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高2
和泉の憂い(2)
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どこかで聞いたような声に思わず振り向くと、野口が立っていた。
いつも向けてくる強気な姿が、今日は影もない。自信が無さそうな小さい声は初めて聞くもので、呼ばれた時は彼だとわからなかった。
一瞬だけ目を合わせたあと、野口は気まずそうに視線を逸らす。何かを言いかけては口を噤み、そのままその場に佇んでいた。
和泉は妙に冷静な気持ちで野口を見た。
随分、視線が近くなってきたな……。
急に背が伸び始めた野口をまじまじと見る。
成長と共に、可愛らしかった顔に凛々しさが見え始めた。体の細さは変わらないが骨格がしっかりしつつあり、服の上からでもほどよく筋肉がついているのがわかる。
時々部活中の野口を見かけるが、彼はいつでも真剣で。その眼差しは亜姫にも同じように向けられる。
野口はどこを見ても曇りや淀みがなく、和泉にはいつも眩しく見えた。自分に向けてくる強い態度にすらそれを感じ、それが羨ましくもあった。
悪いモノ、汚いモノは野口には近寄れないんだろうな。
ふとそんなことを思う。
少し前までの、小さな少年には見あたらなかった力強さや逞しさ。それが更に野口を輝かせている。
こいつのそばにいたら、亜姫はあんな目に合わずに済んだだろうか。
再度、目の前の彼を見る。
このまま成長し続ける野口に持ち前の気の強さが備り続けるなら、自分はいつか焦る日がきたりするのだろうか……。
そう考えた時、いつもの気の強さが欠片も見えないことに気がついて、和泉は飛んでいた思考から現実に意識を戻した。
と、野口がこちらを向く視線とぶつかった。その眼差しに、いつもの強さは無いままだ。
未だ言い淀む彼に「付いてこい」と無言の合図をして、ひとけのない場所へ誘導した。
そして、やはり無言のまま「何の用だ」と視線で促すと。
「──亜姫、先輩の……噂が……」
野口は言いにくそうに口ごもる。
和泉は黙っていた。
すると、そんな和泉を見て
「襲われた、って……本当、なのかよ……?」
怒られるのを恐れている子供のような顔つきで、野口は聞く。
真実を知りたくない、そう訴えているようにも見える。
その顔を見ながら和泉は暫く黙っていたが、やがて静かに問いかけた。
「それを聞いて、お前はどうしたいわけ?」
野口は困った様子で俯く。
「よく、わかんねぇ。……けど、俺に、出来る事は……ないか、って…………」
尻すぼみになるその声と共に小さくなっていく野口。
和泉は下を向き、一度視線を外す。
そのまま大きな溜息をついて、今度は強い眼差しで野口を見据えた。
「お前に出来る事は三つ。
後ろから近づかないこと。
亜姫が気づいてから声をかけること。
何があっても体には触れないこと。……特に、左手は……絶対に触るな。
亜姫を笑わせたいのなら。必ず守れ」
野口が目を見開き驚愕の表情を見せ、次いで泣きそうに歪む。
「そ、れは……噂通りって、事……?」
「事実とは違う。けど……何もなかった、ってわけじゃない」
そう言って、和泉は口を噤んだ。
その姿を呆然と見ていた野口の目に、次第に怒りが宿り始めた。
「な、に、して……あんた、いつも一緒にいるくせに……うんざりするぐらい引っ付いてるくせに、何してたんだよっ! そのデカい身体は飾りかよ!?
いつも偉そうな態度をとってるくせに……女ひとり守ることも出来ねぇのかよ!
あんたが……あんたがもっとしっかりしてれば、そんな事にはならなかったんじゃねぇの!? どうして防げなかっ」
ダンッッッ!!!
