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高1
2月(1)
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「……あ」
下を覗き込んだ戸塚が漏らした声。隣にいた和泉が、つられてその視線を追った。
彼がいるのは昼休みの屋上。男数人でのんびりと過ごしているところだ。
今までの苦労など嘘のように穏やかな日々。屋上の縁に腰かけてくだらない話を聞く、それは思った以上に安らぎをもたらしてくれる。
あの子に嫌われていた。
そう自覚してから、和泉は変わった。
あの日、和泉はそれまでの自分を心底恥じた。
自覚した途端次々と襲い来る自責の念、恥ずかしさ、情けなさ。
なかでも、これでもかと突きつけられたのは『自分には何もない』ということ。
いや……何もないと思っていたけれど、たった一つ持っていたものがあった。
それは「諦めの気持ち」。
全てはこれが原因なのだと。
興味ない、やる気ない、何もかもムダだ、全て消えればいい。
こう思いたくなる環境に居続けた。それは間違いない。
希望が持てない。それもしょうがなかったのかもしれない。
もしかしたら、これが元々持ちうる性格なのかもしれない。
でも。
あの子にあんな顔をさせた自分を嫌悪した。
またあんな目で見られるのは御免だ、と強く思った。
過去は変えられない。
あの子に嫌われていることも変わらない。
この事実は受け入れるしかない。どんな理由があれど、その生き方をしてきたのは自分なのだから。
だが、この先の自分を少しだけ変えること。それぐらいは出来るんじゃないか。
それを二人に話してみると。
「まずは、諦めるのをやめることから。すぐに出来る事を探すところから始めてみよう」
そうアドバイスをもらった。
それを意識して過ごし始めると、小さな変化は簡単に訪れた。
皆がしている当たり前の事を──普通の日常を普通に過ごす。それが出来なかった和泉には、全てが新鮮に見えた。
女がいないだけでこんなに過ごしやすいのか……。
改めて、力を貸してくれるヒロ達に感謝する。
そして、そういう日々の中で一緒に過ごす人が増えた。男同士のさっぱりした関係は居心地が良く、何をしてても──それこそ、ただそこに居るだけでも──それなりに充実した時間が過ぎていく。
あの子のことはあれからも思い出す。だが、あの子の顔が歪む前に消去する癖がついた。それでも時折り思い描く『一瞬の笑顔』。それが自分の支えになっている。
あれから少し時が経ち、気持ちの整理もついた。今では時折見かけるだけで満足している。
そんな日々を過ごしていた、今。
視線を追った先に見える、グラウンドの手前にある階段。そこに、男と寄り添い楽しげに話しこむあの子がいた。
「何見てんの?」
一緒にいた奴が同じように視線を追う。
「あ! 橘がいる」
突然亜姫の名が出たことに驚き、和泉の心臓が小さく跳ねた。
「うそっ、どこどこ?」
「本当だ。……男といるじゃん! 仲良さそうなんだけど……まさか彼氏かな!?」
「だとしたらショックなんだけど」
一斉に騒ぎ出す彼らにヒロと戸塚が驚きを見せる。
「お前ら、亜姫のこと知ってんの?」
「え? ヒロこそ、知り合い? なんで呼び捨て?」
「俺と戸塚は……まぁ知り合いっつーか」
「えっ、橘と友達なの? なら、俺に紹介してくれない?」
「俺は麗華ちゃん狙いなんだけど……」
興奮した声で一斉に詰め寄られ、珍しくヒロが混乱している。
「ちょ……待って、いや紹介とか無理だから。まず麗華が受け入れねぇよ。それより、お前らはなんで知ってんの? 接点なんて無かっただろ?」
すると、彼らは笑いながら言った。
「知らないの? 橘と麗華ちゃん、すげー人気あるんだぞ。俺達どころか、狙ってる奴が沢山いる」
「えっ、マジ……?」
戸塚が唖然とする。だが、すぐ気を取り直して言った。
「いや、でもあの二人は無理だろ。麗華は男嫌いだし、亜姫だって……」
最後まで言わないうちに彼らは言葉をかぶせてきた。
「そうなんだよなぁ。何人か麗華ちゃんに声かけたらしいんだけど、話す間もなく全員ばっさり切られてるって」
「それより橘の方だよな。そもそも男と滅多に話さない。そして、麗華ちゃんが番犬みたいに張り付いてて近寄れない。声かけたくてウロウロしてる奴が沢山いるのに、全然気づいてくれないし。ヒロ達、どうやって知り合ったんだよ? マジで羨ましいんだけど!」
すると、ヒロが驚きに目を見張る。
「えっ、亜姫ってそんなに知られてんの? 麗華ならまだわかるけど……亜姫は派手でもないし色気もないし幼いし、この学校じゃ特に目立たなくね?」
「麗華ちゃんは、まぁ……あの見た目だから普通に目立つよな」
「橘は、実際に関わった奴らがみんな惚れ込んじゃうらしい。みんな、口を揃えてベタ褒めで。誰に対しても態度変わらないし、性格いいし、とにかく全てが可愛すぎるって。
幼さと清楚な感じから大人しいかと思ったら、話しやすいし元気よくて明るいじゃん? いつでもにこにこと楽しそうにしてて、皆つられて笑っちゃうんだってさ。
年上とか色気ある女が好きって奴でも、橘にはやられちゃうって話」
「先輩達でも狙ってる人、沢山いるよ。
橘に関しては本気の人が多いから、ノリで騒ぎ立てたりしないんだよ」
「話す時の癖らしいんだけど、相手をとにかくずっと見つめてくるのがヤバイって。あれ、女でもドキドキするって聞いた」
「同性からも好かれてるよな。そもそも人の悪口言わないんだって」
「恋愛ごとに全然興味がないんだってさ。純粋すぎて、下ネタ系に弱いらしい。女子もその辺をネタにからかって遊んでる。それに反応する姿がたまらなく可愛い」
「あー、それ、俺も見たことある。一緒にイジりたいって思った! あー、橘に自分だけを男として意識してもらえたら最高だよなぁ」
「なぁ、でもあれ、やっぱ付き合ってんのかな。さっきからやたら仲良さそう」
下を見ながら、一人が溜息をつく。
「相手誰だよ……あ、あれ。熊澤先輩じゃない?」
「マジ!? よりによって熊澤先輩かよ、じゃあ勝ち目ねーわ」
落胆する彼らを横目に、ヒロ達は和泉の様子を伺う。
彼は会話に入ることなく、変わらぬ無表情で携帯をいじっていた。
「いず……」
ヒロは声をかけようとしたが、聞こえてきた次の話に驚いて動きを止めた。
下を覗き込んだ戸塚が漏らした声。隣にいた和泉が、つられてその視線を追った。
彼がいるのは昼休みの屋上。男数人でのんびりと過ごしているところだ。
今までの苦労など嘘のように穏やかな日々。屋上の縁に腰かけてくだらない話を聞く、それは思った以上に安らぎをもたらしてくれる。
あの子に嫌われていた。
そう自覚してから、和泉は変わった。
あの日、和泉はそれまでの自分を心底恥じた。
自覚した途端次々と襲い来る自責の念、恥ずかしさ、情けなさ。
なかでも、これでもかと突きつけられたのは『自分には何もない』ということ。
いや……何もないと思っていたけれど、たった一つ持っていたものがあった。
それは「諦めの気持ち」。
全てはこれが原因なのだと。
興味ない、やる気ない、何もかもムダだ、全て消えればいい。
こう思いたくなる環境に居続けた。それは間違いない。
希望が持てない。それもしょうがなかったのかもしれない。
もしかしたら、これが元々持ちうる性格なのかもしれない。
でも。
あの子にあんな顔をさせた自分を嫌悪した。
またあんな目で見られるのは御免だ、と強く思った。
過去は変えられない。
あの子に嫌われていることも変わらない。
この事実は受け入れるしかない。どんな理由があれど、その生き方をしてきたのは自分なのだから。
だが、この先の自分を少しだけ変えること。それぐらいは出来るんじゃないか。
それを二人に話してみると。
「まずは、諦めるのをやめることから。すぐに出来る事を探すところから始めてみよう」
そうアドバイスをもらった。
それを意識して過ごし始めると、小さな変化は簡単に訪れた。
皆がしている当たり前の事を──普通の日常を普通に過ごす。それが出来なかった和泉には、全てが新鮮に見えた。
女がいないだけでこんなに過ごしやすいのか……。
改めて、力を貸してくれるヒロ達に感謝する。
