【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンとおっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々

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高2

教官室で(2)

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「ちがう」 
 力強く発せられた一言。

 和泉は驚き、顔を上げた。
 
「違うよ。和泉と石橋は全然違う」
 山本は再び告げた。
 
「……違わねーよ。出来る事もやらずに、考えることを放棄して、人を軽く扱って。
 全てを何かのせいにして、都合の悪いことは隠してただ逃げてるだけの卑怯で最低な奴だ」
 和泉は嫌悪感を隠さず吐き捨てた。
 
 大人二人は和泉をしばらく眺めていたが、やがて山本が静かに──言い聞かせるように──ゆっくりと話し出した。 
「石橋はプライドの誇示や己の主張の為に生きてる。自分を一番大事にしてる。
 自分の矜持を守る為に女を食い物にして、人も平気で傷つける。他者に冷たく、自分に優しい。
 石橋にとって、人はただの玩具だ。自分さえよければいいと考えていた。
 
 お前は逆だ。自身を一番否定して、何も欲しがらなかった。
 軽く扱われてんのも傷つけられてんのもお前の方だった。
 お前は人の気持ちを真正面から受けすぎなんだよ。和泉は自分に冷たく、他者に優しい。お前は『自分なんてどうでもいい』って考えて生きてきた。
 どちらも苦痛を伴って生きてるのは同じだけどな。動機が全然違うんだよ、一緒にするな」 
 
 以前亜姫に言われたのと似た言葉が出て、和泉は驚いた。
 
「亜姫に対してもそうだ。
 石橋は亜姫の気持ちをとことん無視した。最後まで自分の気持ちを優先した結果、こうなった。
 お前の最優先は、自分より亜姫だろ?」
 
「……そう、かな? 俺、亜姫にはかなり自分の気持ちを押しつけてる気がすんだけど……」
 文化祭でやらかしたばかりの和泉からは反省しか出てこない。
 
「バカだな。そうだとしたら亜姫はお前のそばにいないよ。そんな奴をあの子が選ぶわけがない。
 それに、亜姫がそばにいたら誰でも変わっちまうだろ。人の心の奥底をいつの間にかギュッと掴んでる……そんな子だからな。
 以前のお前は人の気持ちを受け止めることに疲れて、自分の存在自体を拒絶してた。
 ………今、少しは自分を大事に思えるようになってきたか?」
 
 またもや聞いたような言葉。和泉は再び驚いていた。
 
「さっきから亜姫と同じことばっか言う……」
「ははっ、亜姫にも言われてたのか」
 面白そうに笑う山本は、亜姫がそう言うのは納得がいくと思っている様子だ。
 
「付き合う前に、似たような事を言われた。
 ……亜姫はさ、俺のことを汚れてないって言うんだ。そんな生き方してたら誰でも疲れる、女と縁切って楽になれたか? って逆に気遣われて。俺に近づく奴らの中にも俺自身を見てた人が沢山いたはずだって、本当に何でもない事みたいに言った。
 俺のことなんて噂でしか知らなかったくせに、誰も傷つけてない、傷ついてんのは俺一人だったって……それで、軽く笑い飛ばしたよ。俺のしてきた事も、近づいてくる奴らのことも全部。
 亜姫にかかると全部いい話に変わっちゃうんだよな。人も、出来事も」
 あの日を思い返して和泉はくすりと笑う。
「亜姫らしいな」
 山本達も笑った。
 
 あの時から、亜姫は何も変わってない。淀みのないあどけない寝顔がそれを象徴しているようだった。
 
「俺は亜姫に何を返せばいいんだろう。いつも貰ってばっかりだ」
 
 答えはまだ見つからない。何を言われてもどれだけ頑張っても、やはり自分のせいで亜姫に苦痛ばかり与えていると思ってしまう。
 返すどころか償うことばかりで、それすらまともに出来ていないと思うのに。
 こんな状況でも亜姫はこっちを気遣い、笑おうとする。それを見るたび『もっとまともな生き方をしていたら何か返せていたのか』と、どうしてもそう思ってしまうのだ。
 
 そんな事を考えていると、山本が言った。
 
「和泉。亜姫にはお前が必要不可欠だって……気づいてるか?
 亜姫は人ばっかり見てる。他者を……その心を、何よりも大事にする。お前みたいに自身を否定したりはしないが、自身の価値が他者より低い位置にある。
 自分を大事にしないんだ。大事にすべきモノの中に自分が入ってない。優先すべきは常に他者で、自分はどうなるかを気にしない。自分に目を向ける必要性を感じてない。
 亜姫はいい子だ、でも危うい。
 麗華がいつも叱ってるだろ? お前もわかるだろうけど、何かと危なっかしいんだよ。防衛本能みたいなものが全く機能してない。
 
 今回の件は……そのせいで起こったとも言える。
 亜姫は石橋に危機感を持つべきだった。お前らならそれがわかるだろ? 亜姫も、頭ではそう思っていたかもしれないけど。でも、あれだけ不安がっていたのに……亜姫はずっと石橋の心を拾おうとしてた。守るべきは自分だったのに、無防備に石橋の心へ触れてたんだろう。
 亜姫にない防衛能力を、今、お前が代わりに補ってるんだ。今後、お前はそれを亜姫に教えていかなきゃ駄目だ。いい子なだけじゃ身は守れない。
 
 ……亜姫、お前にだけはワガママを言うだろ? それを引き出してるのはお前だ。亜姫が誰かに自分の望みを持つのも言えるのも和泉にだけなんだよ。でも、それはいい傾向だと俺は思う。そうやって自分の事を考える機会を、お前がもっと作ってやれ」
 山本は優しく笑う。
 
「それから、石橋の件だけど。お前らなりに出来る事はしてた。ちゃんと守れてたと俺達は思う。
 後悔すんのは俺ら大人も同じだ。でも、前を見るしかない。後ろに残すのは『後悔』じゃなくて『反省』だけにしろ。それを次に生かす、同じ事は繰り返さない。そうやって前を向くしかないんだ。
 その為に出来る事があるなら、俺達はどんな事でも協力してやる。亜姫の為だけじゃないぞ? お前やヒロ達の為でもあるからな、忘れるなよ。
 ちゃんと大人を頼れ。俺達も頼られる大人であるように努力するから」
 
 そう言ってもらえることに、今は感謝の気持ちしかない。自分の力量を充分すぎるほど理解している和泉は素直に頷いた。
 

 
 亜姫は、石橋の件については示談に応じた。石橋本人が罪を認めており、罪を確定するまでの様々な過程を亜姫自身も両親も望まなかった。
 今後近づかないようにしてもらえるなら、早く忘れたいと思う気持ちもあったのだろう。
 また、裁判等になった場合の心身にかかる負担を今の亜姫が乗り越えられるとも思えないので、妥当な判断だと思われた。
 
 彼らはそれまでにも罪を重ねていた。その内容は亜姫が受けた実害よりも酷く、また悪質であった。そちらの方で実刑判決を受けることは間違いないと聞かされている。
 少なくとも当面の間、亜姫が石橋と会うことはない。それだけは安心出来るが、あのタイミングで助け出せなければ亜姫も他の被害者と同じ目にあっていたのだと考えるとゾッとする。
 
 あの時救い出せたのは、やはり周りの沢山の助けがあったから。
 自分一人では亜姫を守ることは出来なかった。この先も、必要な手助けはありがたく受けるべきだ。
 和泉は、そう胸に刻みこんだ。
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