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高2

登校(4)

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 駅からの通学路。既に学校は始まっていて人は殆どいない。亜姫は幾分か落ち着いた様子で、どうにか学校まで辿り着いた。
 
 傷の殆どは制服に隠れて見えない。首周りだけは包帯を巻いてあるが、それは皮膚のトラブルということにした。 
 
 ガヤガヤした教室に亜姫は足がすくんでいたが、麗華達がさりげなく囲って座席へと誘導。どうやら日頃から関わる人にはそこまで恐怖を感じないようで、外よりは多少落ち着いて見えた。隣席は一人を好む大人しい男子。特に関わることもなく何とかやり過ごしている。
 
 亜姫が頑張ろうとしているのを察し、和泉は黙って様子を見守る。だが、しばらく経つと様子がおかしくなってきた。最早、座っていることすら難しそうだ。 
 和泉は駆け寄り、崩れ落ちそうなその体を抱き上げた。教室が一気にざわめいたが、それらを全て無視して保健室へと直行する。 
 亜姫は抵抗する気力もないようで、されるがままだった。
 


 ◇ 
 保健室のベッドへ亜姫をそっと寝かせる。
「亜姫? 何が辛い?」 
 聞いても荒い息づかいが帰ってくるだけ。
 
 綾子に昨夜からの様子を話し、和泉は許可を得てベッドのそばに腰掛けた。
 苦しそうに横たわる亜姫の顔を見て、後悔に苛まれる。
 
 無理をさせすぎたか……。
 
 亜姫の手をそっと握る。そのままもう片方の手で頭を優しく撫でると、次第に落ち着いてゆっくりと眠りへいざなわれていった。 
 昨日から睡眠も殆ど取れず、心も揺さぶられ続けて疲れていたのだろう。亜姫がようやく眠れると思い、和泉の気持ちも少し緩む。
 
 だが間もなく亜姫は魘され始めた。 
 眉間に皺を寄せ、首を振る。
「……いや、やめてくださ……やだ……」 
 その言葉を合図に、昨日の錯乱時と同じ状態になった。
 
 和泉は直ぐさまベッドに上がり、亜姫を抱き上げた。昨日と同じように声をかけると数分で落ちつき、ホッとした和泉は腕の力を緩める。
 途端、亜姫は自由になった腕で自分の口をゴシゴシとこすりだした。かなり強い力なのか、擦ったそばから真っ赤になり唇も切れる。 

「亜姫、やめろ」
 和泉が手を押さえようとするが、亜姫は必死で擦り続ける。朦朧としているようでこちらの声は聞こえないようだ。
「気持ち悪い、汚い」「やめて」
 そう言って泣きながら、口以外にも触られた場所を掻きむしろうとする。
 
 どこからそんな力が出るのか、なかなか手の動きを押さえられない。擦り続ける唇は、少しずつ腫れあがってきた。 
 横を見ると、綾子も対応に困惑している。
 
 ……どうにかして止めないと。 
 焦る和泉にもともと考えがあったわけではない。ただ、気がついたらこうしていた。
 
「亜姫、大丈夫だよ」
 言いながら、触れるだけのキスをする。
「ほら、綺麗になった」
 小さな声で囁く。
「ここも。ほら、もう汚くない」
「昨日、上書きしたよな? 亜姫、思い出して」
 名前を呼びながら、嫌がる箇所にゆっくり唇をあてていく。 
 綾子が隣にいることも忘れていた。
 
 それが功を奏したのか、次第に力が抜けていく。そして、目を瞑りながらも「ん」と返事をするようになり……ついにカクンと力が抜け、亜姫は今度こそ深い眠りに落ちた。 
 
 くったりと脱力して静かな寝息を立てる亜姫。
 和泉と綾子が顔を見合わせ、ホッと息を吐く。 
「……まぁ、今のは……人助けって事で。怒るなよ?」
「入学当時の和泉からは考えられない言葉だわ。あんたは悩みのタネだったんだからね」 

 綾子は校内でヤりまくってたことを言っているのだろう、和泉は苦笑いを返す。
 
「無意識下で和泉のことが分かるなんて相当信頼されてるのね。なかなかすごいと思うわよ」
「だとしたら、かなり嬉しいかも」 
 和泉が愛しそうに亜姫を見ながら言う。

「俺は今度こそ亜姫を守るって決めた。でも、一人じゃ無理だ。綾ちゃんにも色々助けてもらうと思うから……頼むね」 
 真っ直ぐ目を合わせ、和泉は真剣な顔で頼みこむ。
「昨日も思ったけど……和泉、本当に変わったわね」
 綾子は目を細めて感慨深そうに言った。
 
「なぁ、またさっきみたいになるかもしんないからさ、このままの状態で寝かしていい? ゆっくり寝かしてもやりたいし、保健室に他の生徒が出入りしてても、俺がいたら怖がらないでいられるかも。
 教師の立場でいいよとは言いづらいかもしれないけどさ、とりあえず今は……お願い」
 
 少し考えたあと、綾子は許可を出した。
 
 亜姫はぐっすり眠っている。和泉はその体を寝やすい位置に抱え直し、しばらくその寝顔を眺めていた。
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