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高3
修学旅行(6)
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話をしているうちに消灯時間が近づいてきた。もう部屋に戻る時間だ。
こんな時間に二人で過ごせることは滅多になく、浮かれていた気持ちに寂しさが影を落とす。
「亜姫? どうした?」
変化に気づいた和泉の気遣う声。
亜姫は素直に、離れるのは寂しいと口にする。
すると亜姫の目の前が一瞬暗くなり、同時に柔らかな感触が唇に触れた。
チュ……と小さな音を立てて離れた温もりに、何をされたか知る。和泉を見上げると、僅かに目を細めた彼が再度唇を重ねてきた。
先程より長く重なったそれは、ゆっくりと離れていった。代わりに長い手が亜姫に絡まり、その体は和泉の胸元へ誘導されていく。
和泉に優しく抱き込まれ、大好きな温もりに包み込まれた亜姫はそのまま胸元にもたれかかった。
「なぁ。具合悪いフリして、綾ちゃんの部屋に行こっか?」
小さな声で囁く和泉の声が、頭の上から降ってくる。
亜姫はくすくすと笑う。
「綾ちゃんの部屋、スパルタ先生がいるけどいいの?」
「良くねーよ。俺、一晩中説教じゃん」
和泉はうんざりした様子で亜姫を離し、隣に座り直した。
スパルタ先生と呼ばれているのは、生活指導の教師だ。人間味のある面白いおばちゃんといった雰囲気の人なのだが、服装等にはなかなか厳しい。和泉は軽く着崩している制服や生活態度など、事あるごとに怒られていた。
とはいえ気にかけておせっかいをしているとわかっているので、和泉も面倒くさそうにしながらハイハイと聞いている。もちろん亜姫の事情にも配慮してくれる、温かい先生だ。
亜姫が笑い続けていると、その頬を和泉が優しく撫でた。
「お前が楽しそうに過ごしてるのは嬉しいんだけどさ、亜姫が元気だと堂々とくっつけないから寂しくもあるな。……今日は、亜姫が足りてない」
少し寂しそうな和泉の声に、亜姫の寂しい気持ちが重なる。なので、愛おしそうに触れてくる手を亜姫はそのまま受け入れた。
また、自然と重なる唇。向きを変えて重なる口づけに気を取られ、気づけば亜姫は抱きしめられていた。
和泉が亜姫の肩に顔を埋める。
「あー、このまま部屋に連れて帰りたい。一緒に眠れたら最高なんだけど」
和泉の呟きに同意するよう、亜姫も抱きしめ返した。
「すごくいい匂い」
和泉がスン、と匂いを嗅ぐ。
大浴場にあったもので土産に買うつもりだと亜姫が言うと、
「……俺も買って、家に置いとく」
和泉がポツリと言った。
和泉と亜姫は同じ洗剤を使っている。和泉の家でシャワーを浴びても親に違和感を持たれないようにする為だ。
亜姫はそれを察して、恥ずかしそうに頷いた。
「付き合いだして、もうすぐ一年経つんだな。なのに、お前の初々しさって全然変わらない」
何の話かと首を傾げる亜姫を見て、和泉は優しく微笑んだ。
「触れ合うようになって、色んな事を学んで。でも、いつまで経っても男を知らなそうに見える。
下着だけは派手で色気たっぷりなデザインを選ぶのに、見た目は幼くて純情そうだし。やたら大胆かと思えば、未だに手を繋ぐだけで真っ赤になったりする。
付き合い出した時から変わらない初々しさも、そのギャップも。俺にはたまらない」
愛おしそうに触れてくる和泉に、亜姫の中から温かい何かが湧き出てきた。
和泉が時折向けてくるこの表情を見ると、穢れのない大きな愛に包み込まれた気になり多幸感に満たされる。
これは、親が幼い子に向ける愛に似ているのかもしれない。亜姫は和泉のこの顔を見るのが好きだ。
