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高1
2月(2)
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「なぁ……熊澤先輩に彼女がいるって部の先輩が言ってたんだけどさぁ。それ、橘のことだったんだな」
「熊澤先輩なら橘も惚れるかぁ……あー、もっと早くに声かけてたら俺にもチャンスあったかな」
すると、黙って聞いていた戸塚が口を挟んだ。
「それ、ただの噂じゃないの? 和泉だって山程噂があるけど、ほぼ全部嘘じゃん」
「いや、これは本当だと思う。部長やってる先輩が実際に見たらしい」
「何を?」
「部長会議があった日、昇降口にいた二人を見かけたんだって。所々、会話が聞こえちゃったらしいんだ。
嬉しそうに大好きって言う橘に熊澤先輩が可愛いを連呼したり、愛してるとか可愛すぎてたまんないって言ってたって。
その後もさ、先輩が橘を後ろから抱きしめて耳元で何か囁いてたらしい。そのまま、寄り添って帰ったらしいよ」
「それ、もう確定じゃん」
この間、和泉は顔を上げることなく携帯を触り続けていた。
そこへ一人が声をかける。
「和泉! お前の相手に橘と麗華ちゃんはいた?」
「……いねーよ」
「なんだ。せめてどんな乱れ方をするのか知りたかった」
「純粋すぎんのと男嫌いが俺に近づくわけねーだろ。……その手の話には向かないんじゃない?」
和泉がボソッと呟くと、彼らは「それもそうか」と納得し話題は他へと移っていった。
亜姫に性的な目が向かないように、さりげなく話題を変えたのだとヒロ達は気がついていた。
あれから亜姫のことを口にしなくなったが、和泉は彼女のことを忘れたわけではない。
そう確信した二人は、翌日亜姫の元へ向かった。
「あれ? ヒロ、戸塚。久しぶりだね」
「おー、亜姫。元気だった?」
「おっぱい、プルプルになったか?」
「今はまだ成長過程なの!」
偶然を装って会いに行き、亜姫を揶揄いながらしばらく雑談をする。
「そういやお前、彼氏できたんだって?」
「……はぇ?」
亜姫が変な声を出した。麗華も琴音も驚きを見せて固まる。
「亜姫? 私、何も聞いてないけど?」
「えっと……私は、いったい、誰とつきあってるのでしょう………?」
おかしな返答にヒロ達が笑う。
「亜姫と熊澤先輩がつきあってるって聞いたんだけど?」
「……いつからつきあってるの?」
ポカンと口を開けた亜姫の、またおかしな答え。
ヒロ達は声を上げて笑った。これ、絶対違うだろ……と思いながら。
そして話を聞かされた亜姫は、部長会議の日に何があったか二人に説明した。
「すごい、噂ってこうやって広がるんだね」
「まさか妹の話だとは」
「でもお前、先輩と仲いいよな? こないだもグラウンド近くの階段に二人でいただろ?」
すると亜姫達は顔を見合わせて笑った。
「麗華も琴音ちゃんもいたよ、先輩のお友達も。あの日は偶然会ったの。先輩と二人だったのは……皆が飲み物を買いに行ってた時かな? その時はマリナちゃんが小さかった頃の写真を見せてもらってた。本当に、すごく可愛いんだよ!」
「亜姫は先輩に懐いてるもんね、理想のお兄ちゃんだから。私も先輩は好きよ」
「お兄ちゃん?」
戸塚が確認するように呟くと。
「うん。いかにもお兄ちゃんって感じでしょう、先輩って。私とマリナちゃんも似てるんだって。落ち着きがなくて危なっかしいって、よく叱られてるの」
亜姫はいつものように笑う。
そこには、恋愛感情の欠片すら見えなかった。
◇
「──だって。全然つきあってないよ、あの二人。あの感じだとこの先もナイな」
戸塚が笑いながら伝えるが、和泉の反応は薄い。
「へぇ……」
携帯から目を離さず、返事だけ一言。
その携帯をヒロが取り上げる。
「気になってたくせに。強がんな」
「……別に」
「素直になれよ。あれから亜姫の話聞きたがらねーけど、まだ好きなんだろ?」
和泉はゆっくりと顔を上げてヒロを見た。だが、すぐ視線を逸らして遠くを見つめる。
その目は、そこにいないあの子を映していた。
「……好きだよ。でも、あの子はいつか誰かのものになる。それが今なのか先なのかってだけだ。そんで……その誰かは俺じゃない」
「和泉」
「見てるだけでいいって言っただろ」
「和泉。そんなこと言ってる間に誰かに取られるぞ? この間の話、聞いてただろ? 亜姫を狙ってる奴が沢山……」
「戸塚」
和泉は続きを言わせなかった。
「誰が何をしようと俺には関係ない。……俺にそんな資格はないんだって何回言わせんだよ」
「でも、お前は変わった。今の和泉なら亜姫だって」
「ヒロ」
和泉は首を振る。
「それも言ったろ? 過去は変えられない。
付き合った人が誘われるまま誰とでもヤりまくる奴で、関係を持った相手が学校中にいる。もうやめた、今はお前だけだって言われたとして……ヒロは、そいつがこの先絶対に自分だけを見てくれるなんて信用できるか? 過去の話だから関係ないし誰と関係持ってようが全然気にしない、なんて……本当に思える?」
「それは……」
「だろ? いいんだよ、自分が一番わかってんだから。あの子のことだけ大事にしてくれる奴がそばにいるようになって、今みたいにずっと笑っててくれれば俺はそれで充分。二人とも、いつもありがとな」
