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高2

文化祭(13)

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「やだ、聞きたくない」

 口に出したら心に風穴が開いたのか……抑えていた気持ちが中から溢れ出してくる。それを沙世莉の言葉が後押しした。 

「嫌だ、聞かない。聞きたくない。
 どうして私が話を聞かなきゃいけないの? 私の話は聞いてくれなかったのに。
 どうせ言い訳かごめんって言うんでしょう……? そんなの、聞きたくない」
 
 「嫌だ」と繰り返し、亜姫は和泉に背を向ける。
 傷ついた心がまた悲鳴を上げ、再び涙がこみ上げてくる。溢れそうになるのを我慢しようと、眉間に力を込めた。 
「どうして、和泉の願いだけ叶えてあげなきゃいけないの?」
 そう呟いたら、涙がこぼれた。 

 直してもらったメイクをまた駄目にしたくない。どうにか堪らえようと思ったが、一度決壊した涙腺は止まらなかった。
 せめて擦らないようにと指で涙を掬ったが、大きな感情の波に歪む顔をどうにも出来ず、両手で顔を覆う。
 
 嗚咽が漏れる。同時に言葉も溢れ出た。
「私の願いは、一つも叶わなかった。
 何も出来なかった。
 してもいないことばっかり。
 信じてもらえないことばっかり。
 ……叶えたくないことばっかり。
 和泉は……もう言いたいこと、言ったじゃない。聞きたくないこと、沢山聞かされた。
 今度は勝手に謝って終わりにするの?
 ごめんって言われて、いいよって言わなきゃいけないの?
 ……いや。許したくない。……絶対、聞かない」
 
 感情のまま口を開く。泣きながら話をしたせいか息苦しくなり、途中からはしゃくりあげるだけになった。
 溢れる涙が多すぎて目元を拭ってしまったが、もうメイクを気にする余裕など無くなっていた。
 
 和泉が無言のままゆっくりと亜姫の正面にしゃがみこみ、その手をそっと掴む。
 
 気づいた亜姫が、振りほどこうと反抗する。
「触らないで! 離してよ……っ」
 
 けれど、手は離れない。そのまま、和泉は優しい声で言う。
「駄目だよ、擦ったら。せっかく可愛い姿に戻してもらったのに」 
「嘘つき! そんなこと、思っていないくせに!」
 不満しか言わなかったくせに今更何を、と亜姫の感情が爆発する。 
「思ってたよ。朝、ひと目見てすぐに気づいた。すごく、可愛かった」
「そんなの全部うそ! 文句しか言わなかったじゃない!! 何も信じない!!」 
 声を荒らげながら腕を振り払おうとするも、やはり和泉の手は亜姫に重なったままで。
 いつもなら嬉しいその感触が、今はどうしようもない怒りとやるせなさを誘う。
 
「……ごめん」 
 謝罪の言葉。亜姫の心は更にささくれた。 
「聞きたくないって言ってるでしょう! 謝るぐらいなら最初からやらないでよ!」
「そうじゃない………ごめん」
「だから、やめて!」
「わからないんだ。
 償いたいのに、どうしたらいいか……俺にはわからない。……だから、ごめん」
 
 その言葉に、思わず動きを止めた亜姫。
 一瞬緩んだその手を、和泉はゆっくりと顔から剥がした。 
 亜姫が怒りを乗せた目で見上げると、そこには苦しそうな辛そうな……困り果てたような和泉の顔があった。
 
「酷いことをしたって、自覚してる。
 謝って済むようなことじゃないってのも、わかってる。
 自分のしでかしたこと全部、ちゃんと責任取りたい。
 けど、俺は……人と関わることをずっと拒否してきた。
 心を通わすなんて……それはいらないもんだって避け続けて……。この数年は特に、人や感情を切り捨てる為のセックスしかしてこなかった。
 ほんと、最低だな………。
 普通なら分かんのかもしれないけど。俺は今、どうしたら償いになるのか、どうやったらお前の気持ちに報えるのか、報えなくてもどうすべきなのか。
 ………何もかも、本当にわからない」 
 心底困り果てたという顔で、和泉は静かに語る。
 
「だから……俺に、教えて」
 
 亜姫は目を見開いた。
 
「誰かとこんなに深く関わるのも、こんなに何かを欲したことも、自分のあんな行動も。全てが初めてのことで、自分でも混乱してる部分はある。
 でも、そんなのは言い訳だ。全て俺が悪い。
 簡単に許してもらえるなんて思ってない。自分なりに考えてはいる。けど、それが本当に亜姫への償いになるのか……わからない。
 もうこれ以上、独りよがりな行動で傷つけたくないんだ。だから亜姫からも、どうしてほしいか教えてほしい。
 俺に。償うチャンスを、くれないかな」
 
 真摯な言葉と殊勝な態度に、亜姫は頷きそうになった。しかし、自分の中にそれを阻む強い感情がある。
 
「……いや……」
 和泉から少し遠ざかるように、亜姫は視線を逸らし身じろぎをする。
「だって、それは……許すってことでしょう? 和泉の願いを聞くってこと……。
 そうしたら、私の気持ちは……?
 私のしてきたこととか、時間は……?
 今、私の、この……、それは、どうなるの?……いや。許したくな」
「許さなくていい」 
 和泉が途中で言葉を重ねてきた。
 思いがけない言葉に、亜姫はまた目を瞠る。
 
「許さなくていい。怒ってていい。もっと怒ったって、いいんだ」
「……え……?」
 
 和泉は、ずっと握っていた手をそうっと亜姫の膝の上に置いた。重ねた手を一瞬だけ強く握り、少しずつ離していく。そしてゆっくり立ち上がると亜姫から少し離れ、そこから柔らかな笑みを向けた。
 
「亜姫の気が済むまで。亜姫の気持ちの整理がつくまで。
 ずっと怒ってていい。許さなくていい。それだけのことを俺はしたんだから。
 ……それを、我慢しないで。全部、俺にぶつけて。今みたいに。
 亜姫が今何を考えているのか、ちゃんと教えてほしい。
 話さなくてもいい、ずっと無視しててもいい。感情的になっても、好きなだけ殴ってもいいよ。
 その全て……ちゃんと、受け止める。
 だから、今までと同じように……亜姫のそばに、いさせてほしい」
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