しかし、最近はもっと激しい愛を見たいと………冷静さを失うぐらい自分を欲しがってもらいたいと思ってしまうことがある。
抱かれた時に数回だけ見た、肉食獣のような姿。
優しさではなく強さを見せつけてくるあの姿を思い出すと、無性にときめいてしまう事がある。
こんな事を考えているから淫乱だと言われてしまうのかもしれない……と、恥ずかしくて口には出せないが。
和泉がそうなるのは恐らく性的なスイッチが入った時だけだ。そして、亜姫にはなかなかそのスイッチを入れることができない。
何故なら……余裕なく求めてもらうには、亜姫の魅力は足りないからだ。
性的魅力がないと自覚している亜姫は、せめて技術だけでも磨きたいと思ってはいるが、前回でおわかりのように低レベルで停滞中。
どうしたらいいかと麗華達にどれだけ聞いても「気にしなくていい」と軽くあしらわれるだけ。
では和泉に、と言ったところで「そんなもの求めてない、今で充分」と、これまた同じ回答が繰り返されるだけ。
亜姫は行き詰まっていた。
和泉の心を揺さぶるにはどうしたらいいのだろうか……。
「ねぇ、和泉。さよりちゃんね、先輩のこと悠仁って名前呼びしてた。さよりちゃんにだけ名前で呼ばせるんだって」
「へぇ。先輩って、そういうの気にしなさそうなのに。随分と沙世莉に入れ込んでるな」
「うん、すごく仲良さそうだったよ。……ね、私も」
「真似したいとか言い出すなよ?」
「えっ?」
「お前にイズミって呼ばれんの、好きだから。まだしばらくは変えんな。……な?」
亜姫はしばし言い淀んでいたが、結局口を噤んで小さく頷いた。
沙世莉達にはああ言われたが。
旅行中どころか、何をしたって和泉が『会った瞬間発情する』なんて有り得ない。和泉は名前すら呼ばせる気がないではないか。
この間のように頑張ったところで和泉は嬉しそうに笑うだけ。発情どころか小さい子を見守る親のような空気さえ漂う。この先どれだけ頑張ろうが、和泉が野獣と化すなど夢のまた夢。
万策尽きた亜姫は、大人しく部屋へ戻ることにした。
こんな時間に二人で過ごせることは滅多になく、浮かれていた気持ちに寂しさが影を落とす。
「亜姫? どうした?」
変化に気づいた和泉の気遣う声。
亜姫は素直に、離れるのは寂しいと口にする。
すると亜姫の目の前が一瞬暗くなり、同時に柔らかな感触が唇に触れた。
チュ……と小さな音を立てて離れた温もりに、何をされたか知る。和泉を見上げると、僅かに目を細めた彼が再度唇を重ねてきた。
先程より長く重なったそれは、ゆっくりと離れていった。代わりに長い手が亜姫に絡まり、その体は和泉の胸元へ誘導されていく。
和泉に優しく抱き込まれ、大好きな温もりに包み込まれた亜姫はそのまま胸元にもたれかかった。
「なぁ。具合悪いフリして、綾ちゃんの部屋に行こっか?」
小さな声で囁く和泉の声が、頭の上から降ってくる。
亜姫はくすくすと笑う。
「綾ちゃんの部屋、スパルタ先生がいるけどいいの?」
「良くねーよ。俺、一晩中説教じゃん」
和泉はうんざりした様子で亜姫を離し、隣に座り直した。
スパルタ先生と呼ばれているのは、生活指導の教師だ。人間味のある面白いおばちゃんといった雰囲気の人なのだが、服装等にはなかなか厳しい。和泉は軽く着崩している制服や生活態度など、事あるごとに怒られていた。
とはいえ気にかけておせっかいをしているとわかっているので、和泉も面倒くさそうにしながらハイハイと聞いている。もちろん亜姫の事情にも配慮してくれる、温かい先生だ。
亜姫が笑い続けていると、その頬を和泉が優しく撫でた。
「お前が楽しそうに過ごしてるのは嬉しいんだけどさ、亜姫が元気だと堂々とくっつけないから寂しくもあるな。……今日は、亜姫が足りてない」