和泉が近くにあった木へ思い切り腕を叩きつけた。太い幹が揺れ、その衝撃で上からはハラハラと木の葉が落ちてくる。叩きつけた拳を強く握りながら全身を震わせる和泉に、野口がたじろいだ。
そんな野口を、和泉がギリッと歯ぎしりしながら睨みつける。
「……あぁ、そうだよ! いたよ! こうなる危険を感じてずっと守ってた。あの時だって、すぐそばにいたんだ。
あれだけ守ってたのに……なのに…………。
何してたんだなんて……お前なんかに言われなくたって、俺が一番思ってんだよ!!!」
いつもどこか余裕のある和泉が苦悩を隠しもせず荒れる姿に、野口は言葉を失う。
「亜姫、先輩は……?」
「乗り越えようとしてる」
そう言うと和泉は大きく息を吐き、眼差しを緩めた。
「お前は何も言うな。今まで通りに接しろ。
亜姫の前でそんな情けない顔は見せるなよ。
以前と変わらない日常を……お前が見せてやって」
ハッとした顔で、野口は一瞬俯き。顔を上げた時には、いつもの強気な彼に戻っていた。
「……わかった」
そう言った野口を一瞥して、和泉が去りかけた時。
「あんたは? 大丈夫なの?」
和泉は前を向いたまま聞く。
「大丈夫そうに見えねぇ?」
「見えない」
即答され、和泉は苦笑する。そして、野口に向き直ると言った。
「お前に心配されるなんて、情けねぇな」
その顔は苦しそうで。野口は何も言えずただ和泉を見る。その眼差しに、和泉は困ったような笑いを溢した。
「それでも。亜姫は今、俺がいなかったら何も出来ない。大げさに言ってるわけじゃなくて、今は俺が命綱みたいなもんなんだ。倒れるわけにはいかねぇだろ。
お前はお前の仕事をしろ。それで、少しでも亜姫を笑わせてやって。……頼むな」
歩き始めた和泉は少し先で立ち止まり、背中を向けたまま野口に言った。
「誰かに、そうやって思いきり詰られたかった。
………サンキュ」
そして、静かにその場を去った。
いつも向けてくる強気な姿が、今日は影もない。自信が無さそうな小さい声は初めて聞くもので、呼ばれた時は彼だとわからなかった。
一瞬だけ目を合わせたあと、野口は気まずそうに視線を逸らす。何かを言いかけては口を噤み、そのままその場に佇んでいた。
和泉は妙に冷静な気持ちで野口を見た。
随分、視線が近くなってきたな……。
急に背が伸び始めた野口をまじまじと見る。
成長と共に、可愛らしかった顔に凛々しさが見え始めた。体の細さは変わらないが骨格がしっかりしつつあり、服の上からでもほどよく筋肉がついているのがわかる。
時々部活中の野口を見かけるが、彼はいつでも真剣で。その眼差しは亜姫にも同じように向けられる。
野口はどこを見ても曇りや淀みがなく、和泉にはいつも眩しく見えた。自分に向けてくる強い態度にすらそれを感じ、それが羨ましくもあった。
悪いモノ、汚いモノは野口には近寄れないんだろうな。
ふとそんなことを思う。
少し前までの、小さな少年には見あたらなかった力強さや逞しさ。それが更に野口を輝かせている。
こいつのそばにいたら、亜姫はあんな目に合わずに済んだだろうか。
再度、目の前の彼を見る。
このまま成長し続ける野口に持ち前の気の強さが備り続けるなら、自分はいつか焦る日がきたりするのだろうか……。
そう考えた時、いつもの気の強さが欠片も見えないことに気がついて、和泉は飛んでいた思考から現実に意識を戻した。
と、野口がこちらを向く視線とぶつかった。その眼差しに、いつもの強さは無いままだ。
未だ言い淀む彼に「付いてこい」と無言の合図をして、ひとけのない場所へ誘導した。
そして、やはり無言のまま「何の用だ」と視線で促すと。
「──亜姫、先輩の……噂が……」
