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高2
文化祭(12)
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亜姫達のクラスは大盛況だった。予想以上の売れ行きに品物が足りなくなり、補充を待つ間、閉店になってしまった。
「これ持って、宣伝してきて。再開までに戻ってきてくれればいいから」
沙世莉から大きなプラカードを渡された亜姫。素直に受け取り教室を出ようとしたところで、和泉と行けと聞かされた。
「えっ。それ、は……」
「話したくなければ無視してればいーの。顔なんか見なくていい。
仕返しするって言ったでしょ? なんなら亜姫がされたこと、そのまましちゃいなよ。
自分の思うままに動くだけでいいんだから、あのバカが何か言ったって聞かなくていい。もちろん気なんか使う必要ない。
和泉にはビラ持たせるし、それぞれの仕事を勝手にしてたらいーから。ね?」
それでも亜姫が渋ると、沙世莉は強い口調で言い聞かせた。
「これは仕事! あんた達が一番集客効果があるんだもの、しっかり宣伝してきて。ほら、行ってらっしゃい!」
そして亜姫は教室から追い出された。
廊下には和泉が立っていた。亜姫はその姿を視界に捉えたが、何も言わず外へ向かって歩き出す。
その少し後ろを、和泉が無言で付いてくる。
居心地の悪さを感じつつ、けれど振り返る気にはならなくて、亜姫はそのまま知らないフリをした。
出会う人と時折言葉を交わしながら、亜姫は気の向くまま校内を歩き回っていく。
「お、かーわいいっ! なになに、喫茶店?」
呼び込みをしていた亜姫に、突如ノリの軽い男性が話しかけてきた。
「はい。ぜひ来てください!」
彼らは亜姫に興味を持ったようで、矢継ぎ早に話しかける。だがそれに気づかない亜姫は、いつもの笑顔で楽しげに店の宣伝をした。
「皆、その服着てんの?」
「そうです、これが制服なんです。女の子は皆これで、男の子も……」
「その服、すっごく可愛いね。行ったら君が接客してくれるの? 休憩時間はいつ? もしよければ一緒に」
と、そこで言葉が止まる。亜姫がその人の視線を追うと、真後ろに和泉が立っていた。
「店でお待ちしてます」
和泉は彼らを見据えながら静かに告げ、手に持つビラを渡す。
そして亜姫の手首を掴むと、彼らを無視して歩き始めた。
視線を合わすことも無く、前を向いてただ静かに歩く和泉。亜姫は逆らう機会を逃してしまった。
しょうがなく、プラカードを持ったまま黙って付いていく。
声がかかったりビラを渡したりする和泉の手はすぐに離れた。けれど「二人で宣伝」と言われた手前、勝手に移動することもしづらくて。なので付かず離れずの距離にいたが、亜姫が誰かに絡まれると和泉がスッと近づき静かに引き離す。
何度かそれを繰り返し、気づけば亜姫は手首を掴まれたまま歩いていた。
不機嫌そうに見える和泉に気負されてか、不用意に近づく人は少なかった。
和泉は無言で歩き続けていたが、不意に立ち止まると店先の商品を買い始めた。
疑問に思った視線を感じ取ったのか、和泉は一瞬だけ亜姫を見る。そしてまたすぐ店の方に向き直ると、呟くように言った。
「沙世莉と麗華に頼まれた買い出し。休憩中に買えなかったからだって。あと何件か、立ち寄る」
──それは、自分のせいだ。
亜姫は彼女達への申し訳無さでいっぱいになり、無言で頷いた。
数件立ち寄った後、手を引かれて向かう先はどう考えても中庭。それに気づいた亜姫は思わず足を止める。
行きたくない、と小声で言うも「沙世莉達に頼まれてることがある」と言われてしまうと強い拒否は出来ず。促されるように軽く手を引かれ、亜姫は渋々ながら中庭のベンチまで付いていった。
会場から離れた、誰もいない静かな場所。座るよう視線で促され、亜姫は木の下にあるベンチの端に腰掛ける。
人ひとり分空け、和泉も同じように座った。
なぜこんなことを……と亜姫は疑問に思ったが、口を開く気にはならなかった。俯いたまま、けれど不満を表すように僅かに背を向ける。
と、その目の前にドリンクが差し出された。
思わず顔を上げると、
「亜姫の分」
和泉が真っ直ぐ亜姫を見て、静かに言った。
「これ、さよりちゃん達の………」
困惑する亜姫に和泉は何も言わず、ただその手にそれを握らせる。
そして、亜姫の膝の上へ買った物を次々と乗せていく。
───やっぱり、これ……。
亜姫が膝の上を見つめていると、和泉が言った。
「沙世莉と麗華から伝言。全部食べてから戻ってこい、って」
今、ここにある物。これらは、本来なら和泉と回るはずだったお店のものだ。必要なものは全てここに揃っていた。
沙世莉達には何らかの思惑があってここに来させたのだろう。しかし、その意図がわからない。
沙世莉に言われたことを思い返していると、和泉が正面に向き直るのが視界の端に映った。
「それ、今日買うはずだったんだってな。沙世莉からジンクスの話……聞いた」
正面を向いたまま、和泉が呟いた。
亜姫が俯いたまま答えずにいると
「俺に言いたいこと……ある?」
変わらず前を向いたまま、和泉は亜姫に問いかける。
しかし、亜姫は答えない。
返事を待っていたのか、しばし無言だった和泉が再度口を開く。
「少しだけ……俺の話、聞いてくれる?」
独り言のような、小さな声。和泉はゆっくりと向きを変え、伺うように亜姫を見た。
その視線を感じつつも亜姫は顔を上げず、少しの間を置いた後、小さな声で答えた。
