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久々の触れ合い(3)

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 一瞬の間をおいて、亜姫はベリッと音がしたのかと思うほど勢いよく引き剥がされた。
 驚きに顔を見上げると、和泉が真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
「おま……今、なんて……」
 和泉はそう言いながら口元を隠し、見るなと言わんばかりに顔を背けた。
 
 初めて見る姿。亜姫が呆気に取られていると、和泉がその顔をチラッと見て盛大な溜息をついた。
 
 和泉は頭を項垂れ、問う。
「それ……いつから、思ってた?」 
 けっこう前からだと答えると、和泉は恨めしそうに亜姫を見る。
「そーゆーことは、もっと早く言え」  
 怒ったように言われて、なんとなく亜姫も不貞腐れる。
「だって、毎日二人きりなのに何もなかったし。和泉も必要以上に近づいてこなかったじゃない。そんな状況で言えるわけ、ないでしょう……」
「あー、それは……お前の親と約束を交わしてたから」
 
 言いにくそうに伝えられ、亜姫は首を傾げる。すると、和泉は困ったような顔で苦笑した。
 
「休みに入る時、お前の家に居座る許可をとったんだよ。俺はまだ信頼に足る男じゃねーからさ、長時間ニ人きりだと親も心配すると思って。その時、絶対に手は出さないって誓ったの。
 堂々とお前のそばにいたかったし、それなら約束破るわけにはいかねーだろ?
 誤解ないように言っとくけど、さっき素っ気ないフリしたのも我慢してたからだよ。嫌だったわけじゃねぇよ?」 
 和泉は、驚く亜姫をギュッと抱きしめる。 
「親との約束、守ろうと思ってたんだよ。なのに今日はやたら甘えてくるから、理性ぶっ飛ばしそうなの我慢してて……俺は何を試されてんだって思ってた」
 
 和泉は大きな溜息をひとつ吐き、それから気を取り直すように真顔で問いかけた。 
「確認しときたいんだけど。なんで抱かれたいの?
 ……お前に最初に言ったこと、覚えてる? あれ、今でも変わらないよ。お前が不安とか恐怖とかを感じてるうちは、まだシたくない。
 石橋達、怖かっただろ? 今だって怖いよな? 毎日魘されてるもんな。
 だけど……嫌なこと忘れる手段にするのは嫌なんだ。あの事件を忘れたいって理由なら、俺は抱かない」
 
 黙って聞いてた亜姫はしばらく考えていた。
 
「触られたとこ、嫌なの。
 気持ち悪くて、怖くて……夢で、繰り返し見る」
「……うん」
「夜中に起きて、シャツと匂いに包まってまた眠るまでの間にね、和泉に触れてもらうことを思い出すの」
「うん」
「そうすると、少しずつ安心する。だから、和泉に触ってもらったら嫌じゃなくなるかなって考えるようになって……。だけど、だんだん、触れてもらえないことが不安になってきて……それが、寂しくなって……。
 今、キスとギューしたら……もっと触りたい……って思って……」
 亜姫は和泉の服をギュッと握り、
「全部ひっくるめて、和泉に触れたい。それだと、駄目………?
 触られたとこ。首のマーク消したみたいに、上書き……してほしい」
 
 なんの返事も動きもない和泉に不安を感じ、亜姫は下からそっと顔色を伺う。
 和泉は無言のまま何かを考えているようだった。
 
「……上書きは、今日の一回だけ。俺の言いたいこと、わかるよな?」 
 和泉の言葉に亜姫は頷く。 
「思い出したり怖くなったりしたら、すぐ止めるよ?」 
 頷く亜姫を和泉は力強く抱き込む。そして、
「ここはお前んちじゃねーし約束破ったことにはならない、かな……? ちゃんと休ませて返せばバレないか……?」
 と、やたらぶつぶつ呟いている。
 
 それがなんだかおかしくて、亜姫は笑ってしまった。
 
「笑うなよ、俺は色々大変なんだから。まぁ、自業自得なんだけどさ……」 
 そうボヤきながら、和泉は亜姫を軽々と抱き上げた。

 亜姫が小さな悲鳴をあげて首にしがみつくと、和泉は楽しそうな笑い声をあげる。 
「ヤバい、こんなに早くお前を抱けるとは思ってなかった。しかも、亜姫の口からあんなセリフを聞く日が来ると思ってなかったから、テンション爆上がり」
 
 和泉は階段を駆け上がるような勢いで登っていく。
 そしてその勢いとは対象的に、壊れ物を扱うような優しさで自室のベッドに下ろした。 
 そのまま体中にキスの雨を降らし、指先が体中を優しくなぞり……あの日の記憶を辿りながら浄化していくように、和泉は優しく丁寧に上書きしていった。
 

 ◇ 
「まだ、少し跡が残ってるな」
 和泉は背中の傷跡を優しく撫でる。
「もう、痛みはない?」
「うん、平気」 
 亜姫は抵抗することもなく、和泉に体を寄せてくる。今までと変わらぬ様子を見て和泉は安堵し、同時に全身から喜びが溢れ出た。
 亜姫の名を幾度となく呼びながら、和泉はゆっくりと唇を重ねていった。

  
 微睡む亜姫をゆっくり寝かせてやろうとしたら、首に回された腕が強く絡まってくる。
「やだ。まだ、ギュー……」
 素直に甘えてくる亜姫が可愛くて、和泉は言うことを聞いてやる。 
 すると亜姫が小さな声で問いかけてきた。
「私、何も変わってない……?」
 
 その声は不安そうだ。
 
「うん。前と変わらず、いい抱き心地」
 からかいまじりにいやらしさを醸し出して伝えると。 
 一瞬で真っ赤になった亜姫は、信じられないという顔でそばにあった枕をつかみ、思い切りぶつけてくる。
 和泉は声を上げて笑いながらそれを避けた。

「亜姫は大丈夫だった? ……怖くなかった? 気持ち悪いの、取れたか?」 
 和泉が尋ねると、亜姫は持っていた枕で顔を隠して無言になった。
 
「亜姫? あーき? なんで黙ってんだよ? 顔、隠すなって……亜姫?
 ……怖かった? もしかして、思い出しちゃったりしてた……?」
 和泉が焦りを見せて枕をどかすと、真っ赤な顔で涙目の亜姫が必死で顔を隠そうとしていた。 
 その手を捕まえて、再度亜姫の顔を覗き込むと。 
「……忘れてた……。っ、もうっ! 手、離してったらっ! バカッ!」
 
 和泉はしばし唖然としていたが、やがて弾かれたように笑い出した。
 
 それにまた亜姫が怒り、手を振り払って布団を頭からかぶる。
「しょうがないじゃない! だって……他のことなんて考えられないでしょう! もう! 全部、和泉のせいなんだから!」 
 自分のおねだりから始まった事を棚に上げ、和泉を責めたてるように亜姫は叫ぶ。
 
 それをからかい、宥め、抱き寄せて同じ布団にくるまると。 
 亜姫は以前と同じように、幸せそうに微笑む顔を見せながら和泉に擦り寄り、深い眠りに落ちた。
 
 この時初めて、亜姫は発作を起こさずに眠りについた。
 
 そして、この日を境に。 
 石橋に触れられた体の不快感は減り、服の中を気持ち悪がることが減った。
 記憶にはっきりと残る部分への嫌悪感、男性や外出時の恐怖などは変わらず続いたものの、和泉と体を重ねた際は夢を見ることなく眠れるようになった。
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