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高2

事件後(6)

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 冬夜を残し、和泉は一人で昇降口に向かう。 
 仕事を切り上げて来てくれたと分かっていた。でもこんな顔、見られたくない。
 
 多忙な親の代わりに自分を育ててくれている兄。そんな彼から諭されたことも、駄々を捏ねただけの自分にも苛々した。
 
 だが冬夜は和泉の態度を気にも止めず、後ろから付いてきた。チラっと見ると、和泉が置いたままだったバッグと上着を手にしている。
 その余裕ぶった態度が、また自分との差を見せつけられているようで面白くない。なんだか追いつかれるのも癪で和泉はますます足を早めた。
 
 だが、まだ気持ちを切り替えきれない和泉。今だ校内に残る亜姫が気になり、次第に足が進まなくなっていく。
 それを冬夜はあっさり追い抜いた。そして少し先から和泉を振り返ると馬鹿にするような声を飛ばしてきた。
「本当にガキだな。いつまでも不貞腐れた顔してんじゃねーよ」
 
「うるせぇな」
 小さな声で反抗したが、鼻で笑われた。
 何度も言われたガキという言葉に腹が立ってしょうがなかったが、己のガキさ加減には自覚があったのでそれ以上言葉には出来ず、ますます苛ついた。
 
 車に乗り込んだ和泉は助手席に座り、無言で窓の外を見ている。
 
「どっかでメシ食うか?」
「いらね」
 腹なんかすかない。何かを食べる気にはならなかった。

 車内はしばらく静かだったが、窓の外から自分の手の平へ視線を移した和泉は不意に話し出した。
 
「なぁ冬夜。早く大人になるにはどうしたらいい?
 力が欲しい。もっと……力が欲しいよ。
 冬夜ぐらい大人だったら、亜姫をあんな目に合わせずにすんだのかな……。
 なんで俺、こんなガキなんだろ……好きな女一人、守れない。そばにいてやることすら出来ない……」
 
 自分の手を見つめながら独り言のように呟く和泉は、冬夜に話しかけてはいるが自分自身に問いかけているように見えた。

「俺は、亜姫に何をしてやれる? 
 何をすればいい?
 今の俺に、何が出来る……?」
 
 冬夜は黙って聞いていたが、実は和泉の様子に言葉を失くしていた。
 
 小さな頃から弟を見てきたが、さっきのように泣くのも感情的になるところも見たことがなかったからだ。もちろん、こんな姿も初めて見た。
 
 夏の海外で初めてのワガママを聞いた。いつもの無表情でたった一言「今すぐ帰る」と……手伝いを拒否するだけでなく、着いたばかりの空港からそのまま帰ろうとした姿に驚かされたばかりだったが、今日の驚きはそれの比ではない。
 
 全てに興味を示さず無気力だった弟が、強い執着を示すだけではなくこんな事まで言い出す様に衝撃を受ける。と同時に、心が揺さぶられ嬉しさがこみ上げてくる。
 弟に頼られたことも初めてだ。それには応えてやりたいと思ってしまう。
 
 冬夜はそんな心を隠して、弟へ語りかけた。 
「今までと同じように接してやれば?
 ガキだから出来る、今のカイだから出来るって事があるんじゃないの?
 少なくとも、昼間そばにいてやることは出来るだろ。それは、仕事をしてる俺には出来ないことだ」
 
 ずっと下を向いていた和泉が、初めて顔を上げた。
 
「……起きてしまったことを、無かったことには出来ないんだよ、カイ。
 出来ないことを望むな。キリがない。今出来ることを探していくしかないんだ。
 お前があの子にしてやりたいこと、あの子が望むことをすればいいんじゃないの?
 ガキはガキらしく、小難しいことは考えずやりたいことをしろよ。
 建前とか常識とかすっ飛ばして思ったまま行動できるのは今だけだぞ。
 必ずしも大人の方が優れてるわけじゃない。逆に、色んなものに縛られて動けないこともあるからな」
 
 黙って冬夜の話を聞く和泉の顔は真剣で、初めて見るその顔はやたらと頼もしく見えた。
 運転の合間に見たその顔に、冬夜は弟の成長を感じる。
 
 ここ最近のこいつの変化は、あの子がいるからか……。 
 そんな二人に起きた今日の出来事を憂いたくなったが、それは顔に出さなかった。代わりに自分ができるアドバイスを送る。
 
「ただ、覚えておけ。あの子を大事に思ってるのはお前だけじゃない。
 あの子はカイだけのものじゃねぇんだよ。
 一人だけで突っ走ったら、それはただのワガママだからな。それは絶対、忘れんなよ」
 
 和泉はしばらく冬夜の顔を見つめていたが、ふと我に返ると呟いた。
「ガキはガキなりに、亜姫が望むこと、自分がしたいこと……か。
 そうだな………考えるよ。全部、ちゃんと考える。
 今日みたいな泣かせ方、もうさせねぇよ……」
 
 足に乗せていた左手を強く握る。それを右手で上から更に強く握りしめ、じっと見つめる。
 和泉はそれきり口を噤み、その手を見つめたまま家に着くまで動かなかった。
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