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高2
文化祭(2)
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なんだか視線が刺さる。
やっぱり服が目立つのかな、上着で隠せばよかったな……。
亜姫は少しだけ後悔した。だが、和泉に見てもらう為なのだから隠したら意味がない。萎む気持ちを奮い立たせて待ち合わせ場所へ向かう。
教室から一緒に出れば恥ずかしさも半減したのだろうが、ジンクスは昇降口での待ち合わせから始まるのだという。
わざわざ待ち合わせするの? と和泉にも笑われたが、それでも彼は快諾してくれた。
亜姫が昇降口に着くと、そこは静かだった。この場所は建物の一番奥にあり、今日は開放されてないのでひと気が無いのは当然だ。
だが、入り口の片隅に熊澤の姿があった。その横に小さな体がくっついている。
「先輩?」
声をかけると、熊澤につられて小さな体もこちらを向いた。
熊澤から抱き込まれるように立っていたのは、ふわふわした長い髪を後ろで編み込んだ可愛い女の子だった。
「あっ……もしかして、マリナちゃん?」
頷く熊澤に促され、マリナがぺこりとお辞儀をする。
その仕草があまりに可愛らしくて、亜姫は頬を緩めた。
「こんにちは、初めまして」
顔の位置を合わせるように、少しかがんで挨拶をする。
すると、マリナは目を瞬いて亜姫を凝視した。
「お姉さん……だれ? その格好、お人形さんみたい」
自身の格好を思い出し、亜姫は顔を赤くする。
「えっ、ち、違います! 私は橘亜姫って言って、あの、その……この服は」
熊澤がブハッと噴き出した。
「なんだよ、その反応。どうしてそんなに緊張してんだ?
マリナ、亜姫は俺の友達だよ。これは店の制服」
「あきちゃん、こんにちは。マリナです。
とっても綺麗。可愛い! いいなぁ、その服。マリナも着たい!」
言うやいなやマリナは熊澤から手を離し、今度は亜姫にひっついた。そして矢継ぎ早に服やヘアメイクについて質問攻めを始める。
その勢いに亜姫が目を白黒させていると、熊澤がベリッと妹を引き剥がした。
「自分の思うまま行動すんのやめろって。亜姫がびっくりしてるだろ。
悪いな。最近、華やかなものとか可愛いものに興味津々でさ。誰彼構わず突っ込んでいくから困ってんだよ。ほら、離れろ」
だが、マリナは好奇心旺盛でやたら積極的だった。叱られても飄々として質問を止めず、亜姫から離れようとしない。
呆れた熊澤が再度引き剥がしにかかると、マリナが抵抗して亜姫がよろめいた。その先には下駄箱の角。
だがギリギリのところで熊澤が亜姫の肩を引き寄せ、どうにかぶつからずにすんだ。
「マリナ! いい加減にしろ!」
「先輩、そんなに怒らなくても大丈夫だよ。ありがとう」
亜姫はいつものように笑った。
マリナは肩をすくめつつ、亜姫の笑顔を憧れの眼差しで見上げる。
「あきちゃん、その服とっても似合うね! ね、お兄ちゃん。すっごく可愛いよね。 笑うと、もっと可愛い!」
「そうだな、よく似合ってるよ。その格好で接客してんの? ……よくあいつが許したなぁ?」
「ううん。接客は駄目って言われたから、私は裏方でこれは着てないの。
でも、この服で出かけたいって和泉が言ってるのを聞いたから……恥ずかしいけど頑張って着てみたんだ。
まだ和泉に見せてないの。髪とメイクも似合ってる? 本当に? 変じゃない? 和泉、喜んでくれると思う?」
