17 / 364
高1
2月(2)
しおりを挟む
「なぁ……熊澤先輩に彼女がいるって部の先輩が言ってたんだけどさぁ。それ、橘のことだったんだな」
「熊澤先輩なら橘も惚れるかぁ……あー、もっと早くに声かけてたら俺にもチャンスあったかな」
すると、黙って聞いていた戸塚が口を挟んだ。
「それ、ただの噂じゃないの? 和泉だって山程噂があるけど、ほぼ全部嘘じゃん」
「いや、これは本当だと思う。部長やってる先輩が実際に見たらしい」
「何を?」
「部長会議があった日、昇降口にいた二人を見かけたんだって。所々、会話が聞こえちゃったらしいんだ。
嬉しそうに大好きって言う橘に熊澤先輩が可愛いを連呼したり、愛してるとか可愛すぎてたまんないって言ってたって。
その後もさ、先輩が橘を後ろから抱きしめて耳元で何か囁いてたらしい。そのまま、寄り添って帰ったらしいよ」
「それ、もう確定じゃん」
この間、和泉は顔を上げることなく携帯を触り続けていた。
そこへ一人が声をかける。
「和泉! お前の相手に橘と麗華ちゃんはいた?」
「……いねーよ」
「なんだ。せめてどんな乱れ方をするのか知りたかった」
「純粋すぎんのと男嫌いが俺に近づくわけねーだろ。……その手の話には向かないんじゃない?」
和泉がボソッと呟くと、彼らは「それもそうか」と納得し話題は他へと移っていった。
亜姫に性的な目が向かないように、さりげなく話題を変えたのだとヒロ達は気がついていた。
あれから亜姫のことを口にしなくなったが、和泉は彼女のことを忘れたわけではない。
そう確信した二人は、翌日亜姫の元へ向かった。
「あれ? ヒロ、戸塚。久しぶりだね」
「おー、亜姫。元気だった?」
「おっぱい、プルプルになったか?」
「今はまだ成長過程なの!」
偶然を装って会いに行き、亜姫を揶揄いながらしばらく雑談をする。
「そういやお前、彼氏できたんだって?」
「……はぇ?」
亜姫が変な声を出した。麗華も琴音も驚きを見せて固まる。
「亜姫? 私、何も聞いてないけど?」
「えっと……私は、いったい、誰とつきあってるのでしょう………?」
おかしな返答にヒロ達が笑う。
「亜姫と熊澤先輩がつきあってるって聞いたんだけど?」
「……いつからつきあってるの?」
ポカンと口を開けた亜姫の、またおかしな答え。
ヒロ達は声を上げて笑った。これ、絶対違うだろ……と思いながら。
そして話を聞かされた亜姫は、部長会議の日に何があったか二人に説明した。
「すごい、噂ってこうやって広がるんだね」
「まさか妹の話だとは」
「でもお前、先輩と仲いいよな? こないだもグラウンド近くの階段に二人でいただろ?」
すると亜姫達は顔を見合わせて笑った。
「麗華も琴音ちゃんもいたよ、先輩のお友達も。あの日は偶然会ったの。先輩と二人だったのは……皆が飲み物を買いに行ってた時かな? その時はマリナちゃんが小さかった頃の写真を見せてもらってた。本当に、すごく可愛いんだよ!」
「亜姫は先輩に懐いてるもんね、理想のお兄ちゃんだから。私も先輩は好きよ」
「お兄ちゃん?」
戸塚が確認するように呟くと。
「うん。いかにもお兄ちゃんって感じでしょう、先輩って。私とマリナちゃんも似てるんだって。落ち着きがなくて危なっかしいって、よく叱られてるの」
亜姫はいつものように笑う。
そこには、恋愛感情の欠片すら見えなかった。
◇
「──だって。全然つきあってないよ、あの二人。あの感じだとこの先もナイな」
戸塚が笑いながら伝えるが、和泉の反応は薄い。
「へぇ……」
携帯から目を離さず、返事だけ一言。
その携帯をヒロが取り上げる。
「気になってたくせに。強がんな」
「……別に」
「素直になれよ。あれから亜姫の話聞きたがらねーけど、まだ好きなんだろ?」
和泉はゆっくりと顔を上げてヒロを見た。だが、すぐ視線を逸らして遠くを見つめる。
その目は、そこにいないあの子を映していた。
「……好きだよ。でも、あの子はいつか誰かのものになる。それが今なのか先なのかってだけだ。そんで……その誰かは俺じゃない」
「和泉」
「見てるだけでいいって言っただろ」
「和泉。そんなこと言ってる間に誰かに取られるぞ? この間の話、聞いてただろ? 亜姫を狙ってる奴が沢山……」
「戸塚」
和泉は続きを言わせなかった。
「誰が何をしようと俺には関係ない。……俺にそんな資格はないんだって何回言わせんだよ」
「でも、お前は変わった。今の和泉なら亜姫だって」
「ヒロ」
和泉は首を振る。
「それも言ったろ? 過去は変えられない。
付き合った人が誘われるまま誰とでもヤりまくる奴で、関係を持った相手が学校中にいる。もうやめた、今はお前だけだって言われたとして……ヒロは、そいつがこの先絶対に自分だけを見てくれるなんて信用できるか? 過去の話だから関係ないし誰と関係持ってようが全然気にしない、なんて……本当に思える?」
「それは……」
「だろ? いいんだよ、自分が一番わかってんだから。あの子のことだけ大事にしてくれる奴がそばにいるようになって、今みたいにずっと笑っててくれれば俺はそれで充分。二人とも、いつもありがとな」
和泉は哀しさをほんのり滲ませながら、優しく微笑んだ。
「熊澤先輩なら橘も惚れるかぁ……あー、もっと早くに声かけてたら俺にもチャンスあったかな」
すると、黙って聞いていた戸塚が口を挟んだ。
「それ、ただの噂じゃないの? 和泉だって山程噂があるけど、ほぼ全部嘘じゃん」
