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高2
和泉の憂い(1)
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放課後、和泉は用事を終えて教室に向かっていた。亜姫はヒロ達と教室で待たせている。
歩きながらも、頭の中は亜姫のことでいっぱい。最近の出来事が目まぐるしく浮かんでは消えていく。
何でもなさそうに過ごしているが、和泉も亜姫と同じように苦しんでいた。けれど、それは麗華達も同じはずだ。そして何より、亜姫の苦しみはこんなものではない。
和泉は様々な思いを振り払うように、首に手を添え頭をゆっくりと回した。
和泉も眠れぬ夜を過ごしていた。
と言っても、亜姫のような発作を起こすわけではない。それなりに眠れているし、困るようなこともない。もともと睡眠時間が少ない和泉は、眠れない事に辛さは感じない。
問題なのは、悪夢を見ることだ。
内容は毎回少しずつ違う。しかし全てに共通しているのは、あの日見た光景とそれに至るまでの日々が元になっていること。
現実とは異なる内容に夢だと理解している。なのに毎回どうやっても助けられず、最後は必ず絶望して飛び起きる。
そして、起きた後も。
夢だと分かっているのに──それはあの日のことで過ぎたことだと分かっているのに──「また助けられなかった」と酷い後悔に苛まれる。
その後は亜姫が号泣しながら錯乱するあの姿がリアルな映像で頭の中を支配し、翌朝亜姫を見て無事だったと安堵する。
毎日その繰り返しで、時々わけもなく大声で喚きたくなった。
──起こってしまったことを無かったことには出来ない。出来ない事を望むな、キリがない。今出来る事を探していくしかない。ガキはガキなりに出来る事を──
あの日冬夜に言われた言葉が、何度も頭の中に響く。
亜姫を守りたかった。あの日が来る前だって、出来る事はしていたつもりだ。
けれど、あれは起きた。
なぜ避けられなかったのか。それをどうしても考えてしまう。
もっと出来る事があったのではないか。考えが足りなかったのではないか。あれが駄目だった、ああすればよかった、それともこうだったらよかったのか……色んな事を考える。
亜姫があんな目に合ったのは自分のせいではないかと、どうしても己を責めてしまう。
自分と付き合わなければ、石橋が亜姫を見つけることはなかった。少なくとも、こんな形で出会うことはなかったのではないか。
そもそも自分があんな生き方をしてきたせいで、石橋と絡む未来が出来てしまったのだ。
──自分のせいで、亜姫がいつか笑えなくなる──
一番恐れていたことが、これ以上ない最悪の形で訪れた。やはり自分のせいだと和泉は思う。
わかっている。今更そんなことを考えても元には戻らない。いま出来る事をするしかないのだと。
自分のせいだと分かっているのに、どう償っても取り戻せないことばかり。……なのに、亜姫はこんな自分を拠り所に日々を生きている。
あんな目に合わせたのは俺なのに。
亜姫はそれを責めるどころか、この腕の中だけが唯一安心できる場所だと言う。
どうしようもない嬉しさと共に、どうしようもなく苦しくなる。自分には、そんな安らかな顔を見せてもらえる資格などないのに。
「お前のせいだ」と責めろよ、と逆に怒鳴りたくなる。自分は亜姫が安心できるような存在ではないのだと。
だが、変わりたいと思ったところで急に変われたり大人になれるわけではない。
どれだけ足掻いても、自分の力で出来る事は相変わらずちっぽけで。
誰も自分を責めないことが逆に辛かった。亜姫でさえ、自身よりもこちらを守ろうとした。
亜姫の親も、罵るどころか、全てを知ったにも関わらずお礼を言い笑いかけてくる。
全てを暴露した時、怒鳴られ罵られ殴り倒してもらえた方がマシだった。今になってそう思う。
どうしようもなく誰かにそうしてもらいたかった。
冬夜が時々何かを言いたげにこちらを見ていることにも気づいている。きっと情けない顔をしているのだろう。
眠れていないことにも気づいているはずだ。
もともと口数が少ない兄は、余計な事を言わない。けれど、今のままでは駄目だと目で伝えてくる。なのにその視線の中に心配する気持ちも見えていて……気遣いや甘やかしを表現することなど滅多にない冬夜のそれがまた、和泉には苦しかった。