少し寂しそうな和泉の声に、亜姫の寂しい気持ちが重なる。なので、愛おしそうに触れてくる手を亜姫はそのまま受け入れた。
また、自然と重なる唇。向きを変えて重なる口づけに気を取られ、気づけば亜姫は抱きしめられていた。
和泉が亜姫の肩に顔を埋める。
「あー、このまま部屋に連れて帰りたい。一緒に眠れたら最高なんだけど」
和泉の呟きに同意するよう、亜姫も抱きしめ返した。
「すごくいい匂い」
和泉がスン、と匂いを嗅ぐ。
大浴場にあったもので土産に買うつもりだと亜姫が言うと、
「……俺も買って、家に置いとく」
和泉がポツリと言った。
和泉と亜姫は同じ洗剤を使っている。和泉の家でシャワーを浴びても親に違和感を持たれないようにする為だ。
亜姫はそれを察して、恥ずかしそうに頷いた。
「付き合いだして、もうすぐ一年経つんだな。なのに、お前の初々しさって全然変わらない」
何の話かと首を傾げる亜姫を見て、和泉は優しく微笑んだ。
「触れ合うようになって、色んな事を学んで。でも、いつまで経っても男を知らなそうに見える。
下着だけは派手で色気たっぷりなデザインを選ぶのに、見た目は幼くて純情そうだし。やたら大胆かと思えば、未だに手を繋ぐだけで真っ赤になったりする。
付き合い出した時から変わらない初々しさも、そのギャップも。俺にはたまらない」
愛おしそうに触れてくる和泉に、亜姫の中から温かい何かが湧き出てきた。
和泉が時折向けてくるこの表情を見ると、穢れのない大きな愛に包み込まれた気になり多幸感に満たされる。
これは、親が幼い子に向ける愛に似ているのかもしれない。亜姫は和泉のこの顔を見るのが好きだ。
しかし、最近はもっと激しい愛を見たいと………冷静さを失うぐらい自分を欲しがってもらいたいと思ってしまうことがある。
抱かれた時に数回だけ見た、肉食獣のような姿。
優しさではなく強さを見せつけてくるあの姿を思い出すと、無性にときめいてしまう事がある。
こんな事を考えているから淫乱だと言われてしまうのかもしれない……と、恥ずかしくて口には出せないが。
和泉がそうなるのは恐らく性的なスイッチが入った時だけだ。そして、亜姫にはなかなかそのスイッチを入れることができない。
何故なら……余裕なく求めてもらうには、亜姫の魅力は足りないからだ。
性的魅力がないと自覚している亜姫は、せめて技術だけでも磨きたいと思ってはいるが、前回でおわかりのように低レベルで停滞中。
どうしたらいいかと麗華達にどれだけ聞いても「気にしなくていい」と軽くあしらわれるだけ。
では和泉に、と言ったところで「そんなもの求めてない、今で充分」と、これまた同じ回答が繰り返されるだけ。
亜姫は行き詰まっていた。
和泉の心を揺さぶるにはどうしたらいいのだろうか……。
「ねぇ、和泉。さよりちゃんね、先輩のこと悠仁って名前呼びしてた。さよりちゃんにだけ名前で呼ばせるんだって」
「へぇ。先輩って、そういうの気にしなさそうなのに。随分と沙世莉に入れ込んでるな」
「うん、すごく仲良さそうだったよ。……ね、私も」
「真似したいとか言い出すなよ?」
「えっ?」
「お前にイズミって呼ばれんの、好きだから。まだしばらくは変えんな。……な?」
亜姫はしばし言い淀んでいたが、結局口を噤んで小さく頷いた。
沙世莉達にはああ言われたが。
旅行中どころか、何をしたって和泉が『会った瞬間発情する』なんて有り得ない。和泉は名前すら呼ばせる気がないではないか。
この間のように頑張ったところで和泉は嬉しそうに笑うだけ。発情どころか小さい子を見守る親のような空気さえ漂う。この先どれだけ頑張ろうが、和泉が野獣と化すなど夢のまた夢。
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