和泉は哀しさをほんのり滲ませながら、優しく微笑んだ。
「熊澤先輩なら橘も惚れるかぁ……あー、もっと早くに声かけてたら俺にもチャンスあったかな」
すると、黙って聞いていた戸塚が口を挟んだ。
「それ、ただの噂じゃないの? 和泉だって山程噂があるけど、ほぼ全部嘘じゃん」
「いや、これは本当だと思う。部長やってる先輩が実際に見たらしい」
「何を?」
「部長会議があった日、昇降口にいた二人を見かけたんだって。所々、会話が聞こえちゃったらしいんだ。
嬉しそうに大好きって言う橘に熊澤先輩が可愛いを連呼したり、愛してるとか可愛すぎてたまんないって言ってたって。
その後もさ、先輩が橘を後ろから抱きしめて耳元で何か囁いてたらしい。そのまま、寄り添って帰ったらしいよ」
「それ、もう確定じゃん」
この間、和泉は顔を上げることなく携帯を触り続けていた。
そこへ一人が声をかける。
「和泉! お前の相手に橘と麗華ちゃんはいた?」
「……いねーよ」
「なんだ。せめてどんな乱れ方をするのか知りたかった」
「純粋すぎんのと男嫌いが俺に近づくわけねーだろ。……その手の話には向かないんじゃない?」
和泉がボソッと呟くと、彼らは「それもそうか」と納得し話題は他へと移っていった。
亜姫に性的な目が向かないように、さりげなく話題を変えたのだとヒロ達は気がついていた。
あれから亜姫のことを口にしなくなったが、和泉は彼女のことを忘れたわけではない。
そう確信した二人は、翌日亜姫の元へ向かった。
「あれ? ヒロ、戸塚。久しぶりだね」
「おー、亜姫。元気だった?」
「おっぱい、プルプルになったか?」
「今はまだ成長過程なの!」
偶然を装って会いに行き、亜姫を揶揄いながらしばらく雑談をする。
「そういやお前、彼氏できたんだって?」
「……はぇ?」
亜姫が変な声を出した。麗華も琴音も驚きを見せて固まる。
「亜姫? 私、何も聞いてないけど?」
「えっと……私は、いったい、誰とつきあってるのでしょう………?」
おかしな返答にヒロ達が笑う。
「亜姫と熊澤先輩がつきあってるって聞いたんだけど?」
「……いつからつきあってるの?」
ポカンと口を開けた亜姫の、またおかしな答え。
ヒロ達は声を上げて笑った。これ、絶対違うだろ……と思いながら。
そして話を聞かされた亜姫は、部長会議の日に何があったか二人に説明した。
「すごい、噂ってこうやって広がるんだね」
「まさか妹の話だとは」
「でもお前、先輩と仲いいよな? こないだもグラウンド近くの階段に二人でいただろ?」
すると亜姫達は顔を見合わせて笑った。
「麗華も琴音ちゃんもいたよ、先輩のお友達も。あの日は偶然会ったの。先輩と二人だったのは……皆が飲み物を買いに行ってた時かな? その時はマリナちゃんが小さかった頃の写真を見せてもらってた。本当に、すごく可愛いんだよ!」
「亜姫は先輩に懐いてるもんね、理想のお兄ちゃんだから。私も先輩は好きよ」
「お兄ちゃん?」
戸塚が確認するように呟くと。
「うん。いかにもお兄ちゃんって感じでしょう、先輩って。私とマリナちゃんも似てるんだって。落ち着きがなくて危なっかしいって、よく叱られてるの」
亜姫はいつものように笑う。
そこには、恋愛感情の欠片すら見えなかった。
◇
「──だって。全然つきあってないよ、あの二人。あの感じだとこの先もナイな」
戸塚が笑いながら伝えるが、和泉の反応は薄い。
「へぇ……」
携帯から目を離さず、返事だけ一言。
その携帯をヒロが取り上げる。
「気になってたくせに。強がんな」
「……別に」
「素直になれよ。あれから亜姫の話聞きたがらねーけど、まだ好きなんだろ?」
和泉はゆっくりと顔を上げてヒロを見た。だが、すぐ視線を逸らして遠くを見つめる。
その目は、そこにいないあの子を映していた。
「……好きだよ。でも、あの子はいつか誰かのものになる。それが今なのか先なのかってだけだ。そんで……その誰かは俺じゃない」
「和泉」
「見てるだけでいいって言っただろ」
「和泉。そんなこと言ってる間に誰かに取られるぞ? この間の話、聞いてただろ? 亜姫を狙ってる奴が沢山……」
「戸塚」
和泉は続きを言わせなかった。
「誰が何をしようと俺には関係ない。……俺にそんな資格はないんだって何回言わせんだよ」
「でも、お前は変わった。今の和泉なら亜姫だって」
「ヒロ」
和泉は首を振る。
「それも言ったろ? 過去は変えられない。
付き合った人が誘われるまま誰とでもヤりまくる奴で、関係を持った相手が学校中にいる。もうやめた、今はお前だけだって言われたとして……ヒロは、そいつがこの先絶対に自分だけを見てくれるなんて信用できるか? 過去の話だから関係ないし誰と関係持ってようが全然気にしない、なんて……本当に思える?」
「それは……」
「だろ? いいんだよ、自分が一番わかってんだから。あの子のことだけ大事にしてくれる奴がそばにいるようになって、今みたいにずっと笑っててくれれば俺はそれで充分。二人とも、いつもありがとな」
和泉は哀しさをほんのり滲ませながら、優しく微笑んだ。
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