そんなことを取り留めなく思いながら歩いていると。
「和泉さん」
控えめな声に呼ばれた。
歩きながらも、頭の中は亜姫のことでいっぱい。最近の出来事が目まぐるしく浮かんでは消えていく。
何でもなさそうに過ごしているが、和泉も亜姫と同じように苦しんでいた。けれど、それは麗華達も同じはずだ。そして何より、亜姫の苦しみはこんなものではない。
和泉は様々な思いを振り払うように、首に手を添え頭をゆっくりと回した。
和泉も眠れぬ夜を過ごしていた。
と言っても、亜姫のような発作を起こすわけではない。それなりに眠れているし、困るようなこともない。もともと睡眠時間が少ない和泉は、眠れない事に辛さは感じない。
問題なのは、悪夢を見ることだ。
内容は毎回少しずつ違う。しかし全てに共通しているのは、あの日見た光景とそれに至るまでの日々が元になっていること。
現実とは異なる内容に夢だと理解している。なのに毎回どうやっても助けられず、最後は必ず絶望して飛び起きる。
そして、起きた後も。
夢だと分かっているのに──それはあの日のことで過ぎたことだと分かっているのに──「また助けられなかった」と酷い後悔に苛まれる。
その後は亜姫が号泣しながら錯乱するあの姿がリアルな映像で頭の中を支配し、翌朝亜姫を見て無事だったと安堵する。
毎日その繰り返しで、時々わけもなく大声で喚きたくなった。
──起こってしまったことを無かったことには出来ない。出来ない事を望むな、キリがない。今出来る事を探していくしかない。ガキはガキなりに出来る事を──
あの日冬夜に言われた言葉が、何度も頭の中に響く。
亜姫を守りたかった。あの日が来る前だって、出来る事はしていたつもりだ。
けれど、あれは起きた。
なぜ避けられなかったのか。それをどうしても考えてしまう。
もっと出来る事があったのではないか。考えが足りなかったのではないか。あれが駄目だった、ああすればよかった、それともこうだったらよかったのか……色んな事を考える。
亜姫があんな目に合ったのは自分のせいではないかと、どうしても己を責めてしまう。
自分と付き合わなければ、石橋が亜姫を見つけることはなかった。少なくとも、こんな形で出会うことはなかったのではないか。
そもそも自分があんな生き方をしてきたせいで、石橋と絡む未来が出来てしまったのだ。
──自分のせいで、亜姫がいつか笑えなくなる──
一番恐れていたことが、これ以上ない最悪の形で訪れた。やはり自分のせいだと和泉は思う。
わかっている。今更そんなことを考えても元には戻らない。いま出来る事をするしかないのだと。
自分のせいだと分かっているのに、どう償っても取り戻せないことばかり。……なのに、亜姫はこんな自分を拠り所に日々を生きている。
あんな目に合わせたのは俺なのに。
亜姫はそれを責めるどころか、この腕の中だけが唯一安心できる場所だと言う。
どうしようもない嬉しさと共に、どうしようもなく苦しくなる。自分には、そんな安らかな顔を見せてもらえる資格などないのに。
「お前のせいだ」と責めろよ、と逆に怒鳴りたくなる。自分は亜姫が安心できるような存在ではないのだと。
だが、変わりたいと思ったところで急に変われたり大人になれるわけではない。
どれだけ足掻いても、自分の力で出来る事は相変わらずちっぽけで。
誰も自分を責めないことが逆に辛かった。亜姫でさえ、自身よりもこちらを守ろうとした。
亜姫の親も、罵るどころか、全てを知ったにも関わらずお礼を言い笑いかけてくる。
全てを暴露した時、怒鳴られ罵られ殴り倒してもらえた方がマシだった。今になってそう思う。
どうしようもなく誰かにそうしてもらいたかった。
冬夜が時々何かを言いたげにこちらを見ていることにも気づいている。きっと情けない顔をしているのだろう。
眠れていないことにも気づいているはずだ。
もともと口数が少ない兄は、余計な事を言わない。けれど、今のままでは駄目だと目で伝えてくる。なのにその視線の中に心配する気持ちも見えていて……気遣いや甘やかしを表現することなど滅多にない冬夜のそれがまた、和泉には苦しかった。
そんなことを取り留めなく思いながら歩いていると。
「和泉さん」
控えめな声に呼ばれた。
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