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高2
文化祭(8)
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亜姫が泣くことに疲れ果てた頃。
「和泉ー、いたいた。なによ、貴重な休み時間にわざわざ呼び出して……あれ?……お邪魔しちゃった?」
突如聞こえた声に和泉の力が緩み、絡んでいた手が亜姫から離れる。そうして亜姫の目に映ったのは、からかう気たっぷりの表情をのせた沙世莉と麗華だった。
「亜姫、上手くい……え?」
二人が固まる。
「あ、き……?」
「う……っ、さよりちゃん、麗華ぁっ……!」
再び号泣する亜姫に二人が駆け寄ってくる。
沙世莉が和泉を突き飛ばすように引き剥がし、亜姫を抱え込んだ。
「ごめんなさい」と繰り返す亜姫を抱きしめ、沙世莉は和泉を睨みつける。
「何があったの? 亜姫が泣くなんて、初めて見たんだけど?」
しゃくりあげている亜姫に、麗華が宥めながら声をかける。
「てっきり二人で楽しんでると思ってたのに。
亜姫? うまくできなかったの? でも、そんなの気にしなくたって……」
「行ってない」
「……行ってない?」
「どういう事?」
二人の視線を避けることなくまっすぐ受け、和泉は静かに告げた。
「どこにも、行ってない。何ひとつ、してない。
俺が……ただ亜姫を傷つけて、泣かせただけだ」
「は?」
「亜姫の希望も約束も……全部壊した。全部……俺が、台無しにした」
それを聞いた亜姫が沙世莉の服をギュッと握り、また嗚咽を漏らす。その時、ずっと抑えていた頭から髪留めが落ちて、麗華達は崩れた髪に気がついた。
「あんた、何してんのよ……まさか手を出したわけじゃないよね?
何があったらこんなことになるの? 亜姫がどんな思いで今日」
「わかってる。全部俺が悪い。謝って済むことじゃないって……ちゃんと、わかってる」
沙世莉は淡々とした和泉の態度に苛立ち、今にも飛びかかりそうだ。それを制しつつ麗華が言う。
「で? 私達を呼び出した理由は? まさか、自分の手に負えないから助けを求めたわけじゃないわよね? そうだとしたら、今すぐ別れてもらうけど?」
本気でやりかねない眼差しを受け、和泉が僅かに苦笑する。
「違う。自分のしでかした責任はちゃんと取る。
もうすぐ休憩時間が終わるからさ、亜姫の髪とメイクを直してほしくて。お前らの休憩を減らして申し訳いないけど、それは俺には直せない。
俺は先に戻ってるから。亜姫の分も俺が働く。
時間はどれだけ過ぎてもいい。さっきまでの姿に戻してやって。朝よりも、昼よりも……可愛く仕上げてやって。頼む」
亜姫は一度も和泉を見ることなく、今も泣き続けている。
「亜姫。本当に……ごめん。俺が悪かった。皆には具合が悪くて休ませてるって説明しとくから、ちゃんと直してもらって。麗華、沙世莉……悪いけど頼む」
そして、和泉は一人で中庭を出ていった。
中庭に亜姫の泣く声だけが響く。
「目を冷やせるもの、取ってくるわ。代わりも誰かに頼んでくる。亜姫、何か欲しいものはある?」
麗華が優しく聞くも、亜姫は無言で首を振るだけ。
「待機してる子がいるから変更してもらおう。戻る時、メイク道具も持ってきて」
沙世莉の声に返事を返すと、麗華は足早に出ていった。
少し落ち着いたのか、すすり泣きに変わってきた亜姫。すると沙世莉が明るい声で言う。
「喉乾いたでしょ。ちょうど亜姫の大好きなカフェオレ持ってるんだけど、飲む?」
「………………飲む」
亜姫がゆっくりと顔を上げると、その顔を見て沙世莉が笑う。
「すごいよ、亜姫。そんなに泣いてるのに、マスカラが全然落ちてない! あのウォータープルーフ、評判通りの効果だったんだ? 買って正解だった!」
突拍子もない言葉に亜姫が目を瞬かせると、沙世莉は優しく微笑んだ。
「そろそろ泣くのにも疲れてきたでしょ? まずはこれ。ほら、飲みなよ」
沙世莉はカフェオレにストローを挿し、亜姫の口元まで持っていく。
それをじっと見つめ、亜姫はゆっくりとストローに口をつけた。
「……美味しい。ありがと……」
沙世莉は崩れた髪の飾りを丁寧に取ると、少しずつ髪をほぐしていく。亜姫はされるがまま、ただカフェオレを飲んでいた。
飲み終わる頃になって、麗華が荷物を抱えて戻って来た。泣き止んでいる亜姫を見て安堵し、様子を伺うように問いかける。
