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高2
新しい朝(2)
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笑わない和泉が声を上げて笑っている。
喋らない和泉がずっと会話を、しかも彼の方から話しかけている。
女に冷たい和泉が、顔を覗き込んでは何かと気遣う素振りを見せている。
そして、あの和泉が女と手を繋いでいる。目撃者に聞けば、なんと和泉から手を取ったのだという。
相手が嫌がる素振りを見せているにも関わらず、離そうとしないしさせない。
全てが衝撃的で、強烈な嫉妬が隣の女に向かう。
あれは誰だ。一体どんな手を使ったのか。
そんな声があちこちで囁かれる。
途中で合流した麗華の耳にもヒロ達にも、そのざわめきは届いていた。
「やっぱり、静かに見守ってもらうのは無理そうね」
溜息をつく麗華に戸塚が苦笑する。
少し前を歩く二人の、なんだか幸せそうな姿。
この二人の邪魔をしないでやってほしい。
無理だとわかっているが、そう願わずにはいられなかった。
そんな想いを余所に、亜姫達は手を繋いだまま校門をくぐる。校内にも既に話が広まっていて、彼らの姿に大騒ぎだった。
亜姫はもう、下を向いて小さくなっている。
校庭の真ん中には山本が立っていた。その目が二人の姿を捉えると、大きく見開かれて固まる。
「和泉……お、まえ……亜姫は……違うだろう……!」
山本は「ちょっと来い!」と二人を校庭の端まで連れていった。
「なんだよ、こんなとこまで連れてきて」
「なんだじゃねーよ! これはどーいうことだ!? 和泉、亜姫は違うって……ちゃんとわかってんだろうな!?」
亜姫は突然始まった話の意味がわからず、首を傾げている。
その亜姫と和泉を交互に見る山本。こんなに動揺している彼を見るのは二人とも初めてだ。
「山セン、動揺しすぎ。勿論わかってるよ。亜姫はそーゆうんじゃねーから」
和泉は未だ不思議そうな亜姫の顔を優しく見つめると、顔を引き締め真顔で彼に告げた。
「ずっと言われてただろ? ちゃんと見つけた。
ようやく手に入れたんだ。しばらく見守っててくんねーかな」
「ようやく……?」
呆然と和泉を見ていた山本が、ハッとしたように亜姫を見る。
「亜姫、和泉のことは……ちゃんとわかってるのか?」
亜姫は笑った。和泉の過去と、そんな和泉からの扱われ方について心配されているのだろう。
「和泉がどんな生活してきたか、ちゃんと知ってます。その上で、今の和泉が好きなんです。
……先生が心配するような事もしてません。だから、心配しないで」
いつもの亜姫だ。隣に立つ和泉は、その様子を優しく見つめている。それを見て山本はようやく肩の力を抜いた。
◇
今までの和泉からは想像もしなかった姿。遠ざかるその背を、山本はしばらく眺めていた。
彼には、折に触れ何度も伝えてきた。
大事にしたいと思うモノを見つけろ、お前自身を見てくれる人を探せと。
──冬夜、お前の弟は大事なモノをちゃんと見つけたみたいだぞ──
それも、あの橘亜姫を。選りに選って、まさかあの子を見つけ出すとは。
ようやく手に入れた、だと? いつからだ……? 変わり始めた頃からか? なんにせよ、あいつの変化は亜姫が理由か。
それなら和泉の変化に納得がいく。
相手が亜姫なら、この先和泉が歪むことはないだろう。あの子は人が本来持ちうる心を引き出すのがうまい。そして、どんな人のことも──特にその心を──とにかく大事にする子だから。
亜姫は、和泉の『中身が好き』だと言っているのだ。
和泉がうっかり手を出したりしないように、後で釘だけはさしておくか……。
そう思いながらも、あの二人の明るい未来を想像して山本の顔には笑みが零れた。
喋らない和泉がずっと会話を、しかも彼の方から話しかけている。
女に冷たい和泉が、顔を覗き込んでは何かと気遣う素振りを見せている。
そして、あの和泉が女と手を繋いでいる。目撃者に聞けば、なんと和泉から手を取ったのだという。
相手が嫌がる素振りを見せているにも関わらず、離そうとしないしさせない。
全てが衝撃的で、強烈な嫉妬が隣の女に向かう。
あれは誰だ。一体どんな手を使ったのか。
そんな声があちこちで囁かれる。
途中で合流した麗華の耳にもヒロ達にも、そのざわめきは届いていた。
「やっぱり、静かに見守ってもらうのは無理そうね」
溜息をつく麗華に戸塚が苦笑する。
少し前を歩く二人の、なんだか幸せそうな姿。
この二人の邪魔をしないでやってほしい。
無理だとわかっているが、そう願わずにはいられなかった。
そんな想いを余所に、亜姫達は手を繋いだまま校門をくぐる。校内にも既に話が広まっていて、彼らの姿に大騒ぎだった。
亜姫はもう、下を向いて小さくなっている。
校庭の真ん中には山本が立っていた。その目が二人の姿を捉えると、大きく見開かれて固まる。
「和泉……お、まえ……亜姫は……違うだろう……!」
山本は「ちょっと来い!」と二人を校庭の端まで連れていった。
「なんだよ、こんなとこまで連れてきて」
「なんだじゃねーよ! これはどーいうことだ!? 和泉、亜姫は違うって……ちゃんとわかってんだろうな!?」
亜姫は突然始まった話の意味がわからず、首を傾げている。
その亜姫と和泉を交互に見る山本。こんなに動揺している彼を見るのは二人とも初めてだ。
「山セン、動揺しすぎ。勿論わかってるよ。亜姫はそーゆうんじゃねーから」
和泉は未だ不思議そうな亜姫の顔を優しく見つめると、顔を引き締め真顔で彼に告げた。
「ずっと言われてただろ? ちゃんと見つけた。
ようやく手に入れたんだ。しばらく見守っててくんねーかな」
「ようやく……?」
呆然と和泉を見ていた山本が、ハッとしたように亜姫を見る。
「亜姫、和泉のことは……ちゃんとわかってるのか?」
亜姫は笑った。和泉の過去と、そんな和泉からの扱われ方について心配されているのだろう。
「和泉がどんな生活してきたか、ちゃんと知ってます。その上で、今の和泉が好きなんです。
……先生が心配するような事もしてません。だから、心配しないで」
いつもの亜姫だ。隣に立つ和泉は、その様子を優しく見つめている。それを見て山本はようやく肩の力を抜いた。
◇
今までの和泉からは想像もしなかった姿。遠ざかるその背を、山本はしばらく眺めていた。
彼には、折に触れ何度も伝えてきた。
大事にしたいと思うモノを見つけろ、お前自身を見てくれる人を探せと。
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それも、あの橘亜姫を。選りに選って、まさかあの子を見つけ出すとは。
ようやく手に入れた、だと? いつからだ……? 変わり始めた頃からか? なんにせよ、あいつの変化は亜姫が理由か。
それなら和泉の変化に納得がいく。
相手が亜姫なら、この先和泉が歪むことはないだろう。あの子は人が本来持ちうる心を引き出すのがうまい。そして、どんな人のことも──特にその心を──とにかく大事にする子だから。
亜姫は、和泉の『中身が好き』だと言っているのだ。
和泉がうっかり手を出したりしないように、後で釘だけはさしておくか……。
そう思いながらも、あの二人の明るい未来を想像して山本の顔には笑みが零れた。
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