自信がなさそうに俯く亜姫を見て、熊澤は優しく笑った。
「大丈夫、すごく似合ってる。自信持てよ、髪もメイクもすごく可愛い。今からイズ……あ」
熊澤の視線を辿ると、そこには和泉がいた。
亜姫の胸が小さくトクンと鳴る。
しかし……和泉の顔は朝より厳しくて、明らかに不機嫌そうだった。
心臓が不穏な音を立てる。その不安をかき消すように彼の方へ一歩踏み出した時。
亜姫から視線を逸らし、和泉は不機嫌そうに呟いた。
「来なきゃよかった、なんでこんな……」
深い溜め息と共に吐き出された言葉。それは小さかったけれど、はっきり聞こえた。思いがけない内容に亜姫の足が止まる。
その直後、彼は亜姫へ視線を戻した。そして何かを言いかけたが、
「ね、お兄ちゃん! この人もお友達?」
この服もかっこいいね、お兄ちゃんもお人形みたい! とはしゃぐ声で全てが遮られた。
和泉の視線が再び亜姫から逸れる。
無言の問いかけに熊澤が妹だと紹介し、マリナは先程と同じように和泉へ纏わりついた。
多少の困惑を見せつつも和泉は不機嫌を隠さない。だがマリナは怯むこともなく、思うまま質問攻めにする。
和泉も、さすがに小さい子は無視できないようだ。
「マリナって言うんだ? 先輩と全然似てねぇな」
と、簡単な返事や優しい微笑みを返している。
その間、和泉は一度も亜姫を見ることはなく近づきもしなかった。
「皆で一緒に回れるの? 嬉しい、行こう!」
マリナは和泉に絡みついたまま、ぐいぐいと引っ張る。
和泉は一瞬驚きを見せたが、抵抗することなく腕を親しげに絡めて先へと進む。
その様子に慌てたのは亜姫の後ろにいた熊澤だ。
「待て、和泉は違う! おいっ、マリナ!」
その声に刺激され、亜姫も足を踏み出した。すると
「それ、お前のじゃない?」
熊澤の声に振り返ると、携帯を入れたバッグを床に置いたままだった。急いでそれを拾い上げ、顔を上げると。
もう、和泉の姿は見えなくなっていた。
やっぱり服が目立つのかな、上着で隠せばよかったな……。
亜姫は少しだけ後悔した。だが、和泉に見てもらう為なのだから隠したら意味がない。萎む気持ちを奮い立たせて待ち合わせ場所へ向かう。
教室から一緒に出れば恥ずかしさも半減したのだろうが、ジンクスは昇降口での待ち合わせから始まるのだという。
わざわざ待ち合わせするの? と和泉にも笑われたが、それでも彼は快諾してくれた。
亜姫が昇降口に着くと、そこは静かだった。この場所は建物の一番奥にあり、今日は開放されてないのでひと気が無いのは当然だ。
だが、入り口の片隅に熊澤の姿があった。その横に小さな体がくっついている。
「先輩?」
声をかけると、熊澤につられて小さな体もこちらを向いた。
熊澤から抱き込まれるように立っていたのは、ふわふわした長い髪を後ろで編み込んだ可愛い女の子だった。
「あっ……もしかして、マリナちゃん?」
頷く熊澤に促され、マリナがぺこりとお辞儀をする。
その仕草があまりに可愛らしくて、亜姫は頬を緩めた。
「こんにちは、初めまして」
顔の位置を合わせるように、少しかがんで挨拶をする。
すると、マリナは目を瞬いて亜姫を凝視した。
「お姉さん……だれ? その格好、お人形さんみたい」
自身の格好を思い出し、亜姫は顔を赤くする。
「えっ、ち、違います! 私は橘亜姫って言って、あの、その……この服は」
熊澤がブハッと噴き出した。
「なんだよ、その反応。どうしてそんなに緊張してんだ?
