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高2

変化(3)

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 今日は、亜姫が自覚してから初めての仕事。
 
 今まで以上に動揺してしまい、上手く話せない。倉庫へ移動している時も、何も言えぬままだった。 
 同じ空間にいるだけで、彼の全てに反応してしまう。
 だが、「何か話したい、話さなきゃ」と思えば思うほど動けなくなっていく。どうしよう、と内心焦っていると。

「亜姫」
 少し離れた位置から、彼の声。
 
 見られている。そう思った瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。
 彼が自分の名を呼んだ。そう意識した途端、外にまで聞こえそうなほどドキン! と胸が鳴る。同時に猛烈な恥ずかしさが全身を駆け巡り、どうしたらいいかわからなくなった亜姫は目を逸らして俯いた。

「分担して、別々に作業しよう」
 
 思いがけないことを言われ、亜姫は目を見開く。驚きに顔を上げると、真顔の和泉と目が合った。
 
「もうすぐ仕事も終わりだし、もう大した量もない。二人で一緒に作業する必要はないだろ。俺が探した荷物を廊下に出すからさ、亜姫は教室に持っていって」
「え……?」
「その方が楽だろ? 時間も短くてすむし」
「……どう、して?」
 
 なぜ急にそんなことを……?
 亜姫は理解できなかった。だが、次の言葉で更に混乱することになる。
 
「俺が告白したことで、お前を困らせてるよな?
 悪いな、嫌な思いをさせちゃって」
「そん、そんなこと……思ってないよ……」
「気を遣わなくていーよ。俺のこと、避けてるだろ? ごめんな、困らせるつもりはなかったんだ。
 亜姫は悪くない。俺が不快感をもたれるのは、最初からわかりきってた。
 ……あと少しで終わるからさ。分担すれば仕事は成立するし、それで何とか我慢してもらえる?」
「何、言って……」
 
 亜姫は何が起こってるかわからなかった。
 なにせ、やっと自身の気持ちに気づいたばかり。一緒にいられることが嬉しくて、仕事が終わってもこの関係を続けたいと思っていたのに。
 
 困ったことや嫌な思いをしたことなんて一度もない。不快感どころか、ときめきすぎて死にそうになっていたのに。
 
 その時、ふと思う。自分の取っていた行動が、和泉に誤解を与えていたのではと。  
 慌ててそれを伝えようとしたけれど、うまく言葉が出てこない。
 
「前に、告白を無かったことにしないでって言ったけどさ……あれ、撤回する。
 俺が好きだって言ったこと、もう忘れて。無かったことにしてほしい」
 
 それは、感情を消した顔と声で紡がれた。
 亜姫は最初、ただの羅列された文字として受け止めた。それは、少しずつ染み込みながら意味をなしていく。
 
 今、なんて……?
 無かったことに……?
 もう、気持ちが無い……ってこと?
 和泉と、一緒にいられない……?
 もう、笑ってくれない……?
  
 亜姫が反応しないのは了承の意と捉えたのか、それとも空気を変えようとしたのか。先に動いたのは和泉だった。
「とりあえず、今ある荷物は俺が持ってくよ。用意できた物は入り口に置いといて。戻ってきたらどう分担するか決めよう」
 そう言って動き出した和泉の背中に、亜姫は吐き出した。
「やだ」 
「……え?」
 和泉が驚いて振り返る。 
 その顔を強く見据え、亜姫は再度言った。
「やだ。忘れない。無かったことにもしない。仕事も、別々は嫌」
「なに言って……」 
「ずっと覚えてる。仕事も一緒にする。嫌な思いなんてしてないよ、行かないで……」 
 最後の方は泣いてしまって上手く言えなかった。気がつけば勝手に口が動いていて、何故泣いているのか亜姫にもよくわからない。胸の奥では、数多の感情が荒れ狂っている。
 
「なんでお前が泣くんだよ。あんなに嫌がってただろ? 気遣いならいらないから」
 
 その言葉を否定したくて、亜姫は何度も首を振る。涙が止まらなくなって、胸の奥はますます乱れていく。
「嫌がってない……態度、悪くて……でも違うから……行っちゃ駄目。一緒に仕事、しようよ……」 
 和泉に伝えたい事は沢山ある。なのにうまく話せない。まずは落ち着かなければと、亜姫は目元を拭い続けた。
 
 すると、その手がそっと掴まれる。
「そんなに擦ったら、顔に傷が付く。……泣くなよ」
「泣いてない!」 
 頬を濡らす亜姫を見て、和泉は呆れた様子で笑う。
「どう見ても泣いてるじゃん。……これも、俺のせい?」
「そうだよ!」
 理不尽な断定を受け、和泉は苦笑する。
「そうか、それは悪かった。だから別々に、って提案しただろ? 俺が居なけりゃ、お前は笑えるし泣かなくて済む。
 ……とにかく、荷物持ってく。一人の方が気持ちも落ち着くだろ」

 離れようとした和泉の服を、亜姫は咄嗟に掴んだ。
 
 和泉が困惑したように眉をひそめる。

「お前なぁ、さっきから何がしたいんだよ。何を意地になってんのか知らないけど、いちいち抵抗してくんなって」
「行かないで。行っちゃ駄目、ここにいて」
 しゃくり上げてうまく言葉に出来ないが、亜姫は必死で止めた。
 和泉は流石に苛立ったようで、口調を荒げる。
「っ、マジでなんなんだよ。手ぇ離せって! おい亜姫……」
「好き」
 
 和泉の動きが止まった。
「………………………………は?」
 ゆっくりと亜姫に視線を合わせる。
 
 亜姫は服を掴み直し、その目を真っ直ぐ見つめて呟いた。
「和泉…………好き」
 
 和泉は固まっている。 
 
「好き。和泉が好き」
「っ、何言って……俺のこと、嫌なんだろ………?」
「違う、違うの。昨日、気づいて……ごめんなさい、好きなの……」
 
 想像すらしなかった出来事に、和泉はただ呆然とする。だが繰り返し想いを告げられ、ようやく現実を受け止めた。
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