「亜姫?……何があったのか、聞いてもいい?」
亜姫は小さく頷いた。
「和泉ー、いたいた。なによ、貴重な休み時間にわざわざ呼び出して……あれ?……お邪魔しちゃった?」
突如聞こえた声に和泉の力が緩み、絡んでいた手が亜姫から離れる。そうして亜姫の目に映ったのは、からかう気たっぷりの表情をのせた沙世莉と麗華だった。
「亜姫、上手くい……え?」
二人が固まる。
「あ、き……?」
「う……っ、さよりちゃん、麗華ぁっ……!」
再び号泣する亜姫に二人が駆け寄ってくる。
沙世莉が和泉を突き飛ばすように引き剥がし、亜姫を抱え込んだ。
「ごめんなさい」と繰り返す亜姫を抱きしめ、沙世莉は和泉を睨みつける。
「何があったの? 亜姫が泣くなんて、初めて見たんだけど?」
しゃくりあげている亜姫に、麗華が宥めながら声をかける。
「てっきり二人で楽しんでると思ってたのに。
亜姫? うまくできなかったの? でも、そんなの気にしなくたって……」
「行ってない」
「……行ってない?」
「どういう事?」
二人の視線を避けることなくまっすぐ受け、和泉は静かに告げた。
「どこにも、行ってない。何ひとつ、してない。
俺が……ただ亜姫を傷つけて、泣かせただけだ」
「は?」
「亜姫の希望も約束も……全部壊した。全部……俺が、台無しにした」
それを聞いた亜姫が沙世莉の服をギュッと握り、また嗚咽を漏らす。その時、ずっと抑えていた頭から髪留めが落ちて、麗華達は崩れた髪に気がついた。
「あんた、何してんのよ……まさか手を出したわけじゃないよね?
何があったらこんなことになるの? 亜姫がどんな思いで今日」
「わかってる。全部俺が悪い。謝って済むことじゃないって……ちゃんと、わかってる」
沙世莉は淡々とした和泉の態度に苛立ち、今にも飛びかかりそうだ。それを制しつつ麗華が言う。
「で? 私達を呼び出した理由は? まさか、自分の手に負えないから助けを求めたわけじゃないわよね? そうだとしたら、今すぐ別れてもらうけど?」
本気でやりかねない眼差しを受け、和泉が僅かに苦笑する。
「違う。自分のしでかした責任はちゃんと取る。
もうすぐ休憩時間が終わるからさ、亜姫の髪とメイクを直してほしくて。お前らの休憩を減らして申し訳いないけど、それは俺には直せない。
俺は先に戻ってるから。亜姫の分も俺が働く。
時間はどれだけ過ぎてもいい。さっきまでの姿に戻してやって。朝よりも、昼よりも……可愛く仕上げてやって。頼む」
亜姫は一度も和泉を見ることなく、今も泣き続けている。
「亜姫。本当に……ごめん。俺が悪かった。皆には具合が悪くて休ませてるって説明しとくから、ちゃんと直してもらって。麗華、沙世莉……悪いけど頼む」
そして、和泉は一人で中庭を出ていった。
中庭に亜姫の泣く声だけが響く。
「目を冷やせるもの、取ってくるわ。代わりも誰かに頼んでくる。亜姫、何か欲しいものはある?」
麗華が優しく聞くも、亜姫は無言で首を振るだけ。
「待機してる子がいるから変更してもらおう。戻る時、メイク道具も持ってきて」
沙世莉の声に返事を返すと、麗華は足早に出ていった。
少し落ち着いたのか、すすり泣きに変わってきた亜姫。すると沙世莉が明るい声で言う。
「喉乾いたでしょ。ちょうど亜姫の大好きなカフェオレ持ってるんだけど、飲む?」
「………………飲む」
亜姫がゆっくりと顔を上げると、その顔を見て沙世莉が笑う。
「すごいよ、亜姫。そんなに泣いてるのに、マスカラが全然落ちてない! あのウォータープルーフ、評判通りの効果だったんだ? 買って正解だった!」
突拍子もない言葉に亜姫が目を瞬かせると、沙世莉は優しく微笑んだ。
「そろそろ泣くのにも疲れてきたでしょ? まずはこれ。ほら、飲みなよ」
沙世莉はカフェオレにストローを挿し、亜姫の口元まで持っていく。
それをじっと見つめ、亜姫はゆっくりとストローに口をつけた。
「……美味しい。ありがと……」
沙世莉は崩れた髪の飾りを丁寧に取ると、少しずつ髪をほぐしていく。亜姫はされるがまま、ただカフェオレを飲んでいた。
飲み終わる頃になって、麗華が荷物を抱えて戻って来た。泣き止んでいる亜姫を見て安堵し、様子を伺うように問いかける。
「亜姫?……何があったのか、聞いてもいい?」
亜姫は小さく頷いた。
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