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高3
忘れるなんて無理(10)
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「和泉? 大丈夫か……?」
しばらくして戸塚が控えめに声をかける。すると、和泉は顔を埋めたまま不貞腐れた声を出した。
「全然大丈夫じゃねーよ、見たら分かんだろ……」
悪態をつきながらズズッと鼻を啜る和泉に、皆が笑う。
「なんだよ、まだ泣いてんの?」
「……うるせぇ。こんなん、どーやって止めたらいいかなんて知らねーし……本当にどーすんだよ、これ……」
「ちょっとこっち向けよ、顔見せろ」
「絶っっっ対、やだ」
隠れるように亜姫の体を抱き寄せる姿は、大きい体を丸めて可愛く見えた。亜姫は思わず笑いを零す。
「笑ってんじゃねーよ……」
不機嫌丸出しな和泉の声は、もう震えていなかった。
そんな和泉の指先は相変わらず亜姫を撫でていて、亜姫はなんとも言えない優しい気持ちになる。
少しでもお返しをと背中を優しく叩くと、和泉はますます顔を押し付けて離れなかった。
「……誰か、タオル貸して」
相変わらず顔を埋めたまま、和泉は手だけ伸ばしてタオルを受け取る。それで顔を隠し、和泉はようやく顔を上げた。
タオルをあてながら一度上を向き、顔全体を手で抑える。そのまま「あーぁ……」と呟き、音を立ててソファーに倒れ込んだ。長い手足を持て余すように投げ出し、大きく息を吐く。そしてタオルを鼻から上にあて直すと、それを腕で抑え込んだ。
「綾ちゃん、濡らしたタオルくれない? 顔、冷やしたい」
綾子が頷いて部屋を出る。すると、和泉はまた大きな息を吐いた。
「お前ら、もう帰れよ。まだ時間あるだろ? 俺抜きで行ってきて。今日は行けそうにねーや……悪い」
そう言うと、和泉は山本に話しかけた。
「山セン、いる? ここ、しばらく借りてていい?
このままじゃ帰れないから……ちょっと休ませて」
いいよという声を聞き、和泉は安堵の息を漏らした。ひどく疲れた様子で、気怠そうに横たわっている。
次に、和泉は右手をゆっくりソファーに添わせた。その手は座り込む亜姫に触れ、その頭をなぞるように軽く撫でる。
「……亜姫? おばさん、来てる?」
「うん。もう、ここにいるよ」
「そっか。……お前も、もう帰れ」
「やだ」
「だめ。でかい発作起こしたんだから、ちゃんと休め。傷も痛いだろ。……俺、今日は送ってやれそうにない。ごめんな」
和泉は申し訳無さそうに再び頭を撫でた。
「おばさん……? 亜姫、連れて帰ってもらえますか? すみません、顔も見せずに。
それから……色々、すみませんでした……」
それは、強い後悔を滲ませた声だった。顔に乗った手は強く握りしめられている。
和泉が一人で何かに耐えているのだとわかり、亜姫の胸が軋む。
「やだ。帰らない、ここにいる」
すると強く肩を押され、亜姫はよろけた。
「だめだ。今すぐ帰れ」
和泉は強い口調で亜姫に告げた。そして再び手を強く握り、大きな息を吐く。
「こんな姿……見られたくねーんだよ。頼むから帰って」
打って変わって弱々しく呟くと、和泉は皆に背を向けた。
その気持ちを汲んで動き出したのはヒロと戸塚だった。麗華の手を引き、じゃあなと声をかけながら扉に向かう。
だが扉を開けたところで、背を向けたままの和泉が呼び止めた。
「お前らにはいつも感謝してる……サンキュ……」
それは聞きこぼしてしまいそうなほど小さな声。三人は笑いながら出ていった。
なかなか動かない亜姫を、父がそっと立たせて扉へ向かわせる。亜姫は何度も後ろを振り返ったが、父に押されるまま部屋を出た。