野口は言いにくそうに口ごもる。
和泉は黙っていた。
すると、そんな和泉を見て
「襲われた、って……本当、なのかよ……?」
怒られるのを恐れている子供のような顔つきで、野口は聞く。
真実を知りたくない、そう訴えているようにも見える。
その顔を見ながら和泉は暫く黙っていたが、やがて静かに問いかけた。
「それを聞いて、お前はどうしたいわけ?」
野口は困った様子で俯く。
「よく、わかんねぇ。……けど、俺に、出来る事は……ないか、って…………」
尻すぼみになるその声と共に小さくなっていく野口。
和泉は下を向き、一度視線を外す。
そのまま大きな溜息をついて、今度は強い眼差しで野口を見据えた。
「お前に出来る事は三つ。
後ろから近づかないこと。
亜姫が気づいてから声をかけること。
何があっても体には触れないこと。……特に、左手は……絶対に触るな。
亜姫を笑わせたいのなら。必ず守れ」
野口が目を見開き驚愕の表情を見せ、次いで泣きそうに歪む。
「そ、れは……噂通りって、事……?」
「事実とは違う。けど……何もなかった、ってわけじゃない」
そう言って、和泉は口を噤んだ。
その姿を呆然と見ていた野口の目に、次第に怒りが宿り始めた。
「な、に、して……あんた、いつも一緒にいるくせに……うんざりするぐらい引っ付いてるくせに、何してたんだよっ! そのデカい身体は飾りかよ!?
いつも偉そうな態度をとってるくせに……女ひとり守ることも出来ねぇのかよ!
あんたが……あんたがもっとしっかりしてれば、そんな事にはならなかったんじゃねぇの!? どうして防げなかっ」
ダンッッッ!!!
和泉が近くにあった木へ思い切り腕を叩きつけた。太い幹が揺れ、その衝撃で上からはハラハラと木の葉が落ちてくる。叩きつけた拳を強く握りながら全身を震わせる和泉に、野口がたじろいだ。
そんな野口を、和泉がギリッと歯ぎしりしながら睨みつける。
「……あぁ、そうだよ! いたよ! こうなる危険を感じてずっと守ってた。あの時だって、すぐそばにいたんだ。
あれだけ守ってたのに……なのに…………。
何してたんだなんて……お前なんかに言われなくたって、俺が一番思ってんだよ!!!」
いつもどこか余裕のある和泉が苦悩を隠しもせず荒れる姿に、野口は言葉を失う。
「亜姫、先輩は……?」
「乗り越えようとしてる」
そう言うと和泉は大きく息を吐き、眼差しを緩めた。
「お前は何も言うな。今まで通りに接しろ。
亜姫の前でそんな情けない顔は見せるなよ。
以前と変わらない日常を……お前が見せてやって」
ハッとした顔で、野口は一瞬俯き。顔を上げた時には、いつもの強気な彼に戻っていた。
「……わかった」
そう言った野口を一瞥して、和泉が去りかけた時。
「あんたは? 大丈夫なの?」
和泉は前を向いたまま聞く。
「大丈夫そうに見えねぇ?」
「見えない」
即答され、和泉は苦笑する。そして、野口に向き直ると言った。
「お前に心配されるなんて、情けねぇな」
その顔は苦しそうで。野口は何も言えずただ和泉を見る。その眼差しに、和泉は困ったような笑いを溢した。
「それでも。亜姫は今、俺がいなかったら何も出来ない。大げさに言ってるわけじゃなくて、今は俺が命綱みたいなもんなんだ。倒れるわけにはいかねぇだろ。
お前はお前の仕事をしろ。それで、少しでも亜姫を笑わせてやって。……頼むな」
歩き始めた和泉は少し先で立ち止まり、背中を向けたまま野口に言った。
「誰かに、そうやって思いきり詰られたかった。
………サンキュ」
そして、静かにその場を去った。
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