「やだ」
和泉からの反応はない。亜姫は、先程より少し大きな声ではっきりと言った。
「聞きたくない」
「これ持って、宣伝してきて。再開までに戻ってきてくれればいいから」
沙世莉から大きなプラカードを渡された亜姫。素直に受け取り教室を出ようとしたところで、和泉と行けと聞かされた。
「えっ。それ、は……」
「話したくなければ無視してればいーの。顔なんか見なくていい。
仕返しするって言ったでしょ? なんなら亜姫がされたこと、そのまましちゃいなよ。
自分の思うままに動くだけでいいんだから、あのバカが何か言ったって聞かなくていい。もちろん気なんか使う必要ない。
和泉にはビラ持たせるし、それぞれの仕事を勝手にしてたらいーから。ね?」
それでも亜姫が渋ると、沙世莉は強い口調で言い聞かせた。
「これは仕事! あんた達が一番集客効果があるんだもの、しっかり宣伝してきて。ほら、行ってらっしゃい!」
そして亜姫は教室から追い出された。
廊下には和泉が立っていた。亜姫はその姿を視界に捉えたが、何も言わず外へ向かって歩き出す。
その少し後ろを、和泉が無言で付いてくる。
居心地の悪さを感じつつ、けれど振り返る気にはならなくて、亜姫はそのまま知らないフリをした。
出会う人と時折言葉を交わしながら、亜姫は気の向くまま校内を歩き回っていく。
「お、かーわいいっ! なになに、喫茶店?」
呼び込みをしていた亜姫に、突如ノリの軽い男性が話しかけてきた。
「はい。ぜひ来てください!」
彼らは亜姫に興味を持ったようで、矢継ぎ早に話しかける。だがそれに気づかない亜姫は、いつもの笑顔で楽しげに店の宣伝をした。
「皆、その服着てんの?」
「そうです、これが制服なんです。女の子は皆これで、男の子も……」
「その服、すっごく可愛いね。行ったら君が接客してくれるの? 休憩時間はいつ? もしよければ一緒に」
と、そこで言葉が止まる。亜姫がその人の視線を追うと、真後ろに和泉が立っていた。
「店でお待ちしてます」
和泉は彼らを見据えながら静かに告げ、手に持つビラを渡す。
そして亜姫の手首を掴むと、彼らを無視して歩き始めた。
視線を合わすことも無く、前を向いてただ静かに歩く和泉。亜姫は逆らう機会を逃してしまった。
しょうがなく、プラカードを持ったまま黙って付いていく。
声がかかったりビラを渡したりする和泉の手はすぐに離れた。けれど「二人で宣伝」と言われた手前、勝手に移動することもしづらくて。なので付かず離れずの距離にいたが、亜姫が誰かに絡まれると和泉がスッと近づき静かに引き離す。
何度かそれを繰り返し、気づけば亜姫は手首を掴まれたまま歩いていた。
不機嫌そうに見える和泉に気負されてか、不用意に近づく人は少なかった。
和泉は無言で歩き続けていたが、不意に立ち止まると店先の商品を買い始めた。
疑問に思った視線を感じ取ったのか、和泉は一瞬だけ亜姫を見る。そしてまたすぐ店の方に向き直ると、呟くように言った。
「沙世莉と麗華に頼まれた買い出し。休憩中に買えなかったからだって。あと何件か、立ち寄る」
──それは、自分のせいだ。
亜姫は彼女達への申し訳無さでいっぱいになり、無言で頷いた。
数件立ち寄った後、手を引かれて向かう先はどう考えても中庭。それに気づいた亜姫は思わず足を止める。
行きたくない、と小声で言うも「沙世莉達に頼まれてることがある」と言われてしまうと強い拒否は出来ず。促されるように軽く手を引かれ、亜姫は渋々ながら中庭のベンチまで付いていった。
会場から離れた、誰もいない静かな場所。座るよう視線で促され、亜姫は木の下にあるベンチの端に腰掛ける。
人ひとり分空け、和泉も同じように座った。
なぜこんなことを……と亜姫は疑問に思ったが、口を開く気にはならなかった。俯いたまま、けれど不満を表すように僅かに背を向ける。
と、その目の前にドリンクが差し出された。
思わず顔を上げると、
「亜姫の分」
和泉が真っ直ぐ亜姫を見て、静かに言った。
「これ、さよりちゃん達の………」
困惑する亜姫に和泉は何も言わず、ただその手にそれを握らせる。
そして、亜姫の膝の上へ買った物を次々と乗せていく。
───やっぱり、これ……。
亜姫が膝の上を見つめていると、和泉が言った。
「沙世莉と麗華から伝言。全部食べてから戻ってこい、って」
今、ここにある物。これらは、本来なら和泉と回るはずだったお店のものだ。必要なものは全てここに揃っていた。
沙世莉達には何らかの思惑があってここに来させたのだろう。しかし、その意図がわからない。
沙世莉に言われたことを思い返していると、和泉が正面に向き直るのが視界の端に映った。
「それ、今日買うはずだったんだってな。沙世莉からジンクスの話……聞いた」
正面を向いたまま、和泉が呟いた。
亜姫が俯いたまま答えずにいると
「俺に言いたいこと……ある?」
変わらず前を向いたまま、和泉は亜姫に問いかける。
しかし、亜姫は答えない。
返事を待っていたのか、しばし無言だった和泉が再度口を開く。
「少しだけ……俺の話、聞いてくれる?」
独り言のような、小さな声。和泉はゆっくりと向きを変え、伺うように亜姫を見た。
その視線を感じつつも亜姫は顔を上げず、少しの間を置いた後、小さな声で答えた。
「やだ」
和泉からの反応はない。亜姫は、先程より少し大きな声ではっきりと言った。
「聞きたくない」
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