和泉は最後まで背を向けたまま動かなかった。
しばらくして戸塚が控えめに声をかける。すると、和泉は顔を埋めたまま不貞腐れた声を出した。
「全然大丈夫じゃねーよ、見たら分かんだろ……」
悪態をつきながらズズッと鼻を啜る和泉に、皆が笑う。
「なんだよ、まだ泣いてんの?」
「……うるせぇ。こんなん、どーやって止めたらいいかなんて知らねーし……本当にどーすんだよ、これ……」
「ちょっとこっち向けよ、顔見せろ」
「絶っっっ対、やだ」
隠れるように亜姫の体を抱き寄せる姿は、大きい体を丸めて可愛く見えた。亜姫は思わず笑いを零す。
「笑ってんじゃねーよ……」
不機嫌丸出しな和泉の声は、もう震えていなかった。
そんな和泉の指先は相変わらず亜姫を撫でていて、亜姫はなんとも言えない優しい気持ちになる。
少しでもお返しをと背中を優しく叩くと、和泉はますます顔を押し付けて離れなかった。
「……誰か、タオル貸して」
相変わらず顔を埋めたまま、和泉は手だけ伸ばしてタオルを受け取る。それで顔を隠し、和泉はようやく顔を上げた。
タオルをあてながら一度上を向き、顔全体を手で抑える。そのまま「あーぁ……」と呟き、音を立ててソファーに倒れ込んだ。長い手足を持て余すように投げ出し、大きく息を吐く。そしてタオルを鼻から上にあて直すと、それを腕で抑え込んだ。
「綾ちゃん、濡らしたタオルくれない? 顔、冷やしたい」
綾子が頷いて部屋を出る。すると、和泉はまた大きな息を吐いた。
「お前ら、もう帰れよ。まだ時間あるだろ? 俺抜きで行ってきて。今日は行けそうにねーや……悪い」
そう言うと、和泉は山本に話しかけた。
「山セン、いる? ここ、しばらく借りてていい?
このままじゃ帰れないから……ちょっと休ませて」
いいよという声を聞き、和泉は安堵の息を漏らした。ひどく疲れた様子で、気怠そうに横たわっている。
次に、和泉は右手をゆっくりソファーに添わせた。その手は座り込む亜姫に触れ、その頭をなぞるように軽く撫でる。
「……亜姫? おばさん、来てる?」
「うん。もう、ここにいるよ」
「そっか。……お前も、もう帰れ」
「やだ」
「だめ。でかい発作起こしたんだから、ちゃんと休め。傷も痛いだろ。……俺、今日は送ってやれそうにない。ごめんな」
和泉は申し訳無さそうに再び頭を撫でた。
「おばさん……? 亜姫、連れて帰ってもらえますか? すみません、顔も見せずに。
それから……色々、すみませんでした……」
それは、強い後悔を滲ませた声だった。顔に乗った手は強く握りしめられている。
和泉が一人で何かに耐えているのだとわかり、亜姫の胸が軋む。
「やだ。帰らない、ここにいる」
すると強く肩を押され、亜姫はよろけた。
「だめだ。今すぐ帰れ」
和泉は強い口調で亜姫に告げた。そして再び手を強く握り、大きな息を吐く。
「こんな姿……見られたくねーんだよ。頼むから帰って」
打って変わって弱々しく呟くと、和泉は皆に背を向けた。
その気持ちを汲んで動き出したのはヒロと戸塚だった。麗華の手を引き、じゃあなと声をかけながら扉に向かう。
だが扉を開けたところで、背を向けたままの和泉が呼び止めた。
「お前らにはいつも感謝してる……サンキュ……」
それは聞きこぼしてしまいそうなほど小さな声。三人は笑いながら出ていった。
なかなか動かない亜姫を、父がそっと立たせて扉へ向かわせる。亜姫は何度も後ろを振り返ったが、父に押されるまま部屋を出た。
和泉は最後まで背を向けたまま動かなかった。
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