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高2
心の中(3)
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自分の気持ちに何度も寄り添われただけでなく、降り注がれる数々の言葉。思いも寄らないことばかりで、和泉は衝撃を受け続けた。
自分の最低な行為──その心情に深く目を向けられたことなどない。自分ですら否定したそれを、こんな風に見てくれる人がいたのだと──そしてそれが他の誰でもなく亜姫であるということに──和泉は捉えようのない喜びを感じた。
あれ程荒れ狂っていた怒りや苛立ちが、動きを止めた。
不意に熊澤の言葉を思い出す。
──亜姫は前しか見ない。亜姫にとって、過去はただの過去でしかない──
「この先どうすればいいかは、自分で考えろ」
そう言った熊澤は、あれから少ししてその先のヒントを教えてくれた。
──亜姫は、今と未来を見る子だ。和泉が変われば変わったお前だけを見る。
その過去があるから今があるんだ、って考えるんだよ。
過去もひっくるめて、お前の存在を丸ごと受け入れてくれる。亜姫は決して過去を否定しない。
だから過去を消そうとか傷だなんて考えず、ちゃんと受け止めろ。過去ごと自分を好きになれ──
熊澤が言っていたのは、こういうことか。
理不尽な八つ当たりと酷い態度をどれだけ続けても、亜姫は変わらず笑う。
亜姫が紡いだ数多の言葉、それが今になって染み込んでくる。それらに照らされた自分の過去が、全然違うものに見えてくる。
急激に色んなものが混じり合い、真っ黒だった記憶が形を変えてほんのり色を持ち始めた。その感覚に和泉はまごつく。
停止していた苛立ちと怒りがその変化に流されてどんどん消えていき、気持ちが凪いでいく。
和泉はそれらをどう受け止めたらいいかわからなくなっていた。なのにそんな様子を気にも止めず、亜姫は手当を再開する。
「私の友達も、和泉の見た目には惹かれてたみたいだけど。でもね、その子が和泉の話をする時はいつも楽しそうなの。私は内容に驚くことが多かったんだけど、話をしてる友達を見てるのはすごく楽しくて。和泉のおかげで楽しく過ごせた日が結構あったんだよ。
同じように楽しんで過ごす人、他にも沢山いると思うなぁ。
和泉は笑わないのに周りだけ楽しそうに笑うなんて、なんだかそれって変だけど。でも、和泉が普段から愛想よく笑ってたら近付く子が増えて大変そうだから……つまらなそうな顔でちょうどいいのかもしれないね!」
軽い口調の亜姫は見るからに楽しそうで、和泉は目を瞬かせる。
先程まであんな状況だったのに、何故こんなに呑気な会話をしてるのか?
余りにも対照的で楽観的な様子に理解が追いつかない。だが、なんだかこっちも気が抜けてしまう。
「そう、なの、か? なんか、俺だけ損してる気が……しないでもない、ような……?」
「そうだよ、多分! それが嫌なら、和泉も負けずに笑ってみたら? あ、でも……逆に大騒ぎになりそうだなぁ。やっぱり、やめといたほうがいいかも!」
亜姫はそう言って、また笑った。
和泉は自分の気持ちがどうなっているのかわからず、八つ当たりしたことを謝るタイミングも見つけられず。気がつけば、ただ穏やかな心だけがあった。
亜姫は何一つ気にしていないようで、目の前の手当に夢中になっている。
和泉は混乱する思考を放棄して、ただ黙って亜姫の様子を眺めていた。
自分の最低な行為──その心情に深く目を向けられたことなどない。自分ですら否定したそれを、こんな風に見てくれる人がいたのだと──そしてそれが他の誰でもなく亜姫であるということに──和泉は捉えようのない喜びを感じた。
あれ程荒れ狂っていた怒りや苛立ちが、動きを止めた。
不意に熊澤の言葉を思い出す。
──亜姫は前しか見ない。亜姫にとって、過去はただの過去でしかない──
「この先どうすればいいかは、自分で考えろ」
そう言った熊澤は、あれから少ししてその先のヒントを教えてくれた。
──亜姫は、今と未来を見る子だ。和泉が変われば変わったお前だけを見る。
その過去があるから今があるんだ、って考えるんだよ。
過去もひっくるめて、お前の存在を丸ごと受け入れてくれる。亜姫は決して過去を否定しない。
だから過去を消そうとか傷だなんて考えず、ちゃんと受け止めろ。過去ごと自分を好きになれ──
熊澤が言っていたのは、こういうことか。
理不尽な八つ当たりと酷い態度をどれだけ続けても、亜姫は変わらず笑う。
亜姫が紡いだ数多の言葉、それが今になって染み込んでくる。それらに照らされた自分の過去が、全然違うものに見えてくる。
急激に色んなものが混じり合い、真っ黒だった記憶が形を変えてほんのり色を持ち始めた。その感覚に和泉はまごつく。
停止していた苛立ちと怒りがその変化に流されてどんどん消えていき、気持ちが凪いでいく。
和泉はそれらをどう受け止めたらいいかわからなくなっていた。なのにそんな様子を気にも止めず、亜姫は手当を再開する。
「私の友達も、和泉の見た目には惹かれてたみたいだけど。でもね、その子が和泉の話をする時はいつも楽しそうなの。私は内容に驚くことが多かったんだけど、話をしてる友達を見てるのはすごく楽しくて。和泉のおかげで楽しく過ごせた日が結構あったんだよ。
同じように楽しんで過ごす人、他にも沢山いると思うなぁ。
和泉は笑わないのに周りだけ楽しそうに笑うなんて、なんだかそれって変だけど。でも、和泉が普段から愛想よく笑ってたら近付く子が増えて大変そうだから……つまらなそうな顔でちょうどいいのかもしれないね!」
軽い口調の亜姫は見るからに楽しそうで、和泉は目を瞬かせる。
先程まであんな状況だったのに、何故こんなに呑気な会話をしてるのか?
余りにも対照的で楽観的な様子に理解が追いつかない。だが、なんだかこっちも気が抜けてしまう。
「そう、なの、か? なんか、俺だけ損してる気が……しないでもない、ような……?」
「そうだよ、多分! それが嫌なら、和泉も負けずに笑ってみたら? あ、でも……逆に大騒ぎになりそうだなぁ。やっぱり、やめといたほうがいいかも!」
亜姫はそう言って、また笑った。
和泉は自分の気持ちがどうなっているのかわからず、八つ当たりしたことを謝るタイミングも見つけられず。気がつけば、ただ穏やかな心だけがあった。
亜姫は何一つ気にしていないようで、目の前の手当に夢中になっている。
和泉は混乱する思考を放棄して、ただ黙って亜姫の様子を眺めていた。
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