「いや、これは本当だと思う。部長やってる先輩が実際に見たらしい」
「何を?」
「部長会議があった日、昇降口にいた二人を見かけたんだって。所々、会話が聞こえちゃったらしいんだ。
嬉しそうに大好きって言う橘に熊澤先輩が可愛いを連呼したり、愛してるとか可愛すぎてたまんないって言ってたって。
その後もさ、先輩が橘を後ろから抱きしめて耳元で何か囁いてたらしい。そのまま、寄り添って帰ったらしいよ」
「それ、もう確定じゃん」
この間、和泉は顔を上げることなく携帯を触り続けていた。
そこへ一人が声をかける。
「和泉! お前の相手に橘と麗華ちゃんはいた?」
「……いねーよ」
「なんだ。せめてどんな乱れ方をするのか知りたかった」
「純粋すぎんのと男嫌いが俺に近づくわけねーだろ。……その手の話には向かないんじゃない?」
和泉がボソッと呟くと、彼らは「それもそうか」と納得し話題は他へと移っていった。
亜姫に性的な目が向かないように、さりげなく話題を変えたのだとヒロ達は気がついていた。
あれから亜姫のことを口にしなくなったが、和泉は彼女のことを忘れたわけではない。
そう確信した二人は、翌日亜姫の元へ向かった。
「あれ? ヒロ、戸塚。久しぶりだね」
「おー、亜姫。元気だった?」
「おっぱい、プルプルになったか?」
「今はまだ成長過程なの!」
偶然を装って会いに行き、亜姫を揶揄いながらしばらく雑談をする。
「そういやお前、彼氏できたんだって?」
「……はぇ?」
亜姫が変な声を出した。麗華も琴音も驚きを見せて固まる。
「亜姫? 私、何も聞いてないけど?」
「えっと……私は、いったい、誰とつきあってるのでしょう………?」
おかしな返答にヒロ達が笑う。
「亜姫と熊澤先輩がつきあってるって聞いたんだけど?」
「……いつからつきあってるの?」
ポカンと口を開けた亜姫の、またおかしな答え。
ヒロ達は声を上げて笑った。これ、絶対違うだろ……と思いながら。
そして話を聞かされた亜姫は、部長会議の日に何があったか二人に説明した。
「すごい、噂ってこうやって広がるんだね」
「まさか妹の話だとは」
「でもお前、先輩と仲いいよな? こないだもグラウンド近くの階段に二人でいただろ?」
すると亜姫達は顔を見合わせて笑った。
「麗華も琴音ちゃんもいたよ、先輩のお友達も。あの日は偶然会ったの。先輩と二人だったのは……皆が飲み物を買いに行ってた時かな? その時はマリナちゃんが小さかった頃の写真を見せてもらってた。本当に、すごく可愛いんだよ!」
「亜姫は先輩に懐いてるもんね、理想のお兄ちゃんだから。私も先輩は好きよ」
「お兄ちゃん?」
戸塚が確認するように呟くと。
「うん。いかにもお兄ちゃんって感じでしょう、先輩って。私とマリナちゃんも似てるんだって。落ち着きがなくて危なっかしいって、よく叱られてるの」
亜姫はいつものように笑う。
そこには、恋愛感情の欠片すら見えなかった。
◇
「──だって。全然つきあってないよ、あの二人。あの感じだとこの先もナイな」
戸塚が笑いながら伝えるが、和泉の反応は薄い。
「へぇ……」
携帯から目を離さず、返事だけ一言。
その携帯をヒロが取り上げる。
「気になってたくせに。強がんな」
「……別に」
「素直になれよ。あれから亜姫の話聞きたがらねーけど、まだ好きなんだろ?」
和泉はゆっくりと顔を上げてヒロを見た。だが、すぐ視線を逸らして遠くを見つめる。
その目は、そこにいないあの子を映していた。
「……好きだよ。でも、あの子はいつか誰かのものになる。それが今なのか先なのかってだけだ。そんで……その誰かは俺じゃない」
「和泉」
「見てるだけでいいって言っただろ」
「和泉。そんなこと言ってる間に誰かに取られるぞ? この間の話、聞いてただろ? 亜姫を狙ってる奴が沢山……」
「戸塚」
和泉は続きを言わせなかった。
「誰が何をしようと俺には関係ない。……俺にそんな資格はないんだって何回言わせんだよ」
「でも、お前は変わった。今の和泉なら亜姫だって」
「ヒロ」
和泉は首を振る。
「それも言ったろ? 過去は変えられない。
付き合った人が誘われるまま誰とでもヤりまくる奴で、関係を持った相手が学校中にいる。もうやめた、今はお前だけだって言われたとして……ヒロは、そいつがこの先絶対に自分だけを見てくれるなんて信用できるか? 過去の話だから関係ないし誰と関係持ってようが全然気にしない、なんて……本当に思える?」
「それは……」
「だろ? いいんだよ、自分が一番わかってんだから。あの子のことだけ大事にしてくれる奴がそばにいるようになって、今みたいにずっと笑っててくれれば俺はそれで充分。二人とも、いつもありがとな」
和泉は哀しさをほんのり滲ませながら、優しく微笑んだ。
14
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
青春残酷物語~鬼コーチと秘密の「****」~
厄色亭・至宙
青春
バレーボールに打ち込む女子高生の森真由美。
しかし怪我で状況は一変して退学の危機に。
そこで手を差し伸べたのが鬼コーチの斎藤俊だった。
しかし彼にはある秘めた魂胆があった…
真由美の清純な身体に斎藤の魔の手が?…


彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる