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高2
石橋(4)
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教室へ飛び込んできた亜姫。
「間に合わないと思って慌てちゃった」
苦笑しながら話す様子に、和泉は違和感を感じた。
怯えてる……?
何かあった? そう聞こうとしたのだが、亜姫はそのまま横をすり抜けて自分の席へと向かっていった。
すれ違う時、嗅ぎ慣れない匂いがした。
気になって亜姫を見ていると、やはり様子がおかしい。いつも通りに振る舞っているが、どことなく憂いがある。麗華達も気づいているようだ。
昼休みになるのを待ち、皆で屋上に向かった。この時期、屋上は寒くなるので人がいない。話をするにはちょうどいい。
「亜姫。石橋に会っただろ」
ビクン、と肩を震わせて亜姫が固まる。
「さっき、お前から男物の香水の匂いがした。……何をされた?」
亜姫はしばし考え込んでいたが、やがて小さな声で呟いた。
「今まで会わなかった人とやたら頻繁に会う。これって、偶然なのかな……?」
そして先程の話を終えると、亜姫は和泉の服をキュッと掴んだ。
「石橋先輩、なんか、ちょっと変……」
亜姫は、もう笑っていなかった。
「そんな不安そうな顔すんな。大丈夫だから」
強張る亜姫を抱き寄せ、和泉は安心させるように頭を撫でた。
◇
その日からできるだけ気をつけてはいたが、一人になる瞬間はあるもので。それを狙ったようなタイミングで石橋は現れた。
学年も違うのにそんな会い方は不自然だ、やはり偶然ではない。と、亜姫は思う。
先日の一件以来、彼にはあまり近づかないようにしている。
そんな亜姫に、石橋は優しい口調で謝罪した。
「この間は悪ふざけが過ぎたな、お前には通じない冗談だった。怖がらせて悪かった」
そして亜姫を気遣ってか、無理に距離を詰めようとはしなかった。
会えば適度な距離で挨拶ぐらいは交わす、そんな日が続いたある日。一人で歩いていた亜姫の前に、また彼が現れた。
この時初めて「今から、少し話せないか?」と持ちかけられた。
だがその日は和泉と予定があったので「話をするなら別の日に……」と言いかけたのだが。
言い終わる前に、石橋のドロリとした暗い瞳が亜姫を捉えた。
「いつも、一緒なんだろ……? 少しぐらい俺が時間もらっても、問題ないだろ……?」
いつもの、獲物を捕らえるような獰猛さではない。地を這うような、闇深さをのせた低い声だった。
こんな先輩、見たことがない。
怖い。
そう思った時にはもう、左手を掴まれていた。
「少しだけだよ。話をするだけだから。なぁ、いいだろ?」
先ほどの様子は影を潜めていつもの明るさで言うが、目が笑っていなかった。
左手を掴む手は強く、痛みさえ感じる。
亜姫の体が恐怖で強張る。震える声で離してと頼むがその手は一向に緩まず、逆に引き寄せられた。
「や、先輩、離して……」
「そんなに怯えるなよ。なぁ、頼むから。お前とゆっくり話したいだけなんだ、俺は……」
「離せよ」
突如逆側へ引かれ、亜姫の体が傾いた。と同時に、安心する香りに包まれる。
「……和泉」
石橋は低い声で呟くと、亜姫を抱き込む和泉に視線を据えた。
「お前にしちゃ珍しく、随分気に入ってんだな」
「……あんたには関係ない」
「そんなに体の具合がいいのかよ」
「……亜姫、行くぞ」
和泉が無視して歩き出すと、石橋はその背に明るく声をかけた。
「早く、回してくれよ」
「……は?」
和泉の足が止まる。
「亜姫だよ。お前、どうせすぐ飽きるだろ。次、待ってんだからさ。早く回せよ」
「亜姫は物じゃねーんだよ。飽きねーし、あんたにも渡さない」
「よく言うよ。今までの女、全て物扱いでヤり捨てたくせに。俺んとこに来た奴、全部お前のお下がりだったぞ」
「へえ?………そんなに相手がいるなら人の物に手ぇ出すなよ。そっちで勝手に遊んでろ」
「俺は……」
そこで言葉を区切った石橋は、和泉の腕の中にいる亜姫をゆっくりと見た。先ほど見た、ドロリとした瞳。しかしその中に他の感情が混じって見えるような気がした。
それが何なのかわからず、恐ろしさを感じて亜姫は和泉に縋り付く。
石橋はそれを見て何か言いかけたが、言葉の代わりに切なそうな表情を一瞬見せた。
だが、すぐ和泉へ視線を移し、嘲るような笑みを浮かべる。
「ずっと、お前のお下がりをもらい続けてんだよなぁ。けど、和泉がお手つきした奴ってやたら楽しませてくれるんだよ。
だから、早く次がほしいんだよね。お前とヤりたい奴は山程いるんだから、亜姫ばっか構ってないで相手してやれよ。
そんで……亜姫、早く寄こせよ。……今すぐ、俺に寄こせ」
話すにつれ石橋の顔からは笑みが消え、最後は低い声で命令するように言った。
「亜姫は渡さない」
そう言い残し、和泉はその場から亜姫を連れ出した。
和泉はそのまま屋上へ向かった。この時期、そこは人が来ないから。
扉の前で床に座り、膝の上に亜姫を乗せる。そして石橋に掴まれた左手を優しく撫でた。
無言のまま俯く顔を覗き込み、「怖かったよな」と優しく問いかける。
頷いた亜姫は和泉に抱きついた。
「先輩が、何を考えてるのかわからない……」
その日から、和泉は亜姫を家まで送り届けるようになった。
「間に合わないと思って慌てちゃった」
苦笑しながら話す様子に、和泉は違和感を感じた。
怯えてる……?
何かあった? そう聞こうとしたのだが、亜姫はそのまま横をすり抜けて自分の席へと向かっていった。
すれ違う時、嗅ぎ慣れない匂いがした。
気になって亜姫を見ていると、やはり様子がおかしい。いつも通りに振る舞っているが、どことなく憂いがある。麗華達も気づいているようだ。
昼休みになるのを待ち、皆で屋上に向かった。この時期、屋上は寒くなるので人がいない。話をするにはちょうどいい。
「亜姫。石橋に会っただろ」
ビクン、と肩を震わせて亜姫が固まる。
「さっき、お前から男物の香水の匂いがした。……何をされた?」
亜姫はしばし考え込んでいたが、やがて小さな声で呟いた。
「今まで会わなかった人とやたら頻繁に会う。これって、偶然なのかな……?」
そして先程の話を終えると、亜姫は和泉の服をキュッと掴んだ。
「石橋先輩、なんか、ちょっと変……」
亜姫は、もう笑っていなかった。
「そんな不安そうな顔すんな。大丈夫だから」
強張る亜姫を抱き寄せ、和泉は安心させるように頭を撫でた。
◇
その日からできるだけ気をつけてはいたが、一人になる瞬間はあるもので。それを狙ったようなタイミングで石橋は現れた。
学年も違うのにそんな会い方は不自然だ、やはり偶然ではない。と、亜姫は思う。
先日の一件以来、彼にはあまり近づかないようにしている。
そんな亜姫に、石橋は優しい口調で謝罪した。
「この間は悪ふざけが過ぎたな、お前には通じない冗談だった。怖がらせて悪かった」
そして亜姫を気遣ってか、無理に距離を詰めようとはしなかった。
会えば適度な距離で挨拶ぐらいは交わす、そんな日が続いたある日。一人で歩いていた亜姫の前に、また彼が現れた。
この時初めて「今から、少し話せないか?」と持ちかけられた。
だがその日は和泉と予定があったので「話をするなら別の日に……」と言いかけたのだが。
言い終わる前に、石橋のドロリとした暗い瞳が亜姫を捉えた。
「いつも、一緒なんだろ……? 少しぐらい俺が時間もらっても、問題ないだろ……?」
いつもの、獲物を捕らえるような獰猛さではない。地を這うような、闇深さをのせた低い声だった。
こんな先輩、見たことがない。
怖い。
そう思った時にはもう、左手を掴まれていた。
「少しだけだよ。話をするだけだから。なぁ、いいだろ?」
先ほどの様子は影を潜めていつもの明るさで言うが、目が笑っていなかった。
左手を掴む手は強く、痛みさえ感じる。
亜姫の体が恐怖で強張る。震える声で離してと頼むがその手は一向に緩まず、逆に引き寄せられた。
「や、先輩、離して……」
「そんなに怯えるなよ。なぁ、頼むから。お前とゆっくり話したいだけなんだ、俺は……」
「離せよ」
突如逆側へ引かれ、亜姫の体が傾いた。と同時に、安心する香りに包まれる。
「……和泉」
石橋は低い声で呟くと、亜姫を抱き込む和泉に視線を据えた。
「お前にしちゃ珍しく、随分気に入ってんだな」
「……あんたには関係ない」
「そんなに体の具合がいいのかよ」
「……亜姫、行くぞ」
和泉が無視して歩き出すと、石橋はその背に明るく声をかけた。
「早く、回してくれよ」
「……は?」
和泉の足が止まる。
「亜姫だよ。お前、どうせすぐ飽きるだろ。次、待ってんだからさ。早く回せよ」
「亜姫は物じゃねーんだよ。飽きねーし、あんたにも渡さない」
「よく言うよ。今までの女、全て物扱いでヤり捨てたくせに。俺んとこに来た奴、全部お前のお下がりだったぞ」
「へえ?………そんなに相手がいるなら人の物に手ぇ出すなよ。そっちで勝手に遊んでろ」
「俺は……」
そこで言葉を区切った石橋は、和泉の腕の中にいる亜姫をゆっくりと見た。先ほど見た、ドロリとした瞳。しかしその中に他の感情が混じって見えるような気がした。
それが何なのかわからず、恐ろしさを感じて亜姫は和泉に縋り付く。
石橋はそれを見て何か言いかけたが、言葉の代わりに切なそうな表情を一瞬見せた。
だが、すぐ和泉へ視線を移し、嘲るような笑みを浮かべる。
「ずっと、お前のお下がりをもらい続けてんだよなぁ。けど、和泉がお手つきした奴ってやたら楽しませてくれるんだよ。
だから、早く次がほしいんだよね。お前とヤりたい奴は山程いるんだから、亜姫ばっか構ってないで相手してやれよ。
そんで……亜姫、早く寄こせよ。……今すぐ、俺に寄こせ」
話すにつれ石橋の顔からは笑みが消え、最後は低い声で命令するように言った。
「亜姫は渡さない」
そう言い残し、和泉はその場から亜姫を連れ出した。
和泉はそのまま屋上へ向かった。この時期、そこは人が来ないから。
扉の前で床に座り、膝の上に亜姫を乗せる。そして石橋に掴まれた左手を優しく撫でた。
無言のまま俯く顔を覗き込み、「怖かったよな」と優しく問いかける。
頷いた亜姫は和泉に抱きついた。
「先輩が、何を考えてるのかわからない……」
その日から、和泉は亜姫を家まで送り届けるようになった。
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