和泉は動揺したまま玄関先に走り、冬夜に電話をかけた。
 
 コール音が止まるなり、向こうの応答も待たずに勢い込んで話しだす。
「おいっ、冬夜どういうこ……」
「今、里佳子来てんだよ」
「はあっ!?」
「久々に二人でのんびり過ごそうかと思ってさ。今夜は邪魔すんなよ?」
「えっ、いや、何言って……里佳子いるって、そんなの気にしたことなんかないだろっ!?」
 
 里佳子は冬夜の彼女だが、昔から和泉の世話を共にしてくれている。和泉の髪を切るのもこの里佳子だ。しかし、今まで里佳子を理由に邪険にされたことなどない。
 
 和泉はますます混乱した。
 
 そこへ追い打ちをかけるように、冬夜が言い放った。
「そうそう。もうチェーンかけたし、帰ってきても家には入れねーから。
 カイ、親の信頼損ねるようなことはするなよ? じゃあな」
 
 プツッ、ツー…………………。
 その音に、一方的に通話を切られたと知る。慌ててすぐにかけ直したのだが。
「電源切るんじゃねーよ。……なんなんだよ、わけわかんねぇ……」
 
 自宅に固定電話は置いていないので、こうなると連絡手段がない。もちろん、里佳子の携帯も通じなかった。
 
 結局聞きたいことは何も教えてもらえず、和泉は呆然とする。だが最後の一言から、亜姫の親と何らかの話を済ませていることだけはわかった。
 
 混乱したまま戻ると、母から「はい」と何かを押し付けられた。
 見ると、それは新品のスウェットとTシャツ。呆然とそれを見ていたら、背中をぐいぐい押されて洗面所に放り込まれた。
 
「あなたも疲れてるんだから、早くお風呂に入りなさい」
 そう言ってバスタオルやら歯ブラシやらを放り投げるように置き、やはり呑気な声で「ごゆっくりー」と告げてあっという間に出ていった。
 
「だから、なんなんだ一体………」
 
 半ばヤケクソで服を脱ぎ、シャワーを勢いよく浴びる。温かいお湯が体に染み渡るにつれ、ようやく現状を把握した。
 
 思うに、これは亜姫だけでなく自分にも向けられた二人の気持ちなのだろう。
 それに気づくと、体の奥底からむず痒くなるような温かい何かがじわじわと湧き出てくる。
 
 また涙腺が緩みそうになる。弱りきったそんな心も洗い流すように、和泉は勢いよく全身を洗った。

「亜姫のあの性格、絶対親ゆずりだろ………」
 
 今までの両親からは想像もしなかった強引さと突拍子のなさは、まさに亜姫とそっくりで。
 和泉はしばらくの間、こみ上げる笑いと戦っていた。
 
 さっぱりした体で着替えてみれば、下着まで用意されたそれは自分にぴったりだった。明らかに、亜姫の父より大きなサイズ。
 これもわざわざ用意してもらえた物なのだろうと、また温かな気持ちになる。
 
 これは好意だとありがたく受け止めよう。
 そして帰宅したら、冬夜を一発ぶん殴ろう。
 
 そう割り切ってリビングへ戻ると、変わらずにこにこと座る二人がいた。風呂と着替えの礼を告げ、出された飲み物をいただいていると。
 
「予備の布団、出し忘れてたのよ。亜姫の布団を一緒に使ってくれる?」
 
 さも当然と言わんばかりの母に、和泉は飲み物を噴き出しかけた。
 慌てて口元を拭いつつ、「何言ってんだこいつは」と母を見る。
 そのまま横目で父を見ると、こっちはこっちで、聞いてなかったのか? と疑いたくなるほど澄ました顔で座っているではないか。
 
 いや、もしかしたら……自分が何かとんでもない勘違いをしているだけかもしれない。
 
 動揺しつつ、努めて冷静を装い聞いてみる。
「それ、は、どういう………」
「あぁ、問題ないだろう? どうせ夜中に魘されれば和泉君に対応してもらうしかないんだし、亜姫のベッドを使ってもらうのが一番効率的だよなぁ」
 ブホッと、和泉は今度こそ飲み物を噴き出した。
 
「ゴホッ……おじさん……酔っ払ってます……?」

 失礼は承知だが思わずツッコんでしまった。が、父はいいやと楽しそうに笑う。
 
「私達が休みたいから君に頼んだんだ。私達も、久々にゆっくり眠りたいのでね。疲れている君には重ね重ね申し訳ないが、亜姫が起きないようにしてくれるかな?
 ………君になら頼めると、そう見込んでお願いしているんだよ」
 茶目っ気たっぷりに言う父と、その横で頷きながら笑う母。
 
 最後の言葉に、『信頼』の文字が透けて見えた。
 
 和泉の心が震える。
 それを悟られないよう、和泉は体に力を入れて二人に告げた。
「部屋の扉は、開けたままにしておきます。
 何かあれば、様子を見にくるなり起こすなりして下さい」
 
 真顔の和泉に、二人は笑いながら頷いた。



 ◇ 
 就寝の挨拶を告げて、和泉は亜姫の部屋へ静かに入る。小さなライトが、ほんのり部屋を照らしていた。
 これは和泉が用意したものだ。その光がほんのり映す亜姫は、よく眠っているように見えた。
 
 なんとなく布団に入るのを躊躇して、ベッドサイドにしゃがみこんだ。
 亜姫の顔を覗き込むと、ヌイグルミを強く抱きしめて少し眉を寄せている。少し呼吸が浅い。
 
 もしかしたら魘されるかも知れない。そう考えた和泉はすぐさま布団に入り込み、迷わず亜姫を抱き込んだ。
 
 大丈夫と伝えるように背中を撫でていると、少し強張っていた亜姫の体が緩み、すりすりと体を寄せて静かな寝息を立て始める。その顔は穏やかな表情に戻っていた。
 
 それに安心して、和泉は布団を整えた。
 気が緩んだところに柔らかい布団と温かなぬくもり。気がつけば、和泉も微睡まどろみながら深い眠りに誘われていた。
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