【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンとおっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々

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登校(1)

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「学校、行く?」
 和泉がコーヒーを飲みながら尋ねる。 
「うん。行きたい。……と、思ってる……」
 俯きがちに言う、尻すぼみな声。こんな亜姫は珍しい。 
 和泉はその顔を覗き込んだ。
「何が不安?」 
「全部……」
 これまた珍しく、素直に不安を口にする。
 
 だが「今日ぐらい休めば?」と言えば嫌だと言う。
 なぜ、今日行く事にこだわるのか?
 『行かなきゃ』と思ってる? それとも『行きたい』と思ってる?
「行きたいと思ってる」
 
 なぜ? と更に問う。すると。 
「一度休んだら、ずっと出られなくなりそうで恐い。あんなことに負けたくない」
 
 昨日、頑なに『いつも通り』にこだわったのはこれが理由だった。
 亜姫は恐いのだ。『あんなこと』が自分の人生を大きく変えるほどの出来事だったと……本当は分かっているから。 
 
 抱える恐怖の大きさを感じながら、それでも前を向くのは亜姫らしい。ならば支えよう、と和泉は思う。  
「よし。じゃ、行くか」
 
 亜姫がパッと顔を上げた。いいの? と目をキラキラさせる姿に笑みがこぼれる。 
「その為に俺が来たんだろ? でもお前、睡眠足りてないけど大丈夫なの? メシは?」
「今は眠くない。大丈夫。食事は……食べられそうにないんだけど……」
「駄目。少しでもいいから食べろ。倒れたら困るだろ」
 
 そして、和泉にも出されたパンを二人でつまむ。 

「そういや、さっき言ってたシミって何? 随分気にしてたけど、どうなってるの?」
「あ」
 
 亜姫もすっかり忘れていたようだ。もぞもぞと服の中を確認して
「今は、あんまり気にならない……かも?」 
 
 確認していたのは、やはり触られた所だった。恐らく、精神的なものだろう。 
 和泉は敢えてそこには触れず、「また気になったら言えよ」と言うに留めた。
 
「本当にあったんだもん。すごく嫌だった……」 
 呟く亜姫を慰めようかと思ったが、何か言う前に「和泉が変なこと言うからだよ」と睨まれた。
 それならむしろ感謝してもらわないと、とギャーギャー言いながら食事を済ませ、玄関へ向かう。 
 
 しかし、靴を履き出ようとしたら亜姫が動かなくなった。
 しばし様子を見るが、やはり怖がっているようだ。
 休めと言いたくなるのを我慢して、和泉はその前にしゃがみ込む。そして、俯く亜姫にまだ行きたいか問いかけた。
 縦に頷くのを確認すると、和泉は玄関を出たところで手を広げる。 
「亜姫。今日は、まず一歩。ここまで。……おいで」

 固まっていた亜姫の足が、ゆっくりと前に出る。そして、玄関から一歩外に出た。 
 そのまま胸の中に飛び込んできた亜姫を、和泉は思わず抱きしめそうになる。だが目の前には様子を見る母。なので、代わりに亜姫の背をポンポンとたたいた。
「良く出来ました」
 
「もう少し行ってみる?」
 その問いに、亜姫の瞳は揺れた。
 
 亜姫の家は通り沿いにあり、門の外は駅へ向かう人が絶えない。その大半が通勤する男性なので、亜姫は怖がっているようだ。
 
「出来る事を少しずつやっていけばいい。ここまで頑張れたんだから、今日はもう休んだっていいじゃん。あと一歩進んでもいいし、門を出てすぐ帰ってきてもいい。亜姫はどうしたい?」
 
 亜姫が和泉の服をギュッと掴む。
「絶対、そばにいてくれる……?」
「もちろん」
「……もう少し、頑張りたい」
「いいよ」
 
 亜姫はずっと左手を気にしている。体に埋め込むように貼り付け、上から右手で隠すような仕草。
 何度も掴まれた左手首。そこにトラウマがあるのだと見て取れた。
 和泉は少しの間考えていたが、何も言わずにバッグを2つ持ち亜姫の右肩を抱き寄せた。左手は体の間に隠すようにして、自分の服を掴ませる。
 
 亜姫の口から小さな安堵の息がもれる。それを確認してから、ゆっくりと門の外へ出た。
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