そして、そういう日々の中で一緒に過ごす人が増えた。男同士のさっぱりした関係は居心地が良く、何をしてても──それこそ、ただそこに居るだけでも──それなりに充実した時間が過ぎていく。
あの子のことはあれからも思い出す。だが、あの子の顔が歪む前に消去する癖がついた。それでも時折り思い描く『一瞬の笑顔』。それが自分の支えになっている。
あれから少し時が経ち、気持ちの整理もついた。今では時折見かけるだけで満足している。
そんな日々を過ごしていた、今。
視線を追った先に見える、グラウンドの手前にある階段。そこに、男と寄り添い楽しげに話しこむあの子がいた。
「何見てんの?」
一緒にいた奴が同じように視線を追う。
「あ! 橘がいる」
突然亜姫の名が出たことに驚き、和泉の心臓が小さく跳ねた。
「うそっ、どこどこ?」
「本当だ。……男といるじゃん! 仲良さそうなんだけど……まさか彼氏かな!?」
「だとしたらショックなんだけど」
一斉に騒ぎ出す彼らにヒロと戸塚が驚きを見せる。
「お前ら、亜姫のこと知ってんの?」
「え? ヒロこそ、知り合い? なんで呼び捨て?」
「俺と戸塚は……まぁ知り合いっつーか」
「えっ、橘と友達なの? なら、俺に紹介してくれない?」
「俺は麗華ちゃん狙いなんだけど……」
興奮した声で一斉に詰め寄られ、珍しくヒロが混乱している。
「ちょ……待って、いや紹介とか無理だから。まず麗華が受け入れねぇよ。それより、お前らはなんで知ってんの? 接点なんて無かっただろ?」
すると、彼らは笑いながら言った。
「知らないの? 橘と麗華ちゃん、すげー人気あるんだぞ。俺達どころか、狙ってる奴が沢山いる」
「えっ、マジ……?」
戸塚が唖然とする。だが、すぐ気を取り直して言った。
「いや、でもあの二人は無理だろ。麗華は男嫌いだし、亜姫だって……」
最後まで言わないうちに彼らは言葉をかぶせてきた。
「そうなんだよなぁ。何人か麗華ちゃんに声かけたらしいんだけど、話す間もなく全員ばっさり切られてるって」
「それより橘の方だよな。そもそも男と滅多に話さない。そして、麗華ちゃんが番犬みたいに張り付いてて近寄れない。声かけたくてウロウロしてる奴が沢山いるのに、全然気づいてくれないし。ヒロ達、どうやって知り合ったんだよ? マジで羨ましいんだけど!」
すると、ヒロが驚きに目を見張る。
「えっ、亜姫ってそんなに知られてんの? 麗華ならまだわかるけど……亜姫は派手でもないし色気もないし幼いし、この学校じゃ特に目立たなくね?」
「麗華ちゃんは、まぁ……あの見た目だから普通に目立つよな」
「橘は、実際に関わった奴らがみんな惚れ込んじゃうらしい。みんな、口を揃えてベタ褒めで。誰に対しても態度変わらないし、性格いいし、とにかく全てが可愛すぎるって。
幼さと清楚な感じから大人しいかと思ったら、話しやすいし元気よくて明るいじゃん? いつでもにこにこと楽しそうにしてて、皆つられて笑っちゃうんだってさ。
年上とか色気ある女が好きって奴でも、橘にはやられちゃうって話」
「先輩達でも狙ってる人、沢山いるよ。
橘に関しては本気の人が多いから、ノリで騒ぎ立てたりしないんだよ」
「話す時の癖らしいんだけど、相手をとにかくずっと見つめてくるのがヤバイって。あれ、女でもドキドキするって聞いた」
「同性からも好かれてるよな。そもそも人の悪口言わないんだって」
「恋愛ごとに全然興味がないんだってさ。純粋すぎて、下ネタ系に弱いらしい。女子もその辺をネタにからかって遊んでる。それに反応する姿がたまらなく可愛い」
「あー、それ、俺も見たことある。一緒にイジりたいって思った! あー、橘に自分だけを男として意識してもらえたら最高だよなぁ」
「なぁ、でもあれ、やっぱ付き合ってんのかな。さっきからやたら仲良さそう」
下を見ながら、一人が溜息をつく。
「相手誰だよ……あ、あれ。熊澤先輩じゃない?」
「マジ!? よりによって熊澤先輩かよ、じゃあ勝ち目ねーわ」
落胆する彼らを横目に、ヒロ達は和泉の様子を伺う。
彼は会話に入ることなく、変わらぬ無表情で携帯をいじっていた。
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