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高3

忘れるなんて無理(5)

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 和泉は、いつものソファーに亜姫をそうっと横たえた。
 
 綾子がその状態を確認しながら手当を済ませ、血が止まりきらない部分にはガーゼをあてがっていく。
 とりあえずこのまま休ませて大丈夫そうだと判断すると、どこからともなく安堵の声が漏れた。
 
 立ち上がった綾子が、何があったのか問う。
 
「俺のせいだ」
 小さな声で呟き、和泉は項垂れた。
「あのまま……忘れさせときゃよかったんだ。普通の生活、取り戻しつつあった。
 俺があんなこと言わなきゃ、思い出さずに済んでたのに……」
 和泉は苦しげに呟き、髪を鷲掴みグシャッと掻き回す。
「あんな、酷い言い方……どれだけ苦しんでたか、知ってたのに。手を、伸ばしてたのに……」

 と、そこで亜姫がうなされる。
 
 誰よりも早く反応した和泉は、いつものようにその体を抱き寄せた。
 「大丈夫だよ」と囁きながら背中をゆっくり擦ると、発作は起こさず、和泉にもたれかかるようにして再び眠りに落ちていく。
 
 その体を和泉はギュッと抱え込む。 
「俺のとこしか安心できないって、わかってたのに。
 亜姫の手、振り払ったんだ。……お前なんか知らないって拒絶して、唯一甘えられる場所、取り上げた……。
 亜姫、完全にあの日に戻ってた。石橋を見るのと同じ目で、俺に怯えてた。
 俺のこと、わからなくなってた……。すごく震えてて、麗華まで遠ざけて、俺もいなくて。一人で、どんな気持ちで………。
 ……綾ちゃん、俺……亜姫のこと、壊しちゃったかも……。
 どうしよう……塞がりかけてた傷もあんなえぐり方して……亜姫、壊れちゃってたらどうしよう……」
 亜姫の頭に顔を埋め、和泉は声を震わせて綾子に問う。
 
「和泉」
 綾子が静かに呼ぶが和泉からの返事はない。数回呼ぶも、声が届いてないようだった。
 
 その肩を力強く引きながら、綾子が強い口調で呼ぶ。
「いずみ!」
 
 ハッとしたように顔を上げた和泉は、泣くのを必死にこらえているような顔をしていた。自分を責めて思い詰めているのが分かる。
 
 綾子は視線を合わせ、言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「和泉は間違ってない」
 
 無言の和泉に、綾子は続ける。
「無理矢理忘れようとしただけで、実際は何も変わってないの。逆に、忘れたことで危険は増してた。
 二人で行かせてたら危険を回避することは出来なかったかもしれないし、今みたいなことも起こり得た。和泉がしたことは間違ってない」
 
 和泉は泣きそうな顔のまま、違うと言いたげに首を振る。
 
 綾子は子どもと対話するようにしゃがみこみ、目線を合わせて微笑んだ。
「今、和泉の腕の中で眠れてる。きっと、この子なら大丈夫」
 
 不安でいっぱいの目を向ける和泉は幼子おさなごのようだ。
 無表情・無感情だったあの和泉がこんな顔で泣き言を言うなんて、誰が想像しただろうか。
 
 綾子はそこで初めて気づいた、彼にも弱さや脆さがあると言うことに。
 大きな体に大人びた雰囲気、堂々とした佇まい。加えて、気怠そうで動じない姿ばかり見せているけれど、和泉はまだ成長過程にある少年なのだ。
 そのことをすっかり失念していた。綾子は思わず山本を見る。と、彼の目が同じ考えに至ったと伝えてくる。
 
 なんてことだ。導き支える立場にある自分達がそんなことを見落としていただけでなく、知らず知らず和泉に頼りきっていたとは。
 
「ごめんね」
 綾子は素直に謝った。なんのことかと疑問を浮かべる和泉に、綾子は苦笑を返す。
「和泉にしか出来ないことが沢山ある。
 それに甘えて、負担をかけすぎてた。そのことに今まで気づかなかった。
 …………今まで、よく頑張ってきたね」
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