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亜姫と熊澤(2)

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「和泉のとこまで送る」
 不意に、熊澤が体を離した。
 
 その顔はいつもと同じで。亜姫もいつもと同じ笑顔を返す。 
 何もなかったかのように倉庫へ繋がる扉を開けると、歩いてくる和泉が見えた。
 
 ちょうど倉庫の前で落ち合い、「先輩が手伝ってくれた」と亜姫が笑う。 
 和泉が小さく笑い、亜姫の頬に手を伸ばすと。
 
 熊澤が言った。
「和泉。亜姫にキスした」
 
 和泉の手が止まる。
 亜姫を見るといつもの笑顔。
 次に熊澤を見ると、やはりいつもと同じで。
 そのまま亜姫の顔をそっと撫で、肩を抱き寄せた。
 
 和泉は再び熊澤を見る。すると。 
「和泉は別れたら終わりだろ? 俺は、一生繋がっていられるよ」
 そして、熊澤は楽しそうに笑った。
「兄貴だからな」 
 揶揄うようにそう言って、熊澤は和泉を見る。
 
 和泉も、それをまっすぐ見つめ返して……ハハッと軽快に笑う。
「じゃあ、いずれは俺の兄貴になるんだな」
  
 そのまま熊澤と目を合わせて、二人は楽しそうに笑った。



 熊澤が去っていき、二人は倉庫で必要な材料を揃える。
 そして教室に戻る前。亜姫は和泉を連れて再度、非常階段へと立ち寄った。
 
 亜姫は静かに説明する。
 話を聞きながら、和泉はただ亜姫の髪を撫でていた。
 
「……私も好き、って返事した」
 
 和泉は変わらない。
 
「ドキドキするのは和泉にだけ、って伝えたら……知ってるって、いつもの顔で笑ってくれて………」
 
 和泉は優しい瞳で、ただ黙って話を聞いている。
 
「一生大好き、って伝えた。抱きついたら……先輩、笑って……抱きしめ返してくれた」
 
 涙を浮かべる亜姫の瞼に、和泉はそっと唇をあてた。 
 亜姫が腕を伸ばすと、和泉は優しく微笑みながら受け入れた。
 
「私……酷いこと、してる……?」
「大丈夫だよ」
 和泉はその背中を優しく撫でる。 

「先輩、和泉の事も同じぐらい好きなんだって。
 和泉の隣で笑う私が一番好きなんだって……笑ってた……」 
 その声から、亜姫と熊澤の心情が痛いほど伝わってくる。
 
「和泉。キス、して」
 
 和泉はこれ以上ないというぐらい優しく、自分のそれを重ねた。
 
「俺にだけ……ドキドキすんの?」
「うん……」
 恥ずかしそうな亜姫に、和泉は思わず笑う。 
 そして、再度亜姫を抱きしめた。
「………先輩、かっこよすぎ。お前が揺らがなくてよかった……」
 安堵したように、深い溜息をひとつ。 

「自分のしたこと、後悔はしてない。でも、ごめんね……」
 
 和泉はしばらく黙っていた。
  
「先輩が、気持ちの整理つける為に必要だったんだろ……。お前も、そうなんだろ? 望んだ結果になった?」 
  
 亜姫は頷く。
 
「和泉……大好き」
「知ってる。でも、もう…他の男には、絶対触らせんな」
「うん。約束する」 
 深く頷く亜姫を抱きしめたまま、和泉はしばらく動かなかった。
 
 
 亜姫は、熊澤と今まで通りの関係を続けたかった。気持ちを聞いた今もそれは変わらない。亜姫にとっては和泉と同じぐらい、大事な大好きな存在だ。
 
 恋ではない。和泉への愛とも違う。 
 でも確かに、他の人にはない「特別な愛」が熊澤にある。それをちゃんと伝えたかった。
 
 熊澤はそれを受け止めてくれた。そして、亜姫と和泉のことも守ってくれた。
 和泉も、これらを理解してくれた。
 
 胸は痛むが、明日からも変わらぬ日々を続けられる。 
 それがわかってはいても。亜姫は和泉が恋しくて恋しくて仕方がなかった。
 和泉が一抹の不安を抱いたように、亜姫も自分のしたことを誤解されたら……と不安に思ったから。 
 だから。
 今日、和泉の家に行きたい。そう願った。
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