【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンとおっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々

文字の大きさ
上 下
138 / 364
高2

和泉の憂い(1)

しおりを挟む
 放課後、和泉は用事を終えて教室に向かっていた。亜姫はヒロ達に預け、教室で待たせている。
 
 歩きながらも頭の中は亜姫のことばかり。最近の出来事が目まぐるしく浮かんでは消えていく。 
 
 何でもなさそうに過ごしているが、和泉も亜姫と同じように苦しんでいた。けれど、それは麗華達も同じはずだ。なにより、亜姫の苦しみはこんなものではない。
 和泉は様々な思いを振り払うように首に手を添え、頭をゆっくりと回した。
 
 和泉も眠れぬ夜を過ごしていた。
 と言っても、亜姫のような発作を起こすわけではない。それなりに眠れているし、困るようなこともない。もともと睡眠時間が少ない和泉は、眠れない事に辛さは感じない。
 
 問題なのは悪夢を見ることだ。 
 内容は毎回少しずつ違う。けれど、どの夢もあの日見た光景とそれに至るまでの日々が元になっている。
 現実とは異なる内容に、夢だと理解している。なのに毎回どうやっても助けられず、最後は絶望して飛び起きる。
 
 そして、起きた後も。
 夢だと分かっているのに──それはあの日のことで過ぎたことだと分かっているのに──「また助けられなかった」と酷い後悔に苛まれる。
 その後は亜姫が号泣しながら錯乱するあの姿がリアルな映像で脳内を支配し、翌朝亜姫を見て無事だったと安堵する。
 
 日々その繰り返しで、時々わけもなく大声で喚きたくなった。
 
 ──起こってしまったことを無かったことには出来ない。出来ない事を望むな、キリがない。今出来る事を探していくしかない。ガキはガキなりに出来る事を──
 
 あの日冬夜に言われた言葉が、何度も頭の中に響く。
 
 亜姫を守りたかった。あの日が来る前だって、出来る事はしていたつもりだ。
 けれど、あれは起きた。
 なぜ避けられなかったのか。それをどうしても考えてしまう。
 
 もっと出来る事があったのではないか。考えが足りなかったのではないか。あれが駄目だった、ああすればよかった、それともこうだったらよかったのか……色んな事を考える。
 
 亜姫があんな目に合ったのは自分のせいではないかと、どうしても己を責めてしまう。
 自分と付き合わなければ、石橋が亜姫を見つけることはなかった。少なくとも、こんな形で出会うことはなかったのではないか。
 そもそも自分があんな生き方をしてきたせいで石橋と絡む未来が出来てしまったのだ。
 
 ──自分のせいで亜姫がいつか笑えなくなる──
 
 一番恐れていたことが、これ以上ない最悪の形で訪れた。やはり自分のせいだと和泉は思う。
 
 わかっている。今更そんなことを考えても元には戻らない、いま出来る事をするしかないのだと。
 
 自分のせいだと分かっているのに、どう償っても取り戻せないことばかり。……なのに、亜姫はこんな自分を拠り所に日々を生きている。
 
 あんな目に合わせたのは俺なのに。
 亜姫はそれを責めるどころか、この腕の中だけが唯一安心できる場所だと言う。
 どうしようもない嬉しさと共にどうしようもなく苦しくなる。自分には、そんな安らかな顔を見せてもらえる資格などないのに。
 
 「お前のせいだ」と詰れよ、と逆に怒鳴りたくなる。自分は亜姫が安心できるような存在ではないのだと。
 
 だが、変わりたいと思ったところで急に変われたり大人になれるわけではない。
 どれだけ足掻いても、自分の力で出来る事は相変わらずちっぽけで。
 
 誰も自分を責めないことが逆に辛かった。亜姫でさえ、自身よりもこちらを守ろうとした。
 亜姫の親も、罵るどころか、全てを知ったにも関わらずお礼を言い笑いかけてくる。
 
 全てを暴露した時、怒鳴られ罵られ殴り倒してもらえた方がマシだった。今になってそう思う。
 どうしようもなく、誰かにそうしてもらいたかった。
 
 冬夜が時々何かを言いたげにこちらを見ていることにも気づいている。きっと、情けない顔をしているのだろう。
 眠れていないことにも気づいているはずだ。
 
 もともと兄は口数が少なく、余計な事を言わない。けれど、今のままでは駄目だと目で伝えてくる。なのにその視線の中に心配する気持ちも見えていて……気遣いや甘やかしを表現することなど滅多にない冬夜のそれがまた、和泉には苦しかった。
 
 そんなことを取り留めなく思いながら歩いていると。
 
「和泉さん」 

 控えめな声に呼ばれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...