マリナ、亜姫は俺の友達だよ。これは店の制服」
「あきちゃん、こんにちは。マリナです。
とっても綺麗。可愛い! いいなぁ、その服。マリナも着たい!」
言うやいなやマリナは熊澤から手を離し、今度は亜姫にひっついた。そして矢継ぎ早に服やヘアメイクについて質問攻めを始める。
その勢いに亜姫が目を白黒させていると、熊澤がベリッと妹を引き剥がした。
「自分の思うまま行動すんのやめろって。亜姫がびっくりしてるだろ。
悪いな。最近、華やかなものとか可愛いものに興味津々でさ。誰彼構わず突っ込んでいくから困ってんだよ。ほら、離れろ」
だが、マリナは好奇心旺盛でやたら積極的だった。叱られても飄々として質問を止めず、亜姫から離れようとしない。
呆れた熊澤が再度引き剥がしにかかると、マリナが抵抗して亜姫がよろめいた。その先には下駄箱の角。
だがギリギリのところで熊澤が亜姫の肩を引き寄せ、どうにかぶつからずにすんだ。
「マリナ! いい加減にしろ!」
「先輩、そんなに怒らなくても大丈夫だよ。ありがとう」
亜姫はいつものように笑った。
マリナは肩をすくめつつ、亜姫の笑顔を憧れの眼差しで見上げる。
「あきちゃん、その服とっても似合うね! ね、お兄ちゃん。すっごく可愛いよね。 笑うと、もっと可愛い!」
「そうだな、よく似合ってるよ。その格好で接客してんの? ……よくあいつが許したなぁ?」
「ううん。接客は駄目って言われたから、私は裏方でこれは着てないの。
でも、この服で出かけたいって和泉が言ってるのを聞いたから……恥ずかしいけど頑張って着てみたんだ。
まだ和泉に見せてないの。髪とメイクも似合ってる? 本当に? 変じゃない? 和泉、喜んでくれると思う?」
自信がなさそうに俯く亜姫を見て、熊澤は優しく笑った。
「大丈夫、すごく似合ってる。自信持てよ、髪もメイクもすごく可愛い。今からイズ……あ」
熊澤の視線を辿ると、そこには和泉がいた。
亜姫の胸が小さくトクンと鳴る。
しかし……和泉の顔は朝より厳しくて、明らかに不機嫌そうだった。
心臓が不穏な音を立てる。その不安をかき消すように彼の方へ一歩踏み出した時。
亜姫から視線を逸らし、和泉は不機嫌そうに呟いた。
「来なきゃよかった、なんでこんな……」
深い溜め息と共に吐き出された言葉。それは小さかったけれど、はっきり聞こえた。思いがけない内容に亜姫の足が止まる。
その直後、彼は亜姫へ視線を戻した。そして何かを言いかけたが、
「ね、お兄ちゃん! この人もお友達?」
この服もかっこいいね、お兄ちゃんもお人形みたい! とはしゃぐ声で全てが遮られた。
和泉の視線が再び亜姫から逸れる。
無言の問いかけに熊澤が妹だと紹介し、マリナは先程と同じように和泉へ纏わりついた。
多少の困惑を見せつつも和泉は不機嫌を隠さない。だがマリナは怯むこともなく、思うまま質問攻めにする。
和泉も、さすがに小さい子は無視できないようだ。
「マリナって言うんだ? 先輩と全然似てねぇな」
と、簡単な返事や優しい微笑みを返している。
その間、和泉は一度も亜姫を見ることはなく近づきもしなかった。
「皆で一緒に回れるの? 嬉しい、行こう!」
マリナは和泉に絡みついたまま、ぐいぐいと引っ張る。
和泉は一瞬驚きを見せたが、抵抗することなく腕を親しげに絡めて先へと進む。
その様子に慌てたのは亜姫の後ろにいた熊澤だ。
「待て、和泉は違う! おいっ、マリナ!」
その声に刺激され、亜姫も足を踏み出した。すると
「それ、お前のじゃない?」
熊澤の声に振り返ると、携帯を入れたバッグを床に置いたままだった。急いでそれを拾い上げ、顔を上げると。
もう、和泉の姿は見